00006JD「影世の誘い(一)」
膜のようなものにひっかかって、
押しこまれるようにして破り、落ちた。
体がびしょびしょになっている。
ぬめぬめしてて気持ち悪い。
コンクリートの上ではなかった。
弾力のある床の上に落ちたようだ。
目を拭って辺りを見渡してみる。
暗くてよく見えないし、
どこからどこまで周りが続いているのか、
壁がどこにあるのかもよくわからない。
床には液体がたまっていて、
脈を打つように床が動く。
ジョーカーの日記の通り。
俺は異世界に来たんだ。
両手を広げて倒れてみる。
暗い。
目をつぶっても大差ない。
床から鼓動が聞こえてきた。
トクン、トクン……。
聞いていると少しずつ心が落ち着いてくる。
それにほんのり温かい感じがして、心地良い。
今度は横向きに寝て、
しばらくの間、俺はそのまま横になっていた。
そのとき、ふっと何かの気配を感じる。
誰かが見てる。
強い視線だ。
上半身だけ起こし急いで周りを見る。
誰もいない?
何故だか急に怖くなった。
あまりに怖いから、
「誰か、いるのか?」
と聞いてみたが、声は少し震えてた。
言わなければ良かった。
あんまり弱々しい感じだったから。
視線の先から、何かが、のっそのっそと近づいてくる。
大きい。
俺が手をついて座ってるからか?
高さは人の身長よりありそうだ。
それは、大きな白い狼だった。
狼は俺に鼻を近づけて、俺の臭いをかいでくる。
臭いをかいでくる。
怖い。
食われるのかと思った。
ほっとして、
そこで狼の上に人が乗っていることに気がついた。
狐の面を被った男。
黒いゆったりとした服を着ていた。
じっと俺を見下ろして、男は言う。
「木場純一。待っていた。……来い」
大きな狼をなでて、
狐面の男はもと来た方に戻ろうとする。
男を乗せたまま、狼は帰って行く。
また、誰もいなくなった。
どうするかと迷って、
俺は狐面を追うことにした。
何があるのか気になる。
その先には小さな小屋があった。
小屋の前にはさっきの二人。
男は狼から降りて、狼の顔をなでつけている。
狼は気持ちよさそうにしていた。
狐の面をつけてるから男の顔はわからない。
でも男なのはわかった。
服装が男物っぽいから。
髪も短めにしてる。
ちょっと格好いい感じがした。
下駄を履いているのか。
服で隠れてるけど下駄の先がチラッと見えた。
かなり高く底上げしてそうで、
本当の身長は俺より低いのかもしれない。
狐面は小屋の中に入っていき、
白い狼もそれに続く。
狼は少しかがんで扉の中に入っていた。
体が大きいから、背を低くしないと入れないらしい。
俺も中にお邪魔した。
けど入り口で戸惑う。
白い狼が大きすぎるんだ。
目の前に尻尾があって、ぶらんぶらんと振ってる。
邪魔で入れなかった。
「デュース。純一が通れない。脇にのいてやれ」
さっきの男の声だった。
狼、デュースが、のしのしと進む。
男はテーブルの前に座ってた。
トランプを切っている。
デュースは狭い部屋の中、
くるりと体を反転させて男の横に腰を下ろす。
あくびをして俺のことを見つめた。
「どうぞ」
と、狐面の男。
俺は言われた通りに椅子に座った。
「よく来たな、純一」
トランプカード。
ヒンズーシャッフルからの、リフルシャッフル。
トランプを切りながら男は言った。
すごく上手い。
まるで手品師みたいだ。
すると男は一番上のトランプをピンと取り出して言う。
「ここはジョーカーの世界。俺の世界だ」
そのカードは、JOKERだった。