第23話:鋼鉄の街と、唸る厚切りポークソテー!!
雲を突き抜け、琥珀の天龍が空を駆ける。その巨大な爪には、レンの愛車であるバギーと、新調したばかりの牽引式屋台ががっしりと掴まれていた。
「……ひぃっ、高すぎる! 落ちる、絶対落ちるって!」
バギーの座席でシートベルトを命綱のように握りしめているのは、勇者タカシだ。かつての傲慢さはどこへやら、伝説の天龍による空輸という異次元の体験に、彼はただの震える若者と化していた。
一方で、レンは屋台の窓から流れる景色を眺めながら、これからの戦略を練っていた。
「アイアンフィスト炭鉱街……。ヴェイルの話じゃ、腕はいいが頑固な職人揃いだって話だったな」
「ええ。あそこのドワーフや人間たちは、王国の重税でまともな肉を何ヶ月も口にしていないはずです。彼らが求めているのは、繊細な味よりも、明日の活力になる圧倒的な熱量でしょうね」
ミナが地図を指差しながら補足する。やがて、眼下に黒煙を吐き出す無骨な岩山と、へばりつくように建ち並ぶレンガ造りの街並みが見えてきた。
琥珀が街の広場に静かに着陸すると、周囲は一瞬にして騒然となった。
「な、なんだ!? 龍が降りてきたぞ!」
「王国の軍勢か? それとも魔族の襲来か!」
煤に汚れた顔の男たちが、錆びついたツルハシや重いハンマーを手に、警戒しながら集まってくる。皆、頬はこけ、目は虚ろだが、その手だけは職人特有の分厚いタコに覆われていた。
琥珀が静かにレンを降ろすと、レンは迷うことなく屋台の暖簾を掲げ、コンロに火を入れた。
「……おい、あんた。龍を連れて何しに来た」
群衆の中から、一際がっしりとした体格の老人が歩み出てきた。この街を取り仕切る親方だろう。
「俺は相良レン。ただの料理人だ。あんたたちの腕がいいって聞いてな、俺の店に置く特注の調理器具を作ってほしくて、まずは挨拶に来たんだ」
「挨拶だぁ? 飯も食えねえこの街に、注文なんざ受けられる余裕はねえよ。さっさと帰んな」
老人の言葉に、周囲の男たちが力なく頷く。だが、レンはその拒絶を予測していた。彼は万象市場の画面を操作し、残り少ないポイントから「勝負の食材」を呼び出した。
調理:極厚ポークソテー・ガッツリガーリックバター醤油
レンが取り出したのは、厚さ三センチはあろうかという豚のロース肉だ。
「……ふん、ただの肉か。だが、そんな細い肉一枚で、俺たちの腹は満たされ――」
ジューッ!!
熱した鉄板に肉を置いた瞬間、爆発的な音が響いた。レンは肉の表面に細かく切れ目を入れ、そこに「これでもか」という量のスライスニンニクを投入する。
脂が弾け、ニンニクが狐色に色づく。そこにレンは、万象市場から取り寄せた特製の「だし醤油」と「北海道産発酵バター」を贅沢に落とした。
ジュワァァァッ!
香ばしい醤油の焦げる匂い。バターの濃厚なコク。そして、脳の髄まで揺さぶるようなニンニクの刺激的な香りが、煤煙に包まれていた街の空気を一気に塗り替えていく。
「……な、なんだ、この匂いは」
「胃袋が……胃袋が勝手に踊りだしてやがる……!」
職人たちの目が、明らかに変わった。虚ろだった瞳に、原始的な「食欲」という名の火が灯る。
「はい、まずは親方。毒見のつもりで食ってみな。……あ、熱いから気をつけてな」
レンは、表面はカリッと、中は肉汁を湛えてジューシーに焼き上がったポークソテーを、厚切りにして差し出した。
親方は震える手でフォークを握り、肉を口に放り込んだ。
サクッ、ジュワッ……。
「ッ!!」
親方の全身が、目に見えて震え始めた。
バターと醤油の完璧な調和。噛みしめるたびに溢れ出す豚肉の野性味あふれる旨味。そして、ニンニクのパンチが、何ヶ月も眠っていた彼の魔力回路を強引に叩き起こしていく。
「……うまい。うまい、なんて言葉じゃ足りねえ! 魂が……、錆びついてた魂が、熱を持って溶け出していくようだ!」
親方の咆哮と共に、彼の体から微かな魔力の光が溢れ出した。レンの「料理バフ」が発動したのだ。衰えていた筋力が急速に回復し、彼の背筋が真っ直ぐに伸びる。
「おい、野郎ども! 道具を持ってこい! この男が望むなら、神をも殺せる鍋だって作ってやる! その代わり……レン! その肉を、この街の全員に食わせてくれ!!」
「おう、そのつもりだ! 今日は、アイアンフィスト炭鉱街の『復活祭』だ!」
通知:ポイント獲得
職人たちの魂の再燃:+3,500ポイント
絶望からの救済報酬:+2,000ポイント
アイアンフィスト街との独占契約成立:+4,000ポイント
合計:+9,500ポイント
累積債務:プラス4,000ポイント(借金完済!)
「……よっしゃあ! ついにプラスだ!」
レンはスマホを握りしめ、心の中で叫んだ。ついに、滞納利息の恐怖から解放されたのだ。
広場では、ミナや琥珀、そして渋々手伝い始めたタカシが、次々と焼き上がるポークソテーを職人たちに配り歩いている。
鉄を打つ槌音が、今度は歓喜のリズムとなって街に響き始めた。




