麻雀一番勝負
対面の、ニヤついた顔が無性に腹立たしかった。
この対面の太った男が、リーチしている上座の女とグルであるのはもうわかっている。
こちらがリーチするたびに安い差し込みを行い、通しとしか思えないあからさまに怪しい動きを見せ。
打ち方が、あまりにも露骨過ぎる。
下家はたぶん無関係だろう。
けれど同時に、無能でもある。
せめてこいつが気づいてくれたら、即席コンビ打ちで対抗したのだが……。
「どうした? お前の番だぞ?」
対面の煽りに耐えながら、俺は対面前の山を引く。
三萬。
サブローキュー筋すべてが怪しい現状での、最有力の危険牌。
いや、直観・経験・知識すべてが当たりだと叫んでいる。
こんなの、捨てられたもんじゃない。
「おや? 良いものが引けたようですなぁ」
対面の煽りが再び届くが、無視。
手牌を眺め、状況を分析する。
上家の捨て牌から察するに、リーチ手は順調に揃った基本パターン。
メンタンピン辺りに三色か一通でも乗っているんだろう。
つまり、当たればキツイ。
対し、こちらはまだリャンシャンテンで、ドラ三。
降りるには惜しい手なのだが……。
「はぁ。こりゃ駄目だな」
俺は盛大に溜息を零した。
人には才能というものがある。
それが俺には欠けている。
人には幸運というものがある。
俺は残念ながら見過ごされている。
人には努力というものがある。
悪いが俺はそんなもの大っ嫌いだ。
だからまあ、つまるところ……世の中というのはクソッタレで、悪党ばかりが得をするから、諦めも肝心ということである。
素直に諦め、俺は引いた三萬を、そのまま川に捨て――。
「ロンだ! ロン! ダブロンだぁ! あはははは!」
対面の男はげらげらと楽しそうに手牌を倒す。
その後で、上家の女も手牌を晒した。
「イチパチ(18000)とナナナナ(7700)。いっきにドンケツ行きだぁ! 無様だなぁ! ぶひゃひゃひゃひゃ!」
何がそんなに楽しいのか、対面の男は豚みたいに笑ってやがった。
「はい。運が悪かったですね」
「あ? 運だぁ? 実力に決まってるだろうが!? 雑魚がぁ! 雑魚雑魚!」
どうせなら、てめぇじゃなくて隣の女に言わせろや。
なんて言葉を口にするわけもなく、俺は点数を払おうとして――。
「おや。上座の方、これ、フリテンじゃないですか?」
そう言って、俺は上座の川にある六萬を指差した。
豚の笑い声が、ぴたりと止まった。
「おやおや。うっかりですねぇ。えと……フリテンの罰点は、マンガン払いということで良かったですよね?」
にこりと微笑みながら、俺はそう言い放ってやった。
豚は女の方を睨み、女は顔を青ざめさせながら、首を横に振る。
醜い仲間争いが勃発していた。
「おやまぁ。珍しいこともあるもんですねぇ」
のほほんとした口調で、下家が呟く。
ここまで我関せずというのも、また珍しいものだ。
ニコニコしながら、俺は場の行く末を見る。
真っ当に勝つことは諦めた。
だからもう、さっさと終わらせたいからさ、サクサク進んでくれや。
そしてゲームは終了。
トップは当然、俺。
豚は頭を抱えて蹲り、女は呆然として「どうして……」と繰り返していた。
下家の男は良くわからずニコニコとしたまま、ちゃっかり二位を取ってやがった。
案外やり手なのかもしれない。
「それじゃあ、失礼しますね」
そう言って、俺はさっさと後にする。
この場において、言葉は不要。
俺が勝利者となった。
それだけで十分過ぎた。
会場を離れ、俺は左手の指輪をそっと外し、携帯電話を取り出す。
どうにも、こういうボタン操作の道具は使いにくい。
「あー。終わりましたよ。報酬は振り込んでおいて――は? 次の依頼でまとめて? ふざけんな、すぐに払え。スったからないだぁ? 知るか! 払わないなら取り立てに行くからな!」
