第221話:ターニングポイント1
戦いと言うのは、お互いの力と技術と知恵を余すことなく発揮してこそ戦いと言えるだろう。例え惨敗しようが万機を期した上での惨敗ならそれは戦いだ。
なら、今から目の前で始まろうとしている『争い』は『戦い』だろうか? それはこれからの出来事を見て各々で判断を下してもらおう。
ジーク歴1098年8月7日。この日はラ・ザーム帝国と反乱軍の戦争のターニングポイントとなった。
圧倒的に優勢であった反乱軍であったが、各方面を制圧するために元々少ない数を更に分散させていた。そのためエルシオンを攻撃する反乱軍の人数はおよそ1,300人。これに対し劣勢に立たされている帝国軍の数はおよそ7,100人と数だけは勝っていた。
数が少ない反乱軍に包囲戦という選択肢は無かった。1,300人程度で都市を囲むことなど到底できないからだ。ならどうするか? 包囲が無理なら一点突破をするしかないだろう。幸いにも反乱軍にはそれを行える兵器を所持していたため、反乱軍はエルシオンを攻撃すると決めた直後に、この作戦で行くことが決定された。
攻撃を行う個所はエルシオン北側。そこから城壁に一点集中攻撃を行い穴を開け都市内部へと突入をする。複数方面からの攻撃も全く考え無かった訳では無い。だが、今の彼らからしてみれば帝国軍が分散されることは嫌だったのだ。
爆炎筒は現代で言うところのミサイルと似ている。一点を狙った攻撃は強いが広範囲への一斉攻撃となるとあまり有効な攻撃手段とはいえない(核ミサイルなどの話になるともはや戦争がどうこう以前のお話になるので今回は触れないでおく)
どっちかというと一か所に集まってもらい、そこを攻撃した方が少ない弾薬(魔石)で多くの敵を倒すことが出来るからだ。
7日午前9時。エルシオンを攻撃する反乱軍の布陣が完了した。
このとき、反乱軍の兵士らは少し混乱をしていた。敵である帝国軍が見当たらないのだ。これまでの戦いから正面からのぶつかり合いは避け都市内での乱戦に持ち込もうと言うのだろうか。
いや、それだけならまだ納得が出来ただろう。しかし、混乱の原因はそれだけではなかった。
自分らの前方に人影が映る。数にして十数人程度の小部隊であろうか? 都市からやって来たであろう彼女らは反乱軍と真正面から向き合う形で反乱軍とエルシオンとの狭間に陣取っていた。
人? いや、違う。頭についた獣の耳、体の後ろからチロチロと見える尻尾。それを見た兵士らは彼女らが獣族であることを即座に理解した。そして、獣族の前に一人の少女が立っていた。首に付けられた黒いチョーカーは彼女が奴隷であることを知らしめていたが、彼女の首にはそれとは別にネックレスが付けられていた、灼熱の炎を如く真っ赤に輝く大きなルビーは見ただけでとても高価な物だと分かる。だが、そんな自分たちでも見る事すら稀なネックレスを恐らくは奴隷であろう少女が身に着けていることに、反乱軍の兵士たちはイラついた。もともと帝国の重税に耐えれなかった人たちが集まった軍隊だ。自分たちより地位が下の奴隷が高価なアクセサリーを着けている事に快く思わないのは当然の反応だろう。
さらに兵士たちをイラつかせたのは、その後ろの獣族達だった。
少女同様黒いチョーカーが付けられている事から奴隷であることは確かであったが、着ている服は自分たちが着たこともないような清潔そうな服を身に着けていた。見た目こそ一般の市民服であったが上から下まで汚れ一つ見えないその清潔さ、さらには獣族自体も奴隷としての厳しい仕打ちを受けたような様子も無く、綺麗に束ねられた髪はとても艶やかだった。獣族とはこんなにも美しい種族だったのかと見直す人すらもいたほど彼女らの姿はとても大切に扱われている様子が見て取れた。それが反乱軍の大半の兵士たちをさらに逆上させる。自分たちは朝から晩まで働いてもボロボロな安いしか着れないような生活をしているのに……あの奴隷を持っている主人はさぞかし豪華な生活をしているのだろうと彼らを不確実な妄想に駆り立て上げた。
あのキレイな服を破り、犯す……それを想像しただけで興奮する者もいたほどだ。それほどまでに彼らに鬱憤がたまっていたのだろう。
だが、彼らの妄想が実現することなど到底ありえない話であった。何故なら、今から自分たちが相手をしなければならない相手は神様じみた人物のもとで育てられた最強の刺客だったからだ。
