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終幕 小さな花




 

「……あれで良かったの?」

 夜の学校……その校舎の影から、喜び合う一樹と小花を見つめる二つの影があった。

 以前とは少しだけデザインの違う修道服に身を包み、自分の金の髪をいじりながら、エレナがもう一人の影に話しかけると、

「問題はない。生きてさえいれば」

 その少年……京人は、小さめの声でエレナに返す。

「へぇ…」

 そんな京人に、エレナは少しだけ驚いた顔で振り返る。

「どうかしたか?」

「う~ん……別にぃ」

 本音を言えば、冷淡にも見えるこの使徒の少年が、一樹達の邪魔にならないように気遣って声を潜めるなんて、エレナは思ってもいなかった。

 だがそんな考えなどお見通しなのか、ニヤニヤするエレナに京人は無表情のまま淡々と言葉を返した。

「ミス・エレナも魔法で彼らを守っていただろう。それとミス・ハンナのことも」

 

 ハンナ・ヴィッカー。理想の神に盲信し、狂信の中で死んだ彼女……。

 エレナは、ハンナを最初から殺そうとは思っていなかった。それどころか、やり方こそ手荒だが、神の声が聞こえるように彼女を導こうとさえしていた。

 狂信故に教団から迫害され、選ばれた存在である司祭に暗い感情を抱いていたハンナは、黒神の司祭が守るべき存在である『迫害され、救いを求める者』に他ならなかったからだ。

 

「まぁ…ね。本当に死なれても、私だって困るし」

 一樹や小花の場合は、力が暴走していた時、蜜の香りに惹かれて大量の低級魔神達が学校の外にまで近づいていた。

 それに気づいたエレナは、黒神の本当の力……『夜の安らぎ』を使い、香りの拡散を抑えて、低級魔神から二人を守っていたのだ。

 

(でも、あんまり落ち着きすぎてもやりにくいのよね……。今は仕方ないけど…)

 一樹達に視線を戻したエレナの瞳が、静かに翡翠色から金色に変わる。

(……今はまだ…ね)

 

「………」

 そんな不穏なことを考えていたエレナを、漆黒から紫色に変わる瞳がじっと見つめていた。

「…わかってるわよ。あなたの観察と調査が終わるまで、あの子達に手は出さないわ。私だって、使徒なんかと正面から事を構えたくないもの」

 冗談っぽい口調で言い訳をするエレナに、京人は微かに片方の眉を上げる。

 

「ミス・エレナは少し使徒を勘違いしている。君たち司祭は、使徒を自己の欲望のままに行動する心ない化け物のように思っている。……そして、それは間違っていない」

 何が言いたいのか、京人は珍しく唇の形を微かに笑みに変えて。

「間違ってはいないが正確ではない。力に狂い我を見失っても、本質である『想い』は消えない。そして我々使徒は、その強すぎる想い故に、神に見初められただけの、神のお気に入りの『玩具(ペツト)』だからな」

 

「………ふぅ~ん」

 エレナは深くは聞かず、ただ軽く相づちを打った。

(……要するに、甘やかされて好き勝手をするってだけじゃない……)

 結局は良いも悪いもその使徒次第。

 エレナはそんな思いが顔に出ないうちに、あっさりと話題を変えた。

「まぁいいわ……私は教会に戻るわね。もうしばらくは日本に残るから、教団への上手い言い訳を考えなきゃ……。あ、そうそう、ちゃんとレポート出来たら、こっちにも寄越してね」

「それは是非もない。報酬分は働こう」

 その返事に軽く手を振りながら闇の中へ消えていくエレナを、京人は見送り。

 

「……そちらも、それでいいか?」

 

 まったく関係のない方角……木々の暗闇へと京人が声を掛けると、その奥から滲み出るように一人の小柄な少年が現れた。

 

「はい、京人様、こちらもそれで異存はございません」

 

 流れるような声でそう言った少年は、真紅に輝く瞳に眼鏡をクイッと指で上げると、慇懃無礼なほどにうやうやしく頭を下げながら、黒白の蝶を従え、現れた闇へと溶けるように消えていった。

「………」

 京人はその消えた方角をしばらく見つめて……。

「……とりあえず、関係者の証言から集めてみるか」

 