叫んでから電話を切り、舌打ちをする。
こりゃ、下手したらただ働きだぞ。
まあ、大した仕事じゃないからいいけどさ。
…………あ、どうも皆さん初めまして。
勇者です。
いえ、本当に勇者なんですよ。
スーツにグラサンかけて、良くタバコ吸ったりブランデー転がしたりしてますけど、本当に勇者なんです。
勇者だったんですよ。
え? はい、そうです。
過去形です。
何があったかと言えば、きっと皆さん方がよーく知ってると思います。
そうです。
異世界転生です。
良くある奴ですね。
なんか、逆な気がしますが。
魔王の奴をぶちころころしたら、仕返しとばかりに別世界に飛ばされてしまいまして。
何でも『昭和と平成が入り混じったあげくに、ホビーアニメばりに麻雀が悪用される世界』だそうです。
なんでしょうね、この世界。
めっちゃガラ悪いです。
そこらへん歩くだけでカツアゲされそうになりますし、高校生二人に一人はバイク持ってます。
良くわからないけど、絶対麻雀の所為で世界歪になってますね。
というか麻雀て何なのかもう良くわからなくなってきました。
いや、マジでびっくりです。
なんとこの世界、治安がね……うちの元世界とどっこいなんですよね。
下手すりゃ、こっちの方が悪いまでありますよ。
なんですか、麻雀ヤクザと麻雀マフィアの壮絶なる死闘で死傷者十万人って。
軍が人体実験して麻雀パーフェクトソルジャーを作る計画を阻止するために麻雀シャークを召喚するっていったいどこに突っ込めば良いんですか。
というか、そもそもの話なんで麻雀でシャイニングドローとか特殊能力使ってるんでしょうかね。
奇跡も魔法もあるんですよ、麻雀だけ。
いやマジでわけわからん。
なんで俺は使えないのにそんなのが広まってるんだよ。
まあ、そんなわけで日に日に世界に染まって、やさぐれていくのがわかるわけなんですよ。
勇者だったんです。
そのはずなのに、今では麻雀仕事人ですよ、麻雀仕事人。
ちなみに麻雀仕事人と書いて【スナイパー】と読みます。
なんでやねん。
俺はデュ〇ク東郷か。
その綺麗な顔、吹っ飛ばしてやれば良いのか?
そんな感じで、帰るための方法をずっと探しているんですよ。
この良くわからん世界で。
この世界で良いことなんて、酒が美味いこととトイレが水洗なことと、あと餃〇王将があることくらいですからね。
っと、電話ですね。
「俺だ」
『よう兄弟! ご機嫌な報告があるぜ』
「なんでも良い。早く言え」
『おーこわ。やめてくれ。世界最強の麻雀仕事人に脅されたら、ブルってしょんべん漏らしちまうよ』
「最強になった覚えはないがな」
『そうかい? 誰にもその【麻雀技能】を気づかれず、それでいて必ず最後に逆転する。俺の予想だと、あんたの技能は【次牌創造】あたりで――』
「詮索するなら、殺すぞ?」
と、いつものように脅してたりしますが、俺に技能なんてものはありません。
ああ、その前に【麻雀技能】というのは、時折発現する超能力みたいなものです。
麻雀限定の。
これまでには、必ず初手にドラを三枚持つとかいう馬鹿もいましたよ。
『おっと、そうだな。商売道具をばらす馬鹿だったら、お前は今頃川の底に行ってんな。はは、というわけで、見つけたぜ兄弟。あんたのターゲット』
「……居たのか?」
『北海道の方に【白雪の魔王】を名乗る奴がな。詳しく聞くか?』
「ああ。すぐにそっちに行く」
『おっと兄弟。それより……』
「わかっている。報酬を振り込み……いや、面倒だ。一旦家に戻って現ナマで払ってやる。それで良いだろ?」
『まいどあり!』
そこで、電話は切れた。
そう……俺は情報屋に、『魔王』を名乗る奴を探させていた。
とはいえ……これは別に元の世界に返るためとか、そういうものじゃない。
