タンゴの末路に、出来損ないの花束を
「…君、どうやってここに辿り着いた?」
怪訝げな声が耳元で響く。
――は見知らぬ声にぞわりと背筋を逆立てると、覚醒し切らない体を勢いよく起こした。
がん、と打ち付けるような痛みが頭の中を走り思わず顔を顰める。
声の主はそんなーーにはぁ、とこれみよがしにため息をついた。
――は目を細め、眉を顰めながら顔を上げる。
ぎしぎしと痛む体の節々に呻きながら焦点を合わせれば、この世の黄金という黄金を惜しげもなく散りばめた瞳をもつ青年が、少々変な顔でーーを見下ろしていた。
斜めに切り揃えられた前髪や、癖のないまっすぐな長髪が風にサワサワと揺れるが、頬にかかった横髪をはらいもせず微動だにしない相手に、――は困惑をする。
どうやって逃げようか、と周囲に目を散らせていると、相手は急にすとん、と膝をおり未だ軋む体をうまく動かせないでいるーーに視線を合わせた。
「君、名前は」
「…」
なぜ、見知らぬ相手に名前など尋ねられているのか。
――はじっとりと相手を睨みつけながら、ようやく動かせるようになった腕でジリジリと後退る。どうにか逃げ出そうと隙を伺うものの、目の前に陣取った相手は隙なくこちらを見ており、焦燥を奥歯で噛み殺した。
何か武器はないか。
この男の目をつぶす、いや、一瞬でいい。
一瞬でいいから、この男の隙を作れるもの。
あたりを見まわし、――はじっとりと背中に汗が伝うのがわかり顔を顰める。
無駄だ。
この男には、きっと何も通用しない。
「まさか喋れないのかい?どうしてここにいる?誰に連れられてきた?私の言葉はわかる?」
矢継ぎ早な質問に、――は視線を逸らす。
相手ははぁ、とため息をつくと立ち上がった。
「ここは魔法使いの森だ。偉大なる魔法使いである私が創り出したこの森に辿り着ける者は私の認識ではただ一人。つまり、君はアンブロージュという魔法使いによってここに連れられてきた、あっているか?」
アンブロージュ
不死を意味する名前を持つ人間をなぜか芝居かかった口調で提示してきた青年に、――は眉を顰める。
そんな人間は記憶にない。
――の反応に青年は片眉を上げると、あぁ、と納得したように目を細めた。
それはそれは、忌々しそうに。
「アンブロージュでなければ、ソル。どうだい?身に覚えは」
「お前、あいつの仲間か」
幼い少年には似合わない粗暴な言葉と共に低く紡がれた声は、青年の唇の端を愉快そうに歪ませる。
喋れるじゃないか、と嫌がるーーの頭を青年は撫でようとして、無様に引っかかられる。
――は暖かな手のひらに突き立てた爪を握り締め、獣のように唸った。
それに青年はやれやれ、とでも言うように片眉を上げると、さっと立ち上がり、質問を続ける。
「彼はなんて?私の悪口でも言っていた?」
青年の言葉にーーは眉を顰める。
「あんたが誰なのかわからないのに、答えられるわけがないだろ」
「おやおや、これは失敬」
うっかり忘れていたよ、と青年は美しく微笑むと、胸に手を当てた。
「私の名前はカルロ・ローレンス。カルロと呼んでくれて構わない。他の魔法使いにはブルースターなどとも呼ばれているよ」
「…ブルースター」
ポツリと反芻し、こいつが、とーーは鋭い瞳を向ける。
青い花を冠する二つ名を持つ魔法使いについて、――はうんざりするくらい知っていた。
全ての始まりであり、この世の全てを知り尽くす、原初の魔法使い。
自分が、忌むべき存在であり、自分が生まれたすべての根源でもある。
――の視線にカルロは肩をすくめると、やれやれと言った風に首を振った。
「何を憎もうが、恨もうがどちらだっていいけれど、私を憎むのだけはお門違いだってことを言っておくよ。私は出来る限りのことはしたし、それが最善だったとも思っているんだから」
「だが、あんたが元凶なのは変わらないだろう」
こんな存在を生み出す前に、簡単に消すことだってできた。
「それは傲慢ってものだよ、少年」
カルロは静かに瞳を伏せる。
輝く黄金とは相対して、色を失った髪を風に吹かせ、カルロは笑った。
「私は神じゃない。全てを予測することはできないし、当たり前に死だって怖いものさ。誰かを見殺しにすることも、逆に誰かのために命を投げ出すことだってごめんだよ」
私は誰かの掃き溜めではない。
カルロは笑いながらそう言い切ると、――をじっと見た。
全てを照らし出す眩しい黄金の瞳からーーは視線を逸らすと、記憶の中の言葉を思い出す。
――彼は、太陽のような人だった。――
