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魔法が使えない魔女見習い、前世の医学で薬屋を始めます  作者: ゆっきー
第1章 郊外の小さな魔女

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第5話 ライルさんと、生意気な見習いさん

 ハンナさんの前で扉を開けられるようになってから、十日ほどが過ぎた。


 三日に一度、ハンナさんがパンとお野菜を持ってきてくれる。

 私は扉を少しだけ開けて、かごを受け取る。

 顔は、まだ見られない。でも、「……ありがとう、ございます」は、毎回言えるようになった。


 その日の昼すぎ。


 コン、コン、コン。


 ハンナさんとは違う、しっかりした叩き方。


「ミミ、いるか? ライルだ」


(ら、ライルさん……!)


 あの夜から、二か月近く。

「また来る」と言っていたのは、本当だったんだ。


 私は扉の取っ手に手をかけて——


「おい、ライル。本当にこんなボロ家に、魔女なんているのかよ」


 扉の向こうから、別の声がした。


(……え? ひ、一人じゃ、ない……?)


 ライルさんの声。

 知らない男の人の声が、一つ、二つ、三つ。


 私は取っ手から手を離して、ずざざざっと棚の陰に逃げこんだ。


(む、無理無理無理……! 知らない人が、三人も……!)


「ミミ?……あー、そうか。悪い、驚かせたな。騎士学校の仲間を連れてきたんだ。開けてもいいか?」


 私は棚の陰で、ぎゅっと目をつぶった。


(……ライルさんの、仲間……)


 ライルさんは、いい人だ。

 そのライルさんが連れてきた人なら、きっと……。


「……ど、どうぞ……」


 蚊の鳴くような声だったけれど、ライルさんにはちゃんと聞こえたらしい。


 扉が開いて、四人の足音が入ってきた。


 *


「よう、ミミ。久しぶりだな」


 棚の陰からそっとのぞくと、ライルさんの肩には、もう包帯はなかった。


「約束どおり、ちゃんと街で治癒魔法を受けたぞ。治癒師の先生が、手当てがよかったから治りが早いって、ほめてた」


(ほ、ほめて……)


 顔が、かあっと熱くなる。


「これ、お礼だ。この前は手持ちが少なかったからな」


 ライルさんは、テーブルの上に小さな布袋と、紙に包んだ何かを置いた。

 布袋の中で、銅貨がちゃりんと鳴る。

 紙の包みからは、甘い匂いがした。


「街の焼き菓子だ。ポーションの口直しにでも食べてくれ」


(く、口直し……)


 思い出したのか、ライルさんの顔が、ほんの少しだけ引きつった。

 後ろの二人の仲間が、くすくすと笑う。


「おいライル、そんなにまずかったのか」

「とんでもなくな。でも、効いた」


 ライルさんの仲間のうち、二人はにこにこしていた。

 部屋の薬草を物珍しそうに見回したり、「すげえ匂い」と鼻をつまんだり。


 でも、最後の一人だけは、違った。


 四人の中でいちばん立派な服を着て、腕を組んで、扉のそばに立ったまま、部屋に入ってこようともしない。

 金色の髪を、きれいになでつけている。


「ふん」


 その人は、棚の陰の私を、上から見下ろした。


「こんなチビが魔女?ただの子どもじゃないか」


(……っ)


「ギルベルト」


 ライルさんの声が、少しだけ低くなった。


「言っただろ。俺はこの子に助けられたんだ」


「どうせ、たまたまだろう。こんなところに一人で住んでる、薄汚れた平民の子が、まともな手当てなんてできるものか」


 ギルベルトさんは、天井から吊るした薬草の束を、汚いものでも見るように見上げた。


「僕の家なら、治癒師の一人や二人、いつでも呼べる。こんな草くさい小屋に頼るなんて、平民のすることだ」


 胸の奥が、ちくちくした。


 言い返したい。

 でも、やっぱり言葉は出てこない。

 私は棚の陰で、スカートをぎゅっと握りしめた。


「ギルベルト、いい加減にしろ」

「まあまあ、ライル。こいつの家、伯爵家だからさ。いつもこうなんだよ」


 仲間の一人が、困ったように笑って、ライルさんの肩を叩いた。


「……悪かったな、ミミ。今日はもう帰るよ」


 ライルさんは、棚の陰の私に向かって、すまなそうに頭を下げた。


「また来る。今度は、一人でな」


 四人の足音が、扉の外へ遠ざかっていく。


 ぱたん、と扉が閉まった。


 私は棚の陰で、しばらく動けなかった。


(……たまたま、じゃ、ないもん)


 小さく、つぶやいた。

 誰にも聞こえないくらい、小さく。


 テーブルの上には、銅貨の袋と、甘い匂いの紙包みが残っていた。


 *


 それから、ほんの少したった頃だった。


「——ミミ! すまない、もう一度開けてくれ!」


 扉の向こうから、ライルさんのあわてた声がした。


 私は棚の陰から飛び出して、扉を開けた。


 そこにいたのは、ライルさんと、仲間の二人。

 そして、ライルさんの背中に背負われて、顔をゆがめている——ギルベルトさんだった。


「帰り道で、木の根に足を取られてな。足首をひねったらしい」


「う、ぐっ……! さわるな、痛い……!」


 ギルベルトさんの右の足首が、ブーツの上からでもわかるくらい、ぷっくりと腫れていた。


「……ち、治癒魔法……つ、つかえる、ひとは……?」


 私が小さな声で聞くと、ライルさんは首を横に振った。


「この中に、治癒魔法を使えるやつはいない。治癒魔法は、使える人が少ないんだ。街まで戻れば治癒師がいるけど、この足じゃ、歩いて帰れない」


 ライルさんは、まっすぐに私を見た。


「頼む、ミミ。診てやってくれないか」


 ギルベルトさんは、悔しそうに顔をそむけた。


 私は、一歩だけ、下がりそうになって——


(……ううん)


