00040RCJHTCK「完全犯罪(四)」
俺は片手で大月の体を押し返すと、
体を浮かせ、もう一方の手で大型ナイフを取り出した。
大月めがけて斬りつける。
上手く決まったようだ。
大月は悲鳴を上げて、バッと俺から離れた。
この世の終わりのような絶叫。牢屋の中に鳴り響いた。
大月は股間を両手で抑え、涙目になっている。
両手の隙間からボタボタと垂れる黒い水。
顔中の筋肉を強張らせ必死に痛みに耐えているようだった。
「なんで、なんでッ……!」
と、叫ぶ大月。
「うあぁぁーッ」と、泣きながら俺のことをポカポカと殴ってくる。
ナイフを取られる、と思って、俺は檻の外にナイフをサッと投げ捨てた。
「つ、あき……。俺、信じてたのにッ」
泣きじゃくる大月を押し返す。
ポケットに手を入れて、小型のナイフを取り出した。
大月の体に突き刺して、更に強く押し返す。
大月は両手で顔を押さえながら、
後ずさりする。
その隙に俺は鉄格子の近くまで離れた。
大月は既に体からナイフを引き抜いていた。
しかし痛みに耐えかね、
体をひねり、体中をかきむしっている。
痛みで痛みを落とそうとしているんだ。
気でも狂ったかのように発狂する大月。
暴れ回って鎖をブンブン振り回していた。
そのとき背後から声が。
「もう、いい。早く殺せ!」
ジョーカーだった。
ライフル銃を手にして、俺に差し出してくる。
俺はそれを受け取ると、大月に銃口を向けた。
大月が動き回るから狙いが定まらない。
手も震える。
「撃て!」
ジョーカーの声に合わせて、引き金を引く。
しかし当たらなかった。
弾丸が壁に弾かれる音が聞こえる。
二発目の準備に手間取る。
やっと目線を戻したときになって、俺は自分の目を疑った。
大月の体が変化してきているような。
……そんな気がしたんだ。
見間違いか、と目を凝らす。いや、……見間違いではない。
体格が徐々に大きく。体毛が濃く。
衣服が破れ、大月の体が巨大化していっていた。
な、なんだ、なんだ?
何が起こっているんだ。
大月の体はどんどん大きくなって、あっという間に2メートルは超えた。
これは、まるで化け物。いや、……狼男?
どういうことだ。こんなことは聞いていない。
俺は振り向いてジョーカーを見た。
ジョーカーが声を抑えて言う。
「純一。どうやら大月の精神が暴走しだしたようだ。
変身前に殺らないと、殺されるぞ」
お前はいったい、何を言っているんだ……。
大月の目は赤く充血している。
手枷が弾ける音が聞こえた。
圧に耐え切れず吹き飛んだんだ。
足枷の方は、まだ大丈夫のようだ。
蒸気とともに大月の成長が止まる。
うなるような声で大月は言った。
「その男は、……誰だ?」
ジョーカーのことか?
大月は続けて、
「そうか、……そいつか」
何かに納得したようだった。
ジョーカーは言う。
「純一。大月のMPは1300と言ったはずだが、
1300を越えてくれば、こんな風になることもある」
なるほど。1300越えであれば精神が暴走して、狼男に変身することもあると。
「それは貴重な情報だな。知らなかったよジョーカー」
「隠してたわけじゃない。大月はレアケースだ」
それより、――
「殺し方は?」
「……頭を狙え」
ガンッガンッという音が鳴る。
何かと思って見ると、大月が自分の足枷を破壊しようとしていた。
拳一つで、鎖を砕こうとしてやがるんだ。
常人では考えられない。
「大月は弱ってる。
あと一撃だ。純一、ライフルを」
俺はライフルを構え、大月を狙った。
だが、大月は既に鎖を壊すのをやめている。
ジョーカーの方を睨み、ライフルを構える俺に気がついた。
「津秋、……お前、そこで何してる?」
それは怒りのこもった大月の声だった。
立ち上がり、のしのしと近づいてくる大月。
右腕を前にして、
「やめろ。……撃つな」
と言ってくる。
だがすぐに、
「撃て!」
ジョーカーが言葉を被せた。
大月は言う。
「お前はそいつに騙されているんだ。
正気に戻れ津秋。何故そこまでする必要がある」
俺は大月とジョーカーを見比べた。
「純一。大月の戯言を聞いてはだめだ。殺せ」
「まッおい、――津秋!」
「…………殺せ」
待てという大月、――殺せというジョーカー。
どちらを信じるのか?
そんなものは最初から決まっていた。
俺は津秋じゃない。木場純一だ!
大月が飛びかかってきた。
そのとき俺は引き金を引く。
銃声が鳴り響き、弾丸は大月の体を貫いた。
だが急所を外した。
大月は勢いに任せて俺の肩を掴んだ。
爪が食い込む。
叫び上げそうになるのを歯を食いしばって我慢した。
……クソ痛い。
ずるずると腕にかけて大月の爪が走る。
大月は崩れ込むようにして前のめりになった。
体力を消耗したのか。
大月は膝をついて狼男から人間の姿に戻っていた。
肩で息をしながら俺は大月から離れる。
自分の左腕を確認すると、深い傷跡がそこに残っていた。
大月は固まって、酷い顔をして俺を見返している。
大量の血が足もとで水たまりを作っていた。
俺は再び、ゆっくりとライフルを構える。
大月は首を横に振っている。
「頼む……。やめて。やめてくれ……津秋」
「撃て」
と、ジョーカーの声。
引き金を引く。
しかしまた狙いがずれた。
足に当たったか。
左手が痛くて狙いが定まらなかった。
持ち手のライフル銃を下げると、
「まだ死んでない」
と、ジョーカーが言う。
ジョーカーは腕を組んでじっと大月のことを見ていた。
「撃て」
さっと構えた。
「純一、……もっと上だよ。狙うのは、頭だ」
銃口を少しずつ上にずらす。
大月の顔に照準が定まった。
それは苦悶に満ちた表情だった。
あまり見ていたくはない。
大月はなおも命乞いをしてきている。
だが聞かない。何も聞いてはだめだ。
こいつは下等動物。
こいつは、殺さないといけないんだから。
しくじることは、許されない。
そうだ。殺さないと、いけないんだ。
そして俺は引き金を引き、……大月を射殺した。