愛しむように、焦がれるように、そして優しげにそう語った男の声にーーはこいつのどこが、と軽く舌打ちを打つ。
こいつのどこが太陽だというのだろう。
太陽はこちらを向かない。
太陽はこちらのことなど考えたりしない。
太陽に意思などない。
自分は一人の人間なのだと、苦しんだりしない。
「じゃあ俺の怒りも、苦しみも、どうしようもないってことなのか」
――の言葉にカルロは笑う。
無邪気で毒気のない笑みに、――は面食らう。
「そうかもね。でも、それでいいんじゃない?どうにかしようって思うこと自体、苦しくない?」
どうして全ては解決されなければならないと思ってしまうのか。
カルロはうたうように呟き、笑った。
笑うばかりで、他の感情が見えない。
無表情と同じ意味を持つその笑みに、――は嫌悪するように目を逸らした。
「まっ、それはそれとしてだ。どうせあんぶ…ソルから何か預かっているだろう?見せてくれ」
「…何かってなんだ」
「え、手紙とか、物とか、え、あの子何も言わずに君をここに連れてきたの?」
うわぁ、と引き気味に顔を歪めるカルロにーーも同じような顔で眉を顰める。
はぁ、とため息をつくと若干警戒を緩めてゆっくりと口を開いた。
「そもそも、俺は連れてこられたんじゃない。眠らされていつの間にかここにいただけだ」
「はぁ?」
カルロはあのバカ、と罵りながら大袈裟に声を上げる。
――はうるさい、とばかりにますます眉を顰めたが、面倒くさそうに横髪を人差し指に巻き付けるカルロを見遣って、口を開いた。
「俺はこれからどうなる。殺されるのか」
「冷静だね」
カルロははぁ、とため息をつくと仕方ないな、と呟き笑う。
「君はどうしたい。私も悪魔ではないからね。見て見ぬ振りをしたというその事実に対して、罪悪感がないわけじゃない。願いくらいは叶えてあげるよ。」
「…」
傲慢な台詞だった。
――は嫌悪をあらわにすると立ち上がる。
傾きそうになる体をなんとか持ち直すと、頭痛に顔を顰めながら乱暴に言った。
「あんたの世話になるつもりはない」
――の言葉に、カルロはきょとんと目を丸くする。
そしてあはは、と腹を抱えて笑い出すと、いいね、と涙目を拭い、視線を逸らした。
「反骨精神があることはいいことだ。無気力な人間よりもよっぽどいい!」
「…」
「言い方が悪かったね。別にこれは君のために手を差し伸べてるわけじゃないんだよ。なんていうかな、古き良き友人との約束のために、私は君を見捨てることができないだけ。それを聞いてもなお、私の手を取るのはごめんだと思うのならば、私はそれ相応の支援をするだけにとどめるよ。これは私が私のために、君に手を伸ばしているだけ。そうだね、おせっかいだとでも思ってくれたまえ。」
カルロの言葉に、――は顔を顰める。
傲慢で、そして欺瞞に満ち、自身を疑うことさえない言葉たち。
絶対的強者から与えられる、無慈悲なまでの優しい慈悲の心。
カルロは自分を睨みつける二つの瞳に口角をゆるくあげると、手を差し伸べた。
「さぁ、少年。君はこの憎き私の手を取るかい?」
――は瞳を揺らす。
感情と理性がぶつかり合い、そしてーーは生きたいか、と自身に問いかけた。
生きたいか。
この目の前の人間の手をとってでも、傲慢な人間の哀れみを受け取ってでも。
それでも、生きたいか。
「お、れが」
――は引き攣る喉を嚥下し、言葉を紡ぐ。
「俺があんたの手を取ったとして、何か利点はあるのか」
「そうだねぇ…」
カルロは顎に手を当て、目を細める。
ゆったりと黄金に輝く瞳を瞬かせると、静かに笑った。
「守ってあげる。」
「…は」
――は目を丸くする。
カルロはふふ、と笑うと皮膚の下で脈打つ心臓に向けて手のひらをかざし、髪の毛を揺らした。
ふわり、と斜めに切り揃えられた前髪が風に揺れる。
「守ってあげる。君を傷つける全てから。」
カルロの言葉に、――は言葉を失う。
脳裏に描いた太陽と、目の前の黄金が煌めき、それがどうしようもなく感情を揺さぶる音色をしていることに呻く。
お前なんかに守られてたまるかと、どこかで赤子が泣き、縋りつきそうになる目の前の腕が震える。
カルロはそれを見遣って、ふっと笑った。
「傲慢だと笑うかい?でも、君はそんな顔をしている」
「…お、れは」
――は咄嗟に顔を覆うと、カルロから逃げるように俯く。
カルロはそれを見つめながら、両手を後ろで組んだ。
「私が君を守ってあげる。」
まるで幼子が、母親に無邪気に言うように。
神が、子羊を抱え囁くように。
――はその無垢に爪を立て、血飛沫をあげて低い声を絞り出した。
