00009CBT「影世と現世(二)」
俺は一度向こうの世界に戻ることにした。
ジョーカーが言うには、
俺やジョーカーは特異点なんだそうだ。
普通、同じ魂が2つの世界を同時に生きる。
しかし俺達は常に片方にしか生きてない。
元いた世界は現世、
今いる世界は影世。
ジョーカーはそう呼んでいた。
影世は現世の影。
裏と表の関係のようで、現世とは全く違う。
RPGゲームの世界観に少し似てる。
なんと言うか、脈絡が全くないんだ。
奇妙な事象が平然と起きる。
影世は、現世よりも本質を表すと言う。
たとえば、現世での言葉の応酬は、
時に影世では殴り合いの喧嘩になるんだそうだ。
そして影世での殺人も、
現世では一見、被害者と加害者に繋がりがないように見えることがある。
表面上の繋がりはなくても、
事象の本質として強い繋がりがあった、ということだ。
俺はずっと影世で良いと思っていた。
けどジョーカーは少し違ったらしい。
何回も現世に帰っているようだった。
必ずまた来れるから、と言われて、
俺も一度現世に戻ることにした。
「次の土曜にまた会おう」、と言って。
時間の流れも同じだったみたいで、
俺は半月余りの行方不明扱いとなっていた。
親にもすごく叱られて、
なんだか無性に腹が立った。
俺はジョーカーに言われた通り、
家出だったと告げる。
現世は影世とは全然違う。
現世は、皆うるさいんだ。
「うるせーな」と怒鳴ったら、
親父は俺と口をきかなくなった。
学校も、最高だった。
机の上に可愛いお花が活けてて。
丁寧に寄せ書きまで。
皆、俺のことを惜しんでくれてた。
崎本も絶好調だった。
全く関係ない話題で、「死んだかと思ってたのにね」と、ケラケラ笑う。
クソみたいに可愛いメスザルさん。
しかし、
「ほら、これプリントだよ。休みの間のまとめといたから」
と、津秋。
津秋はどこか少し心配そうにしていた。
大月は、かなり俺のことを睨んでいた。
川辺を使って、俺にまた乱暴する。
大月と川辺には、以前よりも強い憎しみを感じる。
現世に戻って来たのは水曜日。
金曜日に、いじめとは別の事件が起きた。
体育の授業のこと。
俺は体操着を買うのを忘れてて見学することにした。
馬場も一緒に見学していたんだ。
クラスメイトがサッカーする中、
俺は馬場のことが気になった。
何かをスケッチしてる。
馬場も絵を描くのかな、と思った。
チラリと覗きこもうとした。
そのとき、大月が俺に向かってボールを蹴り飛ばしてきた。
俺には当たらなかった。
馬場の頭に当たったんだ。
馬場は一瞬よろけて、
すぐに体勢を戻す。
スケッチを閉じて当たった箇所をさする。
大月は「悪い悪い大丈夫か」とか言ってた。
馬場が頷くとボールを回収してすぐに戻って行く。
「音大きかったけど、本当に大丈夫?」
と、俺。
絶対痛かったと思う。
馬場と目が合った。
シュッとした鋭い目をしている。
額に擦り傷ができてた。
手を伸ばして、
「血、出てるぞ」
と言ったら、
「本当だ」
自分の手を見て馬場がつぶやいた。
……馬場が喋った。
こいつ喋れるのかよ。
いや、当たり前か。
でも馬場が普通に喋ってるとこなんて見たことなかったんだ。
「保健室行って絆創膏もらおう」
と、馬場を誘って、保健室まで行く。
チャンスだと思った。
またボールで狙われたらたまらないからな。
馬場は以前からよく学校を休んでる。
体の具合がよくないらしい。
詳しくは知らない。
気にしたことないから。
保健室にもよく世話になってたみたいだ。
保健の先生が心配してた。
ちょっと気になったけど、
その日は金曜日だったから。
俺は影世のことで頭がいっぱいだった。
早くジョーカーやデュースと遊びたい。
そして、待ちに待った土曜日が来る。