00051PTIK「二つの顔」
遠くからこちらに向かってきてる車が見える。
構わず横断歩道を斜めに渡り、
スマホをポチポチしていると、自動車のクラクションが鳴った。
車に轢かれそうになったのだ。
車は、俺のすぐ目の前で止まっていた。
窓を開けた年配の男が、赤ら顔でわめいている。
俺は、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いてみせた。
そしてしばらくの間、冷めた目でその運転手を眺めていたのだが、しかし結局は何もせず、車に道を譲ることにした。
これがもし影世なら――。
……殺していたかも……しれないな。
そんなことを考えていた。
気分を取り直してメールを打ち、津秋に送った。
件名は「Re:お疲れさま!」
内容は、「大丈夫だよ。金曜だね、わかった。
絵の練習しとくよ! めいっぱい可愛く描くからv(^_^)」。
顔文字を添えて、明るめに書く。
これがポイントだ。
これで良いはずだ。
女の子はたぶん、明るい方が好きだから。
聞きたいこともたくさんあるけれど、メールで聞くのは味気ない。
余計なことも言わない。
明るいけれど、そっけないくらいがちょうど良い。
ガッつかず、
思わせぶりなくらいで、話は会ってからだ!
メールで燃え上がるのは、後が怖いしな。
などと考えながら、そわそわ、そわそわ。
あれで本当に良かったかな? とか思う。
正直言うと、女の子とメールだなんて、したことがない。
だから、全部、俺の勝手な思い込みだった。
津秋からの返事は、顔文字付きで、
「ありがと! 楽しみにしてるねー!」だった。
何でもない文章にすぎないのに、俺の心は舞い上がる。
今なら、どんなことでも許してしまえそうだ。
今このとき、俺ほどの聖人は、この世にいないはずだ!
自宅に着くと、
家じゅうの電気がついていることに気がついた。
大げさだ。
つけた覚えがないのに、俺の部屋の明かりまでついていた。
こんな意味のないこと……
こんなことするやつは、俺が知る限り一人しかいない。
おそらくは、妹だ。
しかもこんなときは決まって、親が二人ともいない。
妹は、家に一人で居るのが怖いんだ。
怖いから、夜一人でいると家全体の明かりをつけて威嚇する。
たまに親二人で外食に行く時があるから、
今日もきっとそんなとこに違いない。
妹は居間でテレビを見ていた。
着替えてない。
中学の制服姿だ。
制服は綺麗で、まだ新しい。
何故だかわからないけれど、
親のいない日は制服のままであることが多い。
二階だと、何か来たらすぐ逃げられないからか?
(妹の部屋も、俺の部屋も、二階にある)
妹はすごく臆病な子なんだ。
でも、俺は制服姿の妹が一番好きだった。
ちょっと背伸びしてる感じがして、たまらない。
「母さんは?」と聞くと、やはり「外食」だという返事だった。
妹の向かいに座りながら、
「音量でかいよ。下げていい?」
と、確認して、
リモコンでテレビの音を落とした。
「晩飯は?」
と、俺。
「バナナ」
と、妹。
ええっ? と俺は変な声を出してしまった。
「嘘、言うなよ」
「嘘じゃないよ。本当にバナナ」
妹の顔は真剣だ。
「本当に?」
と、聞くと、妹はこくりと頷く。
母が用意してくれてる料理を見にキッチンに行くと、妹もついてきた。
そこには、ラップに包まれた食器。
食器の上にはバナナの野菜炒めが乗っていた。
豚肉の代わりにバナナを使っている。
いくら俺がバナナ好きだからって、これはやりすぎだ。
頭おかしいんじゃないの……。
と思った。
肩を落として絶望に打ちひしがれる俺に、
妹は「ね?」と、何故か勝ち誇った様子で、どや顔をきめている。
「食った?」
「うん、美味しかったよ?」
「足りた? まだお腹すいてない?」
とたずねると、
妹は、うーん、と首をひねり、両手でお腹をポンポンと抑えてつぶやいた。
「ちょっとだけ……」
「今から何か作るから、……お前の分も作ろうか?」
「本当?」
妹は、ぱあっと顔を輝かせた。
料理は得意な方だと思う。
難しい料理だって、レシピと時間さえあれば作れる。
冷蔵庫をガシャガシャしてみたところ、
ホイコーローくらいならば作れそうなことがわかった。
妹は、俺が作るホイコーローが大好きだ。
よーし! と俺は、腕まくりの仕草をしてから、包丁を握った。
そして傍らで見守る妹のために、ホイコーローの調理へと向かったのだ。