この人を神に仕立て上げることはしては行けないと、記憶の中の誰かが叫んでいた。
「…対価もなしにか」
――の言葉にカルロは虚をつかれたように目を丸くする。
そしてまた顎に手を当てると、それじゃあ、と人差し指を立てた。
「私の弟子になっておくれ」
「却下だ。」
――のすげない言葉にカルロはニコニコと笑いながら、腕を組む。
「それを、却下」
「なぜ俺があんたの弟子にならなくちゃいけない?」
「魔法を、魔法使いを愛して欲しいからさ」
無邪気な笑み。
その笑みにーーはしっかりと顔を歪めると無理だ、とはっきりと口にだした。
「俺は、魔法も、魔法使いも嫌いだ。」
――の言葉に、カルロは微笑む。
「奇遇だね、私もだ。」
「…は?」
「とりあえずこの話はおしまい!早く私の屋敷に戻ろう」
カルロは勝手に話を終わらし、歩き出す。
――はその背中に未だ疑問を投げかけようとして、それを遮るようにカルロは森を見渡し口を開いた。
「この森について話していなかったね。君はどこまで知っているかな?」
――は鳥の声が響く森をカルロと同じように見渡し、瞳を瞬かせる。
鬱蒼とした緑に疑問を飲み込むと、何も、と簡潔に答えた。
きっとこの胡散臭い魔法使いは、疑問を問いかけたところではっきりとした答えはくれない。
それはきっと、彼も答えをわからずにいるから。
カルロはーーの言葉にそうか、と頷くとたん、と踏み込み、後ろ手に歩き出す。
――のことを見ながらふふん、と鼻歌を歌いそうなほど上機嫌に喋り出した。
「もともと、この森は魔法使いのために作ったものだ。君はどこまで歴史を知っている?」
「遥か昔、ある魔法使いが分たれていた魔法使いと人の世界を道で繋ぎ、それによって魔法使いと人は交わったことは知っている。そして、魔法使いと人が手を取り合い帝国が作られ、滅亡した。」
「まぁ、それは知ってるか」
カルロはザクザクと、森の道を踏みしめながら気のない返事をする。
パチリパチリ、と黄金の瞳を瞬かせると、肩先に止まった小鳥に微笑みながらーーを見た。
「魔法使いと人は、分たれていた。その認識は間違っていないが、そうなったのはここ最近のことだ。ずっとずっと昔、この大樹が種として存在するそんな前に、魔法使いと人は区別すらないほど混じり合って暮らしていた。」
「…」
「この歴史を知っている人間は誰一人としていない。なぜならば、この私が消してしまったからね」
ふふん、と自慢げに笑うカルロにーーははぁ、と顔を歪める。
カルロは大仰に手を広げると、慌てて飛び去っていく小鳥に謝りながら足で軽やかに地面を蹴った。
ふわり、とマントがひらめき美しい黄金の瞳が緑に溶け込んでいく。
「魔法使いと人間は共に暮らし、助け合いそれは仲睦まじく生きていた。だがそれが壊れたのは、些細な諍いからだ」
ある人が、魔法で人を傷つけてしまった。
ある人が生み出した魔法は、あまりに強大だった。
ある人は、自身の富のために人を騙し、すべてを貪り取った。
ある人は、後に魔法使いと名付けられた。
「人は、あまりに弱い。魔法使いが指を少し鳴らすだけで、すぐに死んでしまう。人間はそれに気づくと、魔法使いへの憎悪を募らせた。」
だが、それは身勝手な括りだ。
「たとえ人が魔法使いを殺したところで、全ての人が悪いとなるだろうか?いや、ならない。その人が悪いだけだ。その人が罪を償えばいい。だが、人間はそう思えなかった。魔法を扱う魔法使いはすべて悪きものと思い、排除したいと考えた」
カルロはうたうように口を動かし、――をまっすぐ見る。
「魔法使いと、人間。そう二分することで彼らは自身を守ろうとした。人間は魔法使いを悪だとレッテルを貼り、追い立てた。彼らから食糧を奪い、衣服を裂き、無抵抗の子供から順々に殺していった。それに魔法使いは人間への憎悪を募らせ、人間を殺めることを正義とするようになった。平和は、崩壊した」
いや、そもそも。
カルロは過去を懐かしむようにして、顎に手を当てる。
サラリ、と灰褐色の髪が一房垂れ、ゆらゆらと頼りなげに揺れた。
「平和なんて、なかったのかもしれない。どちらにしろ、そうやって共存できなくなった双方を見遣って、私は考えた。共に生きられないのであれば、世界を棲み分ければいいのではないだろうか、と。」
大した理由なんてない。
ただ、その頃は今よりも少しだけ若くて、少しだけ希望を持っていて、少しだけ、少しだけ魔法使いも人間も好きだっただけだ。
「私は魔法使いをこの森に閉じ込めた。人間も同じく、森に入れないよう森の外に閉じ込めた。ある意味の共存を私ははかり、二度と両者が交わらないよう、この歴史の記憶を消した。」