はい、ぶっちゃけただの八つ当たりです。
そりゃ、この世界にあの魔王がいるわけないじゃないですか。
そんなのわかってますって。
大体、既に十八人くらい自称魔王ぶちのめしてますし。
ただまあ、魔王にやられてこうして異世界に来たわけですから、魔王って存在が凄くムカつくわけなんですよ。
特にほら、魔王なんて恥ずかしげもなく名乗ってる奴は、基本どうしようもない屑じゃないですか。
だからゴミ掃除という社会奉仕を兼ねたストレス発散のため、魔王を探しているんです。
というわけで、やってきました北海道。
そして……。
「なんでここに居るんだよ……」
俺は魔王を見て、呆れ顔で呟く。
白雪の魔王様は、俺の世界で俺を飛ばした魔王だった。
「いや……話せば長くなるんだが……」
「三行で」
「ぬるぽ」
「がっ」
「……馴染んでおるな。おぬしも」
「てめぇの所為でな。それで、何で居るんだよ」
「勇者飛ばした後コソーリ復活。部下に裏切られしょぼーん。そして異世界に追放ざまぁされた。以上三行」
「人望なかったもんな」
「煩いわ! ここで会ったが百年目。今日こそケリをつけてくれようぞ! 麻雀でな!」
「――染まったなぁ。自称絶望の魔導士が」
「だって魔法一切使えないし。というわけでバトルだ!」
がしゃんがしゃんと音を立て、麻雀台が現れた。
「ルールは半荘で貴様かワシのどちらかがトップとなった時点で終了。そうでない場合は続行だ。ま、すぐに終わるだろうがな」
「あいよ了解。んで、既に座っているこの美女二人は誰だ?」
「ワシの技能である【新世界の絶対勝利者】により作られた分身だ。疑うなら、貴様の仲間を連れてきてくれても構わんぞ?」
「いや。どうでも良い。……珍しい技能を持ってやがるな」
「ふふ……。これだけと思って侮るなよ? ワシの技能はこの程度ではないのだからな。それで、貴様の技能はなんだ?」
「ないぞ」
「なにっ」
「ない。俺に技能はない」
「ふふ。……ふぅははははは! 麻雀バトルに技能もなしで向き合うとは、貴様はなんと愚かなので。剣を持たぬ剣士のようなものであるぞ! しかも……しかもこのワシの前に立つとは。片腹痛いわ」
「ああそうですか」
「残酷であろうが、教えてやろう。ワシの技能はな……」
初手でリャンシャンテン。
必ず字牌が二セット揃っている。
リーチしたら必ず一発。
相手の危険牌を持てば気づく。
山の中身が半分見える。
相手の手牌が半分見える。
隠れているドラが見える。
隠れている裏ドラが見える。
他人の配牌が若干悪くなる。
「と、これがワシの能力だ。恐れろ! 無能の貴様にワシを超えることなど、出来るわけがない!」
なんか、脱衣麻雀ゲーで欲しいセットだなとか思ったけど雰囲気ぶち壊しそうだから言わないでおこう。
「……タバコ、吸って良いか?」
「好きにしろ。今わの際に拒否するほどワシも鬼ではないわ。クカーカッカッカ」
「染まってんなぁ」
そうして、戦いが始まる。
俺の親で、一局目――。
「クカーカッカッカ! 揃っておるのう! これは負ける気がせんわ。ほれ、早く捨てろ!」
自分の手牌を見て、魔王はそうほざく。
俺はタバコを灰皿に押し付け、静かに、手牌を倒した。
「天和。四暗刻大三元字一色。全員飛びで終わりだ」
「な――。なななななな! 何があった!? 何故だ!? 貴様、技能はないはず……いや。技能があってもこんなこと、こんなこと神以外に出来るわけが……」
もう一本、煙草を取り出し、火をつける。
「燕が飛んだんだよ」
俺は天に向かい、ゆっくりと煙を吐いた。
本当、魔王染まったなぁ。
この世界、どんな極悪人でも、どんな卑怯者でも、イカサマしないんだよなぁ。
不思議なことに。
私は一体どこからどんな電波を拾ってこんなものを書いているんだろうか。