   ***

 

□一樹 15:20

 

 筆が流れてキャンバスに色を乗せる。淡く繊細な色合いは、重ねるたびにその印象を変えて……。

「………」

 僕は描きかけの絵をジッと見つめてから、そっと筆を置く。

「……あの……描きにくいんですけど…」

 

 ぼそっと漏らした僕の声に、その後ろで凝視していた薫子先輩が立ち上がる。

「何で一樹くんはまだあの子にモデル頼んでないんだああああああああああああっ!」

「い、色々あったんですよっ! ……いろいろと」

 

 僕の首を揺さぶる理不尽な薫子先輩の暴力に抗議すると、先輩は眉間に皺を寄せながら僕から手を放して描きかけの絵に視線を移した。

「……色々あって、こんな半端な絵になった訳ね」

「……ぅ」

 そんなことは言われなくても気付いているけど、直接言われるとかなりきつい。

 実際僕の描いている絵は、春のような景色なのに色彩が乏しく、絵の中の少女は笑っているのかも分からず、はっきり言って曖昧な感じだ。

 

 僕だけでなく薫子先輩も一緒に溜息をついて、先輩はもう一言何か言おうとしたけど何かに気づいたように苦笑を浮かべた。

 

「まぁ……後でいいか。それより一樹くん、お客さんが来てるよ」

「え?」

 先輩が指し示すほうを目が追うと、そこには、アトリエの入り口で僕の視線に気づいて、ゆっくりと頭を下げる小花ちゃんの姿があった。

 

 

 薫子先輩が手招きをすると、小花ちゃんはおずおずと……それでも幾分慣れた様子でアトリエの中に入ってくる。

 ここの住人達は、小花ちゃんのことを僕達か誰かの妹か何かだと思っていて、いつも入り口にいる彼女を中に引きずり込んでしまうため、最近では小花ちゃんも、呼ばれれば素直に入ってくるようになった。

 歩を進めるたびに、繊細な黒髪が揺れて白い頬に流れる。

 その陽の中に溶けてしまいそうな儚げな印象も、透き通るような琥珀色の瞳が彩る淡い微笑みも、以前とほとんど変わらない。

 でも……。

 

「薫子さん、一樹さん、お邪魔します…」

 またお辞儀をしてふんわりと微笑むその笑顔は、僕には少しだけ違っているように感じられた。

 

「別にいつでも遊びに来ていいんだよー」

「うん、ここは遠慮とかいらないからね。小花ちゃん、今日はどうしたの?」

 先輩と僕がそう言うと、小花ちゃんは少し嬉しそうにしながら、鞄から可愛らしい小さな包みを取り出した。

「はい、今日は調理実習でクッキーを作ったので、良かったらどうかなと…」

 小花が恥ずかしそうに包みを開くと、それを薫子先輩が覗き込む。

「ほぉ……美味しそうだねぇ」

「薫子さんも味見していただけますか…?」

 先輩は少し焦げていた一枚を指で摘み、まだ口には入れずに歩き出して僕たちを二人きりにしてくれた。

「小花ちゃんありがとねー。おゆっくりー」

 

 

「小花ちゃん、ありがとう」

 女の子の手作りは何度貰っても嬉しい。僕は小花ちゃんに近くの席を勧めると、椅子に腰掛けた彼女にこっそりと声を掛けた。

「あれから……なんともない?」

「はい…、あれから身体の調子は、以前よりも良いくらいなんですよ。…さすがに次の日は学校休んじゃいましたけど」

 小花ちゃんは嬉しそうな顔をして、まるでズル休みがバレた子供のように、はにかんだ笑顔を見せた。

 

 あの夜から一週間が過ぎて、小花ちゃんを蝕んでいた『毒の蜜』はいまだに溜まり続けているけど、それは以前より緩やかで普通に過ごす分には何の問題もないらしい。

 今の小花ちゃんは顔色も明るく、血色も前より良くなっているように見えた。

 体調は良くなったけど、それでもあの次の日は若干の熱が出たらしく、小室さんを心配させてしまったようだ。

 