ざわり、と森が音を立てる。
カルロはそれを見ながらぬっと顔を出した魔物たちの姿に目を細めた。
虹色に輝く瞳を持つ見事な牡鹿が、鼻息を鳴らす。
「だが私は面白いことが好きでね。あるとき、一人の魔法使いが私に尋ねたんだよ」
――この森の外には何があるのですかーー
「何百年も、そんなことを考えた魔法使いはいなかった。いや、考えても無駄だと思っていたはずだ。森から出てしまった魔法使いは二度と戻ってくることはできない。迷子になった子供が、この森に帰ってきたことは一度もないことを知っていたんだから。」
美しいペリドットの瞳の少年だったよ、とカルロは笑う。
「だから私は答えてあげた。『私に少しでも傷がつけられたら、教えてあげよう』と。」
カルロはーーの前をふらりふらりと歩きながら、ふふ、と笑みをこぼす。
取りこぼさないように気をつけながら、記憶を掬い出すと大切に抱えて、そしてそれをーーにぶちまけた。
「一体何年彼が私に挑み続けたのかはわからない。だけど、結果的に彼は私の体に傷をつけることができた。そして私は彼に教えた。この森の外の世界のことを。」
――は目の前を歩くカルロの背中を見つめながら、いつかの男の言葉を思い出す。
――彼を自由にしてあげたいんだーー
馬鹿げた言葉を、思い出す。
「そこからは君も知る通りさ。その少年は立派な魔法使いになってこの森から出ていき、帝国を作った。」
「すべての魔法使いがついていったのか」
「さぁ、どうだろう。そんな細かいことまで覚えていないよ。誰もいないのは全員ついていったからなのか、それとも私がこの森を焼き尽くしてしまったからなのか。」
裏切られたと思った。
カルロはそう淡々と言い、にこりと笑みを浮かべる。
「身勝手な男だよ、彼は。君もそう思わないかい?」
「…」
「私の目の前に顔を出すことさえできないくらいの、意気地なしなんだ。」
カルロは心持ち足を早め、森を抜ける。
鬱蒼とした木々の向こうに見える光の中に飛び込むと、遅れてやってきたーーに向けてジャジャーン、と両手を広げた。
「ようこそ、偉大なるカルロ・ローレンスのとんでもなくおっきい屋敷へ」
――はその言葉に、ゆっくりと瞳を瞬く。
とんでもなくおっきい、という言葉通り目の前に聳え立つ屋敷は、まるでそれ自体が呼吸をしているように瞬きをするたびに形を変えた。
唖然とするーーの反応に気をよくしたのかカルロは自慢げに鼻を鳴らすと、わざとらしい素振りで指を鳴らす。
ゆらり、と陽炎のように門が目の前で形を徐々に変え、ゆっくりと開かれていった。
大きな石造りの門が開かれた先には、真っ直ぐ続く一本道と咲き乱れる赤い花があり、芳しい香りが鼻を掠める。
カルロはゆったりと歩き出し、それについていきながらーーは呆然とその花々を見やった。
赤い、赤い花。
血よりも鮮烈に、太陽よりも暖かく、瞼の裏に突き刺すほどの赤。
「花が、気になるかい?」
カルロが屋敷の扉に手をかけながら、尋ねる。
――が黙って頷けば、カルロはにっこりと笑って口を開いた。
「一日、一束。そんな風に植えていったら、こんなになってしまったのさ」
「…」
「私はね、少年。案外、繊細なんだよ」
まるで硝子細工のようにね、と戯けて笑うカルロに、繊細さの欠片は見られない。
――は呆れ気味に目を細めると、扉を中途半端に開けた格好で立ち止まっているカルロに追いつくために足を動かした。
カルロは扉の飾り細工をなぞりながら、言葉を続ける。
「少年、君はこの花々が美しいと思うかい?」
――はカルロの隣に並び立つ。
にこりと微笑む彼の顔を見上げると、さぁ、と静かに言葉を吐いた。
黄金のキャッツアイが、煌めきを返す。
――はそれを無意識のうちに、瞬きの瞬間まで追い、視線を逸らした。
この眩いほどの黄金の瞳を、腹の中に収めてしまいたい、と無性にそんなことを思う。
収めて、そうして耐えられない吐き気にえずき、生ぬるい感触の瞳を吐き出すのだ。
生ぬるく、てらつき、光さえ失ったその瞳を吐き出し、光に透かすのだ。
そしてその気持ち悪さにもう一度その瞳を飲み込み、窒息して、自分は死ぬ。
死んでしまうのだ、きっと。
この黄金の瞳によって、自分は死ぬ。
――は顔を歪めて眉を顰める。
煌びやかな黄金は眩しすぎて直視できないほどなのに、焦がれてしまう自分がいることに嫌気がさす。
嫌気が差し、太陽を思い出し、炎を思い出し、そしてその瞳がどこかで見たことがある色であることに気づき、そして忘れる。
