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前回に引き続き、文字数が少なくなっております。
奏子の付添で莉緒が名古屋に転院していったその日の夕方、隼人が帰国した。
あの日、大久保から莉緒行方不明の速報を受けて直ちに隼人をハワイに行かせる決断をしたのは、内藤翁だった。事件が隼人の耳に入る前に物理的に遠ざけておけば、怒りにまかせて下手に動き回られるより早く事態が収束に向かうだろうし、隼人自身の身を守ることになると考えた末のことだった。
莉緒が重傷を負い記憶喪失になった現実を見れば、翁の決断は結果的に良かったのだ。
大人たちは、皆そう考えていた。
しかし、自分の不在中に愛する者がいなくなったという事実をどう伝えればよいのか。
隼人の心中を思うと、大人たちは心を痛めた。
次の日午後、俊輔は隼人を迎えに内藤翁宅に向かっていた。
事前の打合せでは「木下家は急な異動で家族そろって海外転勤を命ぜられた」ことにして、詳報は克之からの連絡待ちだからとはぐらかすことにしようという話になっていた。
この2週間のうちに何度も隼人から木下家の消息を訊ねるLINEが来ていたが、「繁忙期で連絡取り合ってないからわからない」と伝えてある。この展開は、決してあり得ないことではない。
――大丈夫、布石は打ってある。
俊輔は、そう自分に言い聞かせた。
「隼人、お帰り。ハワイはどうだった?」
2週間ぶりに交わされる親子の会話。
俊輔は、助手席に座る隼人に声をかけた。
「……。
大叔母様は、体調崩されて大変な状態だって聞いていたけど、顔色も良かったし元気だったよ。
あとは、正木さんが現地のスタッフに分刻みのスケジュールを伝えていたようで、のんびり観光する時間なんてこれっぽっちもなかった」
「そうか、大叔母様はお元気だったか。心配してたけど、それを聞いて安心したよ」
隼人も急なことで御苦労だったな、と、空いてる手で頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
しかし、隼人は俊輔の手をパシッと払いのけた。
「父さん! 莉緒と連絡が取れないんだ。ハワイにいたときも帰国してからもずっと。克之さんにも連絡とれないし、一体どうなっているんだかわからない……!」
「隼人……」
俊輔は、ついに話す時が来たかと腹を括り、車を路肩に寄せて停車した。
そして、助手席の隼人に体ごと向けると、用意していた台詞を吐いた。
「隼人……。急なことだが、克之たちは日本を発った」
「え……?」
隼人は信じられないという面持ちで俊輔に顔を向けた。
「ここのとろこの繁忙期で、父さんは克之と連絡とってなかったのは伝えてあったよな?
母さんも、実家のお義姉さんの様子を見に行ってて、しばらく内藤家は留守にしていた。
そうしているうちに、克之も会社の都合で急遽海外赴任が決まり、家族揃って現地に行くことになったらしい」
「嘘だ! そんなの信じない……!」
隼人は、血走った目で俊輔を睨みつけた。
これほどまでに長期間莉緒と音信不通になったのは、出会ってから初めてのことだった。
心配するあまり、ろくに睡眠もとれていなかったのだろう。
加えて、予想だにしなかったことでひどく興奮状態に陥った隼人は、怒りの矛先をどうしていいのかわからない様子だった。
俊輔は、「隼人、すまない」と心の中で詫びながら、これ以上刺激しないよう努めて冷静に話しを続けた。
「克之から連絡をもらったのは、昨日の朝だった。父さんも、そのとき初めて海外赴任の話を聞いた。
単身赴任するには長期過ぎることもあり、世帯まとめて赴任することが決まったそうだ。
それで、克之は業務の引継都合もあってギリギリまで日本に留まったが、奏子さんと莉緒ちゃんは先に現地入りすることになったと言っていた。
連絡をもらった当日の午後便で行くと聞いて、取る物も取り敢えず成田まで見送りに行ってきた」
隼人は、俊輔の言い訳を黙って聞いていた。
その顔には、幾筋かの涙の跡が残っていた。
「莉緒の……、莉緒からの手紙や伝言は?
俺、莉緒に『元気でね』『すぐに会いに行くよ』とも言えてない。
最後に抱きしめることもできなかった。
急にこんな風に離れることになって、莉緒はきっと寂しい想いを抱えている。
ねぇ、父さん。克之さんから、何か渡されたものとか伝言とか本当に何もなかったのか?」
父親の両肩に手を置き揺さぶるように訴える隼人に対し、俊輔は、ただ首を横に振るしかなかった。
その答えを拒絶するように茫然と車窓の外に視線を向ける息子の姿に、俊輔の心は痛んだ。




