できれば、永遠に
「だぁー!死ぬかと思った!」
どさりと地面に倒れる音と、掠れ裏返ったカルロの声が響く。
その傍でティターニアは力を消耗し消え掛かっている自身の子を抱き抱えながら、呆れたようにため息をついた。
アンブロージュは嫌がるドナートを抱いてクルクルと周りながら、地面を飛び跳ねる。
「やったー!なんとなくうまくいったー!」
「や、めやめろ!やめろ馬鹿!」
「ってことはてことは〜今まで封じられてたドナくんの力が解放されるんだから、俺と同じポインセチアの花ってこと?うわ〜嬉しい!」
やめろと叫ぶドナートを完全に無視し話を進めるアンブロージュにカルロはガバリ、と起き上がるとあ、と大きな声をあげる。
ノックスはカルロの膝の腕に乗り、褒めろとばかりに擦りつけていた頭をあげると黄金を見上げた。
「それだけどさ、もしかして花よりもっといい魔法の形があるんじゃないかと思ってて。」
「え、俺の片割れなのに?」
途端に不服そうな顔をするアンブロージュに、カルロはまぁ落ち着けと抱き抱えたままのドナートを下すように両手を掲げる。
ドナートは若干青い顔をしたまま地面に降ろされると、アンブロージュから距離を取るようにティターニアの後ろに隠れた。
「おや、ティターニアに懐いたね」
「懐いた」
「懐いてない!」
「どうしたの坊や。何か不満でもあるのかしら?」
ティターニアは微笑んで、ドナートの目線に合わせて腰を屈める。
ドナートはそれに渋い顔をすると三人から距離を取るようにジリジリと後退った。
「どうしたんだい?」
カルロは首を傾げて、ドナートを見やる。
ドナートはそれにカルロを睨みつけて、そしてそっぽを向いた。
子供らしいその姿にティターニアは思わず笑うが、カルロは心底戸惑うようにぎこちない笑みを浮かべたまま這いつくばる。
「おーい、どうしたんだい、本当に」
「…」
「おーい、おーい」
「ドナート、口にしないと伝わらないって師匠が身を挺して教えてくれたじゃないか。言うべきことは言わないと。」
アンブロージュがドナートに言い聞かせるように声を掛ければ、彼は心底不満そうに瞳を瞬かせ、柘榴石を細める。
カルロはどんとこい、とばかりに胸を張り、その素っ頓狂な対応にドナートは目を丸くするとはぁ、と重いため息をついた。
ノックスは同情するかのように幼い少年の肩にとまり、髪の毛の中に嘴を突っ込む。
ドナートはやめろ、とそれを拒否しながら、名前、とぶっきらぼうにつぶやいた。
カルロはそれに首を傾げる。
「名前?」
「名前をつけたのは、あんただろ。」
「…」
カルロは口をつぐむ。
そして両腕を伸ばすと、大きく口を開いた。
「ドナート!」
「…」
「おいで!」
「行かないが?」
「え、なんで?!」
ドナートはティターニアの影の中でかすかに微笑む。
それを見ていたノックスは思わず口角をあげながら、反抗期かなと何故か嬉しそうにしているカルロに思わず吹き出した。
アンブロージュはそれで、と話を戻すように両手を叩く。
「先生。より良い形って何?」
「あぁ、そうだ忘れてた。実は、君たちが生まれる前ってドナートは炎の形をしていたんだよね。だから魔力の形も炎なんじゃないかと思って。」
カルロの言葉に、ドナートは静かに瞳を瞬かせる。
アンブロージュはへぇ、と頷き柔くペリドットの瞳を滲ませた。
「炎、ね。俺とも師匠とも相性が悪そうだね!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
アンブロージュはふふん、と笑いながら疲れたようにカルロの肩に頭を預けながら、目を細めた。
「君なら、俺たちを殺せるってことじゃないか。」
ドナートは目を見開く。
カルロはアンブロージュの発言に吹き出すと、柔く目を細めて、黄金を煌めかせた。
「一体何千年かかるのか、わからないけどね。」
「んふふ、楽しみだなぁ」
「…はぁ」
ニヤニヤと笑い続けている二人を見てドナートはため息をつくと、ノックスの頭を人差し指で撫でてやりながらつまり、と言葉を続けた。
「俺とずっと一緒にいたいってことか」
頬が染まり、耳の先まで赤くなる。
同じ反応の師弟にドナートは思わず吹き出すと、意地悪げに微笑んでその二人の方へ踏み込んだ。
「それは約束してやれないな。」
「えぇ嘘でしょう!」
「本当に反抗期じゃないですか先生!」
ノックスの羽音が響く。
ティターニアは逃げるように自分の方へ飛んできた彼に苦笑をすると、肩を貸してやりながら目を細めた。
「あなたなら、この物語になんて題名をつける?」
「題名?」
「そう。自分勝手な一人の魔法使いが起こした喜劇に題名をつけるとしたら、あなたはどんな言葉を贈る?」
鈴蘭がしゃらん、とかすかな音を立てる。
ティターニアの腕の中で身じろぎをした幼い妖精は、月の光をぼんやりとあたりに散らしながらあくびをした。
「思いつかないな。」
ノックスは目を細め、あーだこーだと言い合っている師弟たちをじっと見つめる。
ティターニアはそれに少し驚いたように目を見開くとおもしろげに笑った。
「どうして?あなたはずっとみてきたはずでしょう、彼の物語を。」
「みてきた、か」
ノックスは目を閉じる。
夜を彷彿とさせる漆黒の羽を畳んだまま、彼は静かに笑った。
「夜は、太陽を見ることはできない。これまでみてきたものはただこの目を通した理想でしかないし、物語と言えるほど綺麗なものではない。」
罪は消えない。
この物語は、真っ黒な闇の上に透過された思い出であり、記憶であり、光でしかない。
傲慢な魔法使いたちが忘れていく、いつかの誰かの命と願いは、この物語には描かれない。
きっとそれを人は、当然だと言うのだけれど。
「貴方も大概臆病なのね」
ティターニアは微笑む。
ノックスはそれに怪訝げに首を傾げたが、その前にティターニアの腕の中にいた妖精が身を乗り出してノックスの漆黒の羽に手を伸ばした。
「太陽はこちらをみない。だけど、私たちは、太陽を知っている」
「…何が言いたい」
「私の光は、太陽の光。あなたがみたものは、あなたの都合のいい理想だけじゃない」
妖精はノックスの瞳を指先でなぞる。
「ルナ、まだ完全に回復していないのだから眠っていなさい」
ティターニアは妖精――ルナを抱え直し瞳を閉じさせる。
それに素直に従う小さな存在を呆然とみて、ノックスは乾いた声を漏らした。
「私はね、ノックス。」
ティターニアは目を細め、菫色を滲ませる。
ノックスはその横顔を見つめ、柄にもなく彼女の冠に咲いた美しい薔薇の花弁に目を奪われた。
「夜だって、光を願っていいと思っているのよ。」
「…」
「貴方は全てをみてきた。だから光が落としていった闇さえもその瞳の中に閉じ込めている。だからこそ私は尋ねたいの。この物語に、貴方はどんな言葉を贈るのか。」
滑稽だと嗤うのか。
素晴らしいと称賛するのか。
つまらないと投げ出すのか。
ノックスは瞳を閉じる。
夜に隠された灰色のムーンストーンは少し考えるように蠢くと、柔らかに闇を切り裂き、太陽を見やった。
『To You』
この魔法が永遠に続きますように。