――は脳の痛みから意識をずらすと、ぶっきらぼうに口を開いた。
「…俺にそんなことを聞いても無駄だと知っているだろう。」
――の答えに、カルロは笑う。
無邪気に、どこまでも透明に笑うとさらりと灰褐色の髪を肩から落とし、――の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「何を言っているんだい。無駄だとしても、意味がないわけじゃないだろう。」
さぁ入ろう、とカルロは屋敷の中に足を踏み入れる。
――は乱れた髪の毛を片手で抑えると、その背中を追いかけ、後ろで音も立てずに閉まった扉を見送った。
カルロは後ろからついてくるーーのことなどお構いなしに、ゆったりと言葉を滑らす。
「この屋敷内は昼夜問わず構造が変わる。行きたい場所があれば念じればすぐに辿り着くし、あんな部屋、こんな部屋、こんなものが食べたい、あんなものが欲しい、なんでも叶う屋敷だよ。屋敷内では好きにしていいし、森でも好きなように過ごしてくれて構わない。」
「…わかった」
頷くーーをみて、カルロも真似するように首を動かす。
そしてふむ、と顎に手を当てると腕を組んだ。
「まぁとりあえずは、君の格好を整えるところから始めようか。流石にそのままじゃ可哀想だ」
カルロはにっこりと笑い、――の格好を見やる。
――も自身の泥だらけの服を見やり、素直にその言葉に従った。
カルロが歩き出せば、目の前に石造りの扉が現れ、微かに鼻先を清涼な香りが駆け抜ける。
カルロは躊躇わずにそれを開き、早くおいで、とーーに声をかけた。
「はい、服ぬいで」
「は」
石造りの床の奥には湯気が見える。
暖かな空気が肌をくすぐり、――は顔に皺を寄せると一人でできる、と首を振った。
それにカルロはダメだ、とやけにキッパリと頑なに拒否をする。
「裸の付き合いってものをしないと仲良くなれないだろう」
「…」
一瞬の無音が部屋を満たし、カルロはひょい、と片眉をあげる。
さぁいくよ、とばかりに歩き出すカルロにーーはゆっくりと口を開いた。
「あんたが風呂に入る理由がない。」
「いや、だからなかよ」
「仲良くする理由なんてないだろう」
――はカルロの隣を通り過ぎる。
薄い扉から漏れ出る湯気に目を細めながら振り返れば、不思議そうに目を丸くするカルロの顔があり、――は噛み砕くように言葉を滑らした。
「あんたは俺にとって恨むに値する人間だ。仲良くしたいなんて思わない。そもそもさっきの話だってま」
ドナートの言葉の途中でカルロは、遮るようにくすりと笑う。
「うーん、そうかなぁ」
うんざりするほどの緩やかなテンポで目を細めると、マントを肩から外しながら笑った。
「君に理由がなくても、私には理由があるよ。まずは君と仲良くなりたい。そして、その長い前髪を切らないと」
カルロの顔が前髪に伸ばされ、――は慌ててのけぞる。
それに傷ついたようにカルロは肩をすくめるとひどい、と嘘泣きをしながら上衣を脱いだ。
傷ひとつない、まっさらで、薄い体。
「さぁ、入るよ。それとも恥ずかしいかな、少年?」
カルロの言葉にーーはため息をつく。
一思いに服を脱ぐと、さっさと石造りの扉を開いた。
抵抗したところで無駄。
さっさと諦めるという賢い選択をとったーーにカルロは満足そうに笑うと自身も扉の中に入る。
「さぁさぁ、まずは体を洗わなくちゃね」
カルロは鼻歌混じりに右手を鳴らし、石鹸を取り出すとーーに投げ、笑った。
ヌルヌルと滑るそれをーーは取りこぼすと、おい、と眉を顰めながらカルロの方を見る。
繊細さはどこに行った、繊細さは。
抗議しようと口をひらけば、ざば、という音が耳元でくぐもり、目の前が歪んだ。
「ほらほら、さっさと洗っていくよ〜」
口の中に広がる水の味にあわてて吐き出せば、その間を縫うようにふんわりと清涼な香りが鼻をくすぐり、柔らかな感触が頭皮の間を滑り落ちる。
カルロの手が髪の毛を洗おうとしていることに気づくと、――は咄嗟にそれを鋭い音を立てて払い落とし、後ろに飛び去った。
ぬるり、と湿った床に足を取られ大きく尻餅をつく。
派手な音を立てて強かに打った腰はじんわりと痛みを訴え、――は咄嗟に声を失い、ついでうめいた。
痛みに顔を顰めるーーにカルロはニヤニヤと笑うと、まるで格好の餌食を見つけたかのように泡だらけの両手を掲げてーーに近づく。
「俺に近づくな!一人で洗える!」
「遠慮しない、遠慮しない!偉大なる魔法使いである、この、私直々に、洗ってもらえるなんてこんな光栄なことはないだろう?」