 とりあえず問題なさそうで安堵していると、不意に小花ちゃんが表情を曇らせる。

「でも……少しだけ困ったこともありまして…」

「……え」

 そんな言葉に僕に不安が走る。

 小花ちゃんの体調がいくら良くなったと言っても、心臓の病が治った訳じゃない。

 小花ちゃんはそっと目を伏せて……。

 

「…その…体育の時とか、着替える時……胸に着いた痕がなかなか消えなくて…」

「…………」

 

 話の内容は激しく地雷臭がした。

 噛んだ痕はすぐに消えてしまったのに、やはり痣関係は存在認識力(レイヤー)が傷と認識してくれないようで治りにくいらしい。

 胸のキスマークを必死に隠しながら着替える彼女を想像しかけて、その映像を慌てて打ち消した僕は、いたたまれない気持ちで思わず頭を下げた。

「……ごめん」

「あ、いえ…その……そんなつもりで言ったんじゃないんですっ」

 自分の言った意味に気づいて、小花ちゃんが焦ったようにパタパタと手を振って否定する。フォローしてくれたことより、彼女のそんな年相応の様子にホッとして、僕は椅子に深く座り直した。

「そっかぁ……。でも休んだって聞いたから、もしかしたら貧血にでもなったのかと心配してたんだよ…」

「…ぁ…」

 僕の言葉に、小花ちゃんは何故か頬を赤く染める。

「あの……蜜は血に溶けてるので赤く見えますけど、血とは違うので、吸われても貧血にはならないんですよ」

 そして彼女はさらに顔を赤くして、僕から少しだけ目を逸らした。

 

「だから……その、……いっぱい吸われても、……片っぽだけ、ちっちゃくなったりしませんから……」

「………………」

 

 今度は自爆臭のする地雷が全方位に撒かれた。

 どう答えてもセクハラ臭のする危うい話題に、迂闊に口を開くことも出来ない。

 あの時は平坦な部分は噛みづらかったので、仕方なく胸のふくらみを噛んじゃったけど、それを彼女はどう捉えたのだろう……。

 何となく間が持たなくて、小花ちゃんがくれたクッキーを二人で食べると、泣きそうなくらい甘かった。

 

 

 そんなたわい無い会話……いつもの日常。

 彼女が無事で消えないでいてくれたことに、僕は心から嬉しいと思えた。

 僕が住むこの世界で小花ちゃんが笑っていてくれる……

 そんな簡単なことがとても大切なことだと気付かされた。

 

「…一樹さん……その絵…」

 

 描きかけの絵に気づいて、小花ちゃんがふわりと振り返る。

「……私……ですか…?」

 微かに揺れる瞳の琥珀色に、僕は吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

「うん…。嫌だった……かな?」

 ちゃんと描けるまで、小花ちゃんには内緒にしておくつもりだったのに隠すのを忘れていた。

 少しばつが悪そうに答える僕に、うつむいた小花ちゃんは小さく首を振って……。

「………嬉しい…です」

 本当に消えてしまいそうに、小さな声でそう言ってくれた。

 

 わずかに開いていた窓から通り抜ける少しだけ冷たくなったそよ風が、彼女の繊細な黒髪を揺らして、向こう側の景色をセピア色に変える。

 恥ずかしそうに顔を上げた小花ちゃんは、秋の陽に溶けてしまいそうな……、そんな微笑みを僕に見せて、小さな桜色の口唇が言葉を届けた。

 

 

「……私……一樹さんの絵が……好きです」

 







これで終わりとなります。お付き合いありがとうございました。


色々と説明不足な感じはありますが、内容を全部作中で説明すると雰囲気がおかしくなりそうなのでご勘弁下さい。


前にあげようかと思っていた『椿切り姫』が、黒髪の少女がメインで出てくる話なのですが、内容が複雑になって纏め綺麗ない状況です。


では、次は悪魔公女2でお会いしましょう。今年中に始めます。

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― 新着の感想 ―
おゆっくり > これは誤字なのかキャラなのか、判断が難しいな。 色合いは重ねるたび > 油彩だったのか。なんか水彩のイメージだった。 ふくらみを噛んだ、とはあったけど、着替えの時にバレるような場所だ…
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