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山にくぎば

 夕方の冷え込む空気に息が白む。枯葉のたまった山道を踏みしめながら登っていく。肩に食い込むリュックを背負いなおし、額に滲む汗を拭った。

 日頃の運動不足のせいで時間はかかってしまったが、視界が開けようやく平坦な道に出た。

 休憩ついでにタブレットで撮った古ぼけた地図を確認する。古木に彫られていたもののようで拡大縮小を繰り返してどうにか判別できた。


「もう少しちゃんと撮れなかったのかよ……えーと、ここを右に行って、まっすぐ進んだところの三叉路も右、次の三叉路を真ん中か」

 チリン、とどこからともなく鈴の音が聞こえた。辺りを見回すと、ざっと吹く風に木がざわめきカラスが飛び立った。

「早く事を済ませよう……」

 水分補給をして歩を進める。地図の通りに右に折れたあと、三叉路になっている道の右を選ぶ。


「あれ、これは……どっちだ」

 しばらくすると分かれ道が現れた。しかし、地図には道が三本描かれているが、目の前の道は二股になっていた。よく見れば砕けた岩やへし折れた枝木が方々に散っている。どうやら過去の土砂崩れで道がなくなってしまったようだ。

 考えながら地図と道を見比べていると、顔を上げた拍子に先程まで誰もいなかった場所に若い女性が立っていることに気がついた。山登りには不釣り合いな薄紫のワンピースは薄汚れ裾が擦り切れている。半袖から伸びる細い腕は病的に白い。

「こんにちは、道に迷ってしまいました。教えてもらえませんか」

 うつむくばかりの女性は細腕でついと右の道を指し示す。

「ありがとうございます」

 礼を言ってもうつむいた彼女は一点を指したまま微動だにしなかった。


 教えられた道を進むと少し開けた場所に出た。この場所を隠すかのように周囲を岩壁に囲まれている。岩壁の中央には大きな岩が鎮座していた。

 あちこちの木に、しめ縄と共に御幣と玉串が括られている。風が吹くたびにかさかさと音を立てた。その風に乗って濃厚な線香の匂いが漂う。

 中に入る前に足を止め目を瞑り手を合わせた。

「藤井ヶ淵のユウキです。よろしくお願いします」

 小さく呟いた途端、人間の呻き声のような音が混じった風が吹く。遠くから、ゴーンと重い鐘の音が聞こえた。

 合わせた手に汗が滲み、かすかに震え出すのを拳を握って堪える。

 深呼吸して中に踏み入れると明らかに空気が変わった。身が清められ軽くなるような清澄な気配を含んでいる。いつのまにか震えもおさまっていた。

 今まで背負っていたリュックの重みもなくなったように感じた。

 隅にある、人為的に作られた平たい石のスペースにリュックを置き中に入っていた集落に住む家族分の瓶を取り出す。大小十一個のガラスの瓶が入っていたのだから重いはずだと納得した。


 大きな岩は、ほら穴の入り口を塞いでいた。だが、へこみを掴んで動かせば容易に開くと聞かされている。近寄ってみると確かにへこみがあった。

 開けた瞬間、生臭い匂いが鼻をつく。

 中には異様な光景が広がっていた。率直にいえば白骨化した遺体があった。ただ、頭蓋骨は天井の裂け目に引っかかり、上腕骨は壁の溝に突き刺さっている。小さな骨や肋骨は地面に円状に置かれていた。その周りに、ちぎれた薄紫色の布が花びらでも飾るように散らばっている。さっきの女性の姿が一瞬過ぎる。

 壁一面には古い血が乾いたような赤黒い飛沫が飛び散っていた。

 穴の中で散乱している約二百もの骨を、割らないように注意しながらすべて回収していく。百を超えたあたりから、内部の悪臭にも慣れてしまっていた。


 外に出て石のスペースに和紙を敷く。その上に回収した骨を置き容赦もなく砕いていく。ひとつひとつ丁寧に。そうして真っ白な粉と化した先代を、それぞれの瓶に収め封をする。最後に手を合わせた。

「お疲れ様でした」


 日が暮れきる前に終わらせることができた。

 深く息を吐くと身にまとっていた衣服をすべて脱ぎ捨てる。ひやりとした山の空気が汗ばんだ肌を撫でた。そして先代と交代するように、その暗がりへと足を踏み入れる。

 内側からは決して開けられない入り口の岩を閉めた。暗闇と静寂の中に、自分のものと別にもうひとつ、何かの息づかいがかすかに存在している。

 遠く山の彼方で二度目の鐘の音が重く響いた。

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