「屈辱だ!」
逃げ惑うーーにカルロは危ないよ、と言いながら簡単に彼を捕まえ懐に抱え込む。
痩せているーーの体をまるで暴れる猫を押さえつけるようにして隅々まで洗うと、抵抗し疲れたーーの脇を両手でつかみ乱暴に湯船に投げ入れた。
――は穴という穴から入ってくるお湯にむせると、カルロの方を振り返り怒鳴る。
「殺す気か!」
「はいはい、お湯加減はどう?もっと熱くしようか」
「やめろ」
もう何もしないでくれ、とばかりにーーが湯船に大人しく座り込めば、カルロはようやく動きを止め自身も浴槽に目を滑らす。
豊かな灰褐色がお湯の中に滑り落ち、――のすぐそばで揺蕩う。
カルロはいいお湯だね、と笑うとーーの長い前髪を見つめうーん、と唸った。
「やっぱりお揃いにしたいよね」
「絶対に嫌だ」
「えぇ、ちょーイカしてるでしょこの前髪」
水に濡れ、横に流れている前髪を指差すカルロにーーは精一杯の否定を体で表す。
カルロは仕方ないな、と笑うと浴槽の端に両腕を投げ出し、こてん、と首を傾げた。
「君の瞳は綺麗な柘榴石だからね、前髪はあげたほうがきっといい。」
「柘榴石?」
――の怪訝げな声に、カルロは頷きながらーーに手を伸ばす。
びくり、と肩を震わせるーーを安心させるようにゆっくりと前髪を払うと顕になった瞳をなぞるようにして、指先で瞼を撫でた。
「黒曜石の中に輝く赤い柘榴石。君の瞳はとても綺麗だ。」
光の加減によって黒にも赤にも見えるーーの瞳をうっとりと目を細めながら賞美するカルロに、――は居心地悪げに身を捩らせる。
ぽちゃん、という水の音が響きカルロは、ゆったりと黄金の瞳を細めた。
「よし、髪型を決めた。のぼせる前にあがろう」
「おい、あんたが切るのか」
不安しかない、とばかりのーーにカルロはニヤリ、と笑う。
「安心してよ。」
カルロの言葉に、――は絶望的な表情でノロノロと浴槽から立ち上がる。
くらり、と目の前が歪み目を閉じるが、カルロの手のひらが彼を支え、きゅ、と指先を握った。
――は真っ暗な視界の中で突如感じた他人の接触に、水音を立てて後退る。
「…」
カルロは距離をとったーーを見やり、なんてことないように笑う。
「のぼせたかい?」
「…いや」
「ふふ、私の美しい体に酔ってしまったかな。罪な男だなぁ、私は」
「断じて違う」
照れるなって、とふざけるカルロを無視してーーは浴槽から抜け出す。
カルロはくすくすと笑いながらそれを追いかけ、パチン、と指を鳴らした。
ぐにゃりと空間が曲がり、湯気が掻き消える。
視界がかき混ぜられるように歪み、その気持ち悪さに目を瞑ればカルロの気配が目の前に移動したのがわかった。
「さぁて、髪を切ろうかね」
「…!」
はっと目をあけ、距離をとる。
いつの間にか暖炉のある大きな部屋に部屋が変化し、裸だったはずの体は着心地の良いカルロの服と構造のよく似た服で着飾られ、――は呆然と辺りを見渡した。
問題のカルロといえばニヤニヤと笑いながら腕を組んでおり、――は警戒心をあげて彼を睨みつける。
「変な髪型にしたら容赦しない」
「ふふん、鏡を見てみるといいよ。偉大なる魔法使いカルロ・ローレンスの魔法をみくびらないでほしいね」
わからないうちに魔法を使うのは大の得意なのさ、と笑うカルロの不穏な言葉にーーは慌てて部屋を見渡し、暖炉の上の鏡の前まで走る。
「…っ」
斜めではない。
――はまっすぐ切り揃えられた自身の黒髪にホッと息をつく。
長い灰褐色の髪を後ろで緩くリボンで結ぶカルロとは対照的に、長く伸びていた黒髪が後ろできっちりと首の後ろで結ばれているのを見て、――はカルロを振り返った。
得意げに笑うカルロに対し、なぜか悔しい気持ちになる。
「どうだい、結構いい感じだろう?」
カルロはゆったりとーーに近づき、手を伸ばす。
――は怯えるように目を細めたがそれを許し、整えられる前髪を上目遣いで眺めた。
「うん、可愛い。」
満足そうに笑うカルロを、――は複雑な顔で見上げ、目をほそめる。
カルロはそれにふっと視線を合わせると、お湯に入り血色の良くなったーーの頬をするりと撫でた。
「お腹が空いただろう?スープか何か、消化の良いものを食べよう」
暖かな体温が離れ、ひんやりとした空気が頬に触れる。
――は不思議そうな顔でカルロを見つめていたが、部屋の中央、暖炉の前に陳列するテーブルに手のひらを向けたカルロの動作を追いかけ、目を見開いた。
魔法。
青い花々が形を変え、空中で織りなすそれは、魔法と称するよりももっと鮮烈で、そして気色の悪いものだった。
