表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『星を紡ぐ右腕 〜追放された魔導技師、壊れた右腕で世界を繋ぐ〜』  作者: 鍼灸師いのぴー
第3章:設計思想編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
100/100

第98話:『第一保護対象』

【第一保護対象:生存】


その文字列だけを残して、モニターが再び漆黒の闇へと沈んだ。


「……第一、って何だ?」


レオンの声が、静まり返ったコックピットの空気に重く落ちる。


アレンはすぐに答えることができなかった。答えたくても、胸の奥で渦巻く異物感が思考を阻んでいる。右腕の魔導回路ではない。もっと深い、肉体の中心そのものから這い上がるような、冷たくて熱い感覚。


「おい、アレン。聞こえてるのか」


レオンが低い声で呼びかけながら、アレンの肩を掴む。その目からは、いつもの軽さが完全に消えていた。


「さっきのログ……『第一保護対象』って表示されたぞ。それってつまり、第二がいるってことかよ」


「……ああ」


アレンはかすれた声で、レオンの言葉を引き継ぐ。


「普通に考えればな。だが、問題はそこじゃない。旧文明の遺産だか、零号機の残したデータだか知らねえが……なんでそれが、お前の身体の内部から勝手に出てきやがる。お前は一体、何なんだよ」


レオンの問いかけに、アレンは自分の右腕を見つめ返した。あのモノクロの世界で見た光景が脳裏によみがえる。冷たい研究施設。旧文明が「罪」と断じて廃棄しようとした小さな生体。そして、その小さな生体を護るように巨大な装甲を展開していた零号機。


――『保護対象――未登録』

――『優先順位――再設定』

――『保護対象の名称、取得不能』


あのとき、零号機は確かにその存在を守ろうとしていた。ならば、自分の中に刻まれているという「第一保護対象」とは、あのとき零号機が守り抜こうとした「何か」そのものなのだろうか。それとも、自分自身がその対象なのか。


その沈黙を破るように、コンソールが微かに明滅した。


『――待ってください』


アークの声だった。その合成音には、いつもの冷徹さではなく、かすかな混乱の色が混じっている。


「アーク、何か分かったのか?」


『「第一保護対象」という名称について、ひとつだけ決定的な異常があります』


アークがデータウィンドウを呼び出す。そこには先ほどの文字列が再掲されていた。


『これは、旧文明側の分類コードではありません』


「……じゃあ、誰が付けたんだ?」


『分かりません。ですが、この名称が記録されている最古のデータには――零号機のアクセス権限が設定されています』


アークの言葉に、アレンとレオンは息を呑んだ。旧文明の管理下にあったはずのシステムの中に、零号機だけが書き込むことのできた固有の領域。それが「第一保護対象」という記録の出所だった。


「零号機が、俺の中に……いや、この記録の中にそれを残したってことか?」


『おそらく。ですが、さらに奇妙なのは、その対象の「名称」データが完全に欠落している点です。コードネームだけが存在し、中身が空白になっている』


「名前が分からないのに、『第一保護対象』だけが残されてるってのか?」


レオンが眉をひそめる。


『はい。そして、その未登録の空白領域を補完しようとするエラーが、現在アレンさんの生命反応を媒体にして発生しています。つまり……』


アークが言い淀んだその時だった。


『――警告。接近する熱源を多数捕捉』


コックピットの全警報が一斉に鳴り響いた。


『冗談ではありません……! この座標に向かって、旧文明の防衛システム群が急接近しています! 先ほどのアイン・ソフとは規模が違う……!』


「なんだと……!?」


レオンが顔を険しくさせ、操縦桿を握り直す。


「アーク、数は!」


『三十……いいえ、五十以上! すべて高機動型の迎撃ユニットです! 狙いは……間違いありません。奴らの目的は、このアイン・ソフの内部ではありません』


アークの音声が、緊迫したトーンに変わる。


『彼らが照準を合わせているのは……アレンさんの身体の内部、先ほど展開された「未確認データ」の波長そのものです!』


アレンは言葉を失った。自分を殺すためではない。自分の中に残された「何か」を消すために、五十を超える迎撃ユニットが迫っている。


つまり――旧文明が遺した意思は、まだ死んでいない。


そして何より、零号機が守ろうとした記録は、今もなお誰かにとって「消すべきもの」なのだ。


「……そういうことかよ」


アレンは低く呟いた。


「俺を狙ってるんじゃない。俺の中に残った……あの記録を消しに来るんだ」


地平線の彼方から、無数の赤と藍色の光の筋が、まるで獲物を狩る群れのようにこちらへ迫ってくる。


「くそっ……! 休ませるヒマもねえってか!」


レオンが歯を鳴らし、メインエンジンに点火する。


「アレン、動けるか! またあの右腕が暴走するようなら、無理やり気絶させてでも――」


「……大丈夫だ」


アレンは立ち上がり、自分の右腕をしっかりと握りしめた。その掌の奥で、藍色の光が静かに、しかし力強く脈打つ。


名前の由来も、「第一保護対象」という言葉の本当の意味も、まだ闇の中だ。だが、ここで敵の軍勢に押しつぶされ、記録ごとすべてを奪われるわけにはいかない。


「レオン、行くぞ」


アレンの瞳に、迷いのない光が戻っていた。


「……ちっ、頼むぜ。主人公様よ」


レオンが不敵に笑い、アイン・ソフの全出力回路を解放する。


無数の迎撃ユニットが、一直線にこちらへ迫ってくる。


その瞬間、アークが小さく息を呑んだ。


『……待ってください』


「どうした?」


『迎撃ユニットの識別信号を解析しています』


一瞬の沈黙。


そして――


『……あり得ません』


「何がだ」


『この部隊の指揮権限が……零号機に設定されています』


「……何?」


アレンの右腕が、激しく脈打った。


敵として迫ってきた五十以上の機体。


そのすべてが――かつて零号機の命令を受けていた。


(……なら、こいつらは何のために俺を消そうとしている?)


――その答えは、まだ分からない。


ただ一つだけ。


アレンには、確かなことが分かった。


零号機は、まだ終わっていない。




(第98話:『第一保護対象』・完)

次回、第99話『反転する命令』へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