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「……で、お主は何故ここにいる?」
エルシオンを囲む城壁から反乱軍の様子を眺めていたグラムス皇帝は、同じように戦地を見つめていたクロウに話しかけた。
「何故って……それは彼女たちの様子を見る為ですよ」
クロウは「そんなことも分からんの?」と少々戸惑った口調で言った。
「最初は私が一人で潰すことも考えたのですけどね、彼女たちの成長も見て見たかったので、彼女らに私の代わりに反乱軍を潰してもらうことにしました」
「潰す……あ奴らが? 確かに個々の能力は高そうだが、それでもあまりに多勢に無勢ではないか?」
「あれくらいなら行けますよ。先に行っておきますが、今から始まる戦争を陛下の今までの常識で見る事など絶対に出来ないと思いますので、その辺は覚悟してご覧になってください」
「なに……?」
「……そろそろですね」
そう言うと、クロウは自分の手を耳元まで持っていくと急に独り言を話し始めた。
「皆、聞こえるか?」
<聞こえるわよ。こっちはいつでもいいわ>
<聞こえます~、すごいですね~こんなに離れていてもクロウ様の声が頭の中に入ってくるのですね~>
「昨日話した通り、今日の戦いは俺が良いと言うまで好き勝手にしてもらっても構わない。ただ、銃を使うのは最後の手段にするんだ。それ以外は武器、魔法、道具、何でもいい。自分の最適な方法で戦う事。ただし、連携は忘れるなよ。今回は数が数なんだからな」
<分かってるわよ。クロは少し私たちを甘やかしてない?>
「うーん、そんなつもりは……まあ、否定は出来ないな。皆に武器を持ってほしく無いのは本音だし」
<はいはい、まあ、今回は私たちに任せてよ!>
「ああ、期待しているぞ」
<く、クロウ様! あ、あの……昨日の約束は……本当ですよね?>
「……勿論だ。今回の戦いで一番多く敵を倒した者には……もれなく俺と二人っきりで二晩過ごせる権利を送ろう」
その言葉に、獣族たちがキャーとハイテンションになる。その様子はまるでライブ会場で好きなアイドルが出て来た時の女性たちの黄色い悲鳴のようだった。そんな彼女らにクロウは心の中で一言「君たち、今から戦争をするテンションじゃないよ」と思っていた。
何に事かと話をすると、昨晩、今回のエルシオンでの戦いで一番敵を倒した人にはご褒美が欲しいという話になり、誰が言ったか「で、では、一番倒した人にはクロウ様と一晩二人っきりになれる権利を下さい!」という言葉で決まってしまったのだ。毎晩代わり代わりにクロウは相手をしているが、それはあくまでに複数人同時に相手をしている。つまり、自分だけを愛でる時間が欲しいとのこと……ちなみに何故二晩なのかというと「一晩だけで満足する訳ないじゃない!」と性欲満点な獣族からの意見をクロウが了承してしまったことが原因だったりする。
さらにその意見に行きつくまでがまた長く「一週間よ!」とか「いっそ一か月にしましょう!」など何とか長くしたい獣族達の声を防ぎきっての二晩だった。決め手はエリラが「二晩以上お願いをするなら私と勝負して勝ったらよ!」だった。当然誰も勝てないので、そこでお話は終了した。元々クロウとエリラの関係に割り込む形で自分たちも相手をしてもらっているので、不満を言う人はいなかった。ただ、話が終わった時、獣族一同の口元は全員「へ」の字をしていたことは言うまでもないだろう。
さて、話を戻し急にクロウが独り言を話し出したことに、周囲にいた者は「こいつ頭でもおかしくなったんじゃね?」と怪奇な目でクロウを見ていた。
実際はそんな事は無く、《意志疎通》を契約で獣族全員に付与して遠距離会話をしているだけだ。本来は俺とエリラとの間でしか扱えないスキルだが、それをいつか魔法学園の生徒たちに行ったスキルを一つだけ付与できる《契約》を行い、全員で会話を出来るようにしたのだ。
「! 敵が動き始めました!」
一人の兵士がそう叫ぶ。見ると反乱軍の軍勢が少しずつ動き出しているのが分かった。
「いよいよか……」
「……あれだけの大口を叩いたのだ。当然、今になってできませんは無いぞ」
「ええ、分かっていますよ。まあ、私たちは静観しましょう。そして、目に焼き付けて下さい。一歩間違えれば次に彼女たちを相手するのは帝国なんですから」
皇帝以下帝国の面々は、黙ってクロウの言葉を聞き、黙って戦場を見つめるのであった。