無から有を生み出す。
神を、自然を冒涜するその行為は、ひどく美しい花弁から生み出される。
きっとそれを人は、奇跡だと、芸術だと、至高の美であると、評するのだろうけれど。
――はちらり、とカルロの顔を見やるとひっそりとため息をつく。
まるで、魔法を憎むような顔。この脳内に嫌というほど刻み込まれた、その顔にーーは目を逸らし、代わりに言葉をつぶやいた。
「…ブルースター」
ーーの言葉にカルロはふふ、と笑う。
青い花々を手繰り寄せ、そうしてテーブルの上にいとも簡単にスープ料理を並べた大魔法使いは、悠々と椅子に座り、――を手招いた。
「そう、私の二つ名はブルースター。青い花々を介した私の魔法は、美しいだろう?」
「…」
カルロはニコリと微笑み、――を見やる。
――は視線を逸らすと、何も言わずに彼の対面に座った。
「ふふ、その顔は私の魔法を気色悪いと思っているね?」
カルロは食前の祈りを唱えることもなく、無造作に銀製のスプーンを手に取ると、――の反応を楽しむように目をほそめる。
――はそれにはぁ、とため息をつくとじっとカルロの瞳を見つめ、言葉を返した。
「だったらなんだ。」
「いやぁ?私の魔法の美しさがわからないなんて、かわいそうだなと思ってね。」
「余計なお世話だ」
――の心底迷惑そうな顔に、カルロはなぜかふっと優しげな微笑みを浮かべる。
その表情にーーがギョッとしたような目を向ければ、カルロは乳白色のスープを掬いながら、小さくつぶやいた。
「二人目だ。私の魔法を気色悪いと、平気で宣ったのは。」
「…」
カルロの薄い唇の間に、銀食器が挟まれ液体が吸い込まれる。
おいしいね、と微笑むカルロにーーはノロノロと自分もスプーンを持つと、じっと液体の表面を見つめた。
静かな部屋に、沈黙が落ちる。
それを破ろうしないのはきっとカルロの無頓着さであり、――の意地であった。
かちゃり、とスプーンが音を立てて皿の縁にぶつかる。
波打つ液体の表面をぼんやりと見つめ、――は手持ち無沙汰にそれをかき混ぜた。
乳白色の液体は濁り、そこに映っていた人ならざるものの姿は、掻き消える。
行儀の悪いそれを咎めることもなくカルロはただ淡々と自分の分を飲み込むと、――の好きにさせた。
パチパチ、と暖炉の音が響き、どこかで屋敷の歪みが音を立てる。
かちゃかちゃというスプーンが立てる音が鼓膜を震わせ、静かな吐息が空回り、消える。
――は手をつけられずにいるスープを意味もなく見つめ、最後にはスプーンを置いて椅子に背を預けた。
黄金の瞳が、こちらを見やる。
なんの感情も灯さない、無機質な蜂蜜色に、――は目をほそめ、指先を微かに動かす。
今この瞬間、その瞳に手を伸ばし貪り食えば、自分はきっと満たされる。
満たされ、そして失った黄金の色を抱えて、殺される。
この黄金の色を、腹に収め、吐き出し、うめき、窒息し、そして涙で滲んだ視界の中で初めて自分は。
「君が求めるものは、私は絶対に与えないよ。」
カルロはにぃ、と口角をあげ、笑う。
「君の意地が勝つか、私の優しさが勝つか。見ものだね」
「…あんたに利益なんてないだろう」
「いいや?楽しいじゃないか。」
――は天井を見上げ、そこにある木目を瞳でなぞる。
そして静かに目を閉じると、カルロ、と彼の名を呼んだ。
話を続けようとするーーを、カルロは遮る。
「先生。私は君の先生だ。」
「は?」
――は慌てて身を起こし、黄金の瞳を睨みつける。
その顔にカルロは何を驚いている、と平然とスプーンをーーに突きつけ、行儀悪く頬杖をついた。
「言っただろう、君も守る代わりに私の弟子になる、と。」
「了承してない!」
「うん、でも君はついてきた」
カルロの飄々とした態度に、――はたまったものじゃない、と目を見開く。
スープが波打つのも気にせず身を乗り出すと、大きく口を開いた。
「俺はあんたの弟子になるつもりはない!」
「だが、私は君を弟子にすると決めている。」
「なぜ勝手に決められなければならないんだ」
――の言葉にカルロは笑う。
「君が弱いからだよ。弱くて、一人で生きることもできない非力な存在だからだ。」
「そんな存在を弟子にして何になる」
「あっはは、最初から強くて一人で生きていける人間を弟子にして、何が楽しいというのさ」
カルロはおかしそうに笑い、そしてーーに目を合わせる。
ぼんやりと光る黄金の瞳は無機質にーーを舐めまわし、――はその気色悪さにうめいた。
「…俺を弟子にして、魔法使いなんかにして、何がしたいんだ」
――の疑問に、カルロは少しだけ目を逸らす。