 その場に、踏みとどまった。


 さっき、ひどいことを言われた。

 でも、今、目の前で痛がっている。


 それだけで、十分だった。


「……ベ、ベッドに……ね、ねかせて、ください……」


 *


 ライルさんが、ギルベルトさんをベッドに座らせる。


 私はベッドの横にしゃがみこんで、腫れた足首を見た。


 とたんに、頭の中のざわざわが、すっと静かになった。


「ブーツ、ぬがせます。腫れてくると、ぬげなくなるので」


「お、おい、勝手に——いっ……!」


 ひもをゆるめて、そっと引き抜く。

 足首の外側が、赤く、大きく腫れていた。


「……指、動かせますか。足の指」


「は?……こ、こうか」


 ギルベルトさんの足の指が、もぞもぞと動いた。


「感覚は、ありますね。しびれは」


「……ない」


「ここ、押したら、痛いですか」


 私は、足首の骨の出っぱったところを、指先で軽く押した。


「……そこは、そんなに」


「ここは」


「いっ……! そ、そこだ、そこが痛い!」


 腫れているのは、骨のところじゃなくて、そのまわり。

 骨を押しても、ひどくは痛がらない。


(骨は、たぶん折れてない。足首の筋をひねったんだ。でも、あとで治癒師さんに、ちゃんと診てもらったほうがいい)


「冷やします。動かさないでください。高いところに、足をのせます」


 私は口の中で、ぶつぶつとつぶやきながら手を動かしていた。


「水がめの水で布を冷やして、腫れてるところに。毛布を丸めて、足の下に。心臓より高くして——」


 ライルさんの仲間の一人が、ぽかんと口を開けた。


「……おい、ライル。この子、さっきと全然違うぞ」

「だろ?」


 ライルさんの声は、なんだか少し得意げだった。


 *


 冷たい布を何度か取りかえて、腫れが少し落ち着いたところで、私は棚から母の古い薬箱を引っぱり出した。


 中から、薄い木の板を二枚。それから、細く裂いた布。


「あ、足首、固定します。動くと、ひどくなるので」


 足首の両側に木の板を当てて、布でぐるぐると巻いていく。

 きつすぎると、血が止まってしまう。ゆるすぎると、固定にならない。


(指先の色、大丈夫。冷たくもない。……うん、このくらい)


 最後に、傷に塗るポーションではなく、腫れと痛みをやわらげる方の小瓶を取り出した。


「……こ、これ……の、のんで、ください……」


 ギルベルトさんは、小瓶の中のどろりとした緑色の液体を見て、思いきり顔をしかめた。


「なんだこれは。こんな得体の知れないもの、僕が飲むと——」


「飲め、ギルベルト」


 ライルさんが、きっぱりと言った。


「まずいけど、効く。俺が保証する」


「……っ」


 ギルベルトさんは、しぶしぶ小瓶を受け取って、ぐいっとあおった。


「——ぐっ……! な、なんだこの味は……っ! 草と……土……!」


「だろ?」

「ライルの言ってたとおりだ!」


 仲間の二人が、げらげらと笑い出した。


 ギルベルトさんは真っ赤な顔で、口元を押さえて震えている。


(ご、ごめんなさい……! 味の改良、本当に、次こそは……!)


 *


 しばらくして、ギルベルトさんは、ライルさんに肩を借りて立ち上がった。


 固定した足首には、体重をかけないように。

 板と布のおかげで、さっきよりはずっと楽そうだった。


「街に着いたら、治癒師さんに……ちゃんと、診てもらって、ください……。ほ、骨は、たぶん、だいじょうぶ、だけど……」


 私は棚の陰から、小さな声で言った。

 それと、札も一枚。


『あしは うごかさない。ひやす。たかくする。いたみが つよくなったら すぐ ちゆしさんへ』


 ギルベルトさんは、札を受け取って、しばらくじっと見つめていた。


 それから、私の方を見ないまま、ぼそっと言った。


「……助かった」


 それだけ言って、ぷいっと顔をそむける。


 耳まで、真っ赤だった。


 仲間の二人が、また笑いをこらえている。ライルさんは、私の方を見て、こっそりと片目をつぶった。


「ミミ、ありがとう。今度こそ、本当に、また来る」


 ぱたん、と扉が閉まった。


 *


 ——リンデル、騎士学校の寮。


「聞いたか? ギルベルトのやつ、郊外の魔女の家で、手当てしてもらったらしいぞ」

「あのギルベルトが? 平民の子どもに?」

「しかも、『こんなチビが魔女?』とか言った、その帰り道に足をくじいたんだってさ」

「うわ、かっこわる」


 寮の廊下に、くすくすという笑い声が広がっていく。


「で、その子の手当て、どうだったんだ?」


「治癒師の先生がさ、ギルベルトの足を見て、『この固定をしたのは誰だ』って驚いてたらしいぞ」


 *


 寮の自分の部屋で、ギルベルトは、板と布で固定された足首を見下ろしていた。


 机の上には、がたがたの字で書かれた、小さな紙の札。


『いたみが つよくなったら すぐ ちゆしさんへ』


「……ふん」


 ギルベルトは、札を指でつまみ上げて——


 捨てずに、そっと、引き出しの中にしまった。

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