そして小さく笑うと、そうだね、と薄く目を閉じた。
「誰よりも魔法を憎む君が、魔法を愛さずにはいられなくなることを、望んでいる。」
カルロの言葉に、――は立ち上がる。
ふざけるな、という言葉が喉の奥で絡まり、発露できずに感情が沸騰したまま腹の底に溜まる。
絞り出すようにつぶやく言葉は言葉の形を成さず、ただ言葉よりも先にーーの身軽な体はテーブルの上のものを撒き散らし、カルロの胸元に両手が伸びた。
何の抵抗もせずそれを受け止めたカルロは、眉根を八の字にさげ、笑う。
「…すまない。」
なぜ、謝るのか。
――は行き場のない怒りを持て余しながら、カルロの瞳を睨みつける。
ふざけるな。
そう罵ろうとして、それが意味を持たないことをカルロの表情から察して、――は歯噛みした。
悪を演じるのならば、最後まで悪を演じればいい。
それが単純な物語で、童話で、その悪に対してだけは、誰もが罵る権利があるのだから。
太陽は善だ。そして悪だ。この人が太陽であれば、自分はきっと無条件に罵ることができるのに。
この人はどうしても人間であろうとする。
それがどうやったって、憎い。
「すまない。だけど、私は君を魔法使いにする。魔法使いとして育てる。君がどんなに魔法を憎もうと、私は君に魔法を、知識を教える。これは私のわがままで、君に押し付けるだけのものだ。私は君を守る代わりに、それを利用して、復讐をする。」
カルロは笑みを消し、胸元を掴み続けたままのーーの両手に触れる。
びくり、と肩を震わせるーーの瞳を覗き込むと、静かに笑みをこぼした。
生き血を吸った、赤い薔薇のような笑みに、――は反射的に体をこわばらす。
「君が私の手を取った瞬間に、もう君は後戻りできないところまで来ていたんだよ、少年。私はずる賢いんだ。」
「…」
「少年、私たちは今この瞬間から共犯だ。たとえ、君が望まなかったとしても、逃げたかったとしても、私は君を逃さない。私は私の復讐のために君を利用する。」
逃げたかったら逃げればいい。
私から逃れることができるというのなら。
死にたかったら死ねばいい。
私が生き返らせてあげるから。
懺悔のようにそうつぶやくカルロに、――はふざけるな、と歯噛みする。
ふざけるな。最初からこちらに選択肢などないくせに、謝罪などするな。
言わなければいいのに。
復讐だなんて、これは自分の我儘なのだと告白しなければ、きっとーーはカルロを憎んだままでいられるのに。
復讐だと呻く彼の瞳に、すがるような色を見つけずにすむのに。
――の揺れる瞳にカルロは気づかないまま、黄金の瞳をふせ、言葉を続ける。
「対価を望んだのは君だ。」
カルロの言葉にーーは、唇の端を引き攣らせる。
このどうしようもないほど身勝手で我儘な絶対的強者に、どうしようもなく弱い存在に、笑みをこぼす。
掠れた声を絞り出すと、上等だ、とぎこちなく黄金の瞳に手を伸ばした。
「だったら俺は全力で逃げ出してやる」
カルロはーーの言葉に笑う。
そう来なくっちゃね、と無邪気に言うその顔はどこまでも美しく、――はただひたすらに黄金の瞳を喰らおうと牙を向いた。
カルロは、瞳を細め、――の頬に手を伸ばす。
「だったら私を殺さないと逃げられないよ。この森は永遠に私と共にある。この森に足を踏み入れた君が逃げ出すには、私を殺さないといけない。」
笑みが溢れる。
はかられた、そう思った時にはカルロは目を細めーーの瞳を覗き込んで口元を歪めた。
「どうやって私を殺してくれるのか、楽しみだよ。」
魔法使いを殺すには、何を使えばいいのか。
――は最初から逃げ場所などなかった自分の置かれた状況というものにうめき、うなり、そしてカルロを睨みつけた。
険のある眼差しが、虚をつかれたように緩む。
目の前の黄金は愛おしそうに柘榴石に手を伸ばすと、あたたかな笑みを浮かべた。
「私が、必ず君を守ってあげる。」
静寂が満ちる。
そして――はその言葉に、そんなの御免だね、と片頬を歪めながら答え、カルロの額に自分のものをつき合わせた。
暖かな体温に怯えそうになる自身の体を叱咤すると、彼の求める答えを口にする。
「あんたの言いなりになどなってやるものか。」
カルロは、――の言葉に、目を丸くする。
そして弾けるように笑うと、いいね、と手を叩いた。
「それでこそ私の弟子だ!」
無邪気なカルロの言葉にーーははぁ、とため息をつく。
そしてぐちゃぐちゃになったテーブルから目を逸らしながら、静かに言葉を返した。
「だから俺は、あんたの弟子になるつもりはない。」




