19.里帰り
「嫌よ離して!」
「おい、やめろ、美帆から離れろ!」
桐野が力一杯掴んでいる私の腕に桐野の爪が食い込んでいる。
「······痛っ、帰るなら一人で帰りなさいよ、私をこれ以上巻き込まないで!」
無情にも召喚の時ようなまばゆい光が放たれた。
私はまたしても桐野の帰還に巻き込まれるのかとパニックになりかけた。
「い、嫌よ、私には夫と子ども達がいるのよ!」
私は泣き叫んだ。
「今度は俺も行く!」
「······洵!?」
洵は咄嗟に手を延ばし、私の腕を掴んだ。
「なんで加藤まで来るの!?それじゃあ意味が無いじゃない!」
(せっかく鳴瀬と加藤を離れ離れにさせようと思ったのに!!)
「意味ってなんのこと?」
私は桐野がキレた理由がわからない。
「だっ、ダメよ、あなたまで来てしまったら、子ども達が······!」
「あの子達のことは案ずるなって、あの方に言われているんだろう?」
「そっ、それは······」
洵は私を落ち着かせるように抱き締めた。桐野の手が邪魔だったけれど。
「子ども達は大丈夫だよ。あの方を信じよう」
光が更に広がり、三人がすっぽりと包まれてた。
「あの方って誰よ?」
「美帆の守護神さ」
「なにそ······、うっ、ううっ·····!」
騎士が放ったのか、解せないでいる桐野の左肩にダガーが刺さった。
桐野は顔を歪め、ようやく私の腕を離した。
私は洵にしがみついた。
光に包まれたまま洞の中を進んでいるのか、しばらくすると洞の中に赤ん坊の泣き声が響き渡った。
反響している泣き声は、どうやら一人のものではなく、絶妙にデュエットするように泣いている。
「あれは······!」
「うるさいわ、何なの?」
苛立った桐野は耳を塞いだ。
その声が段々大きくなって、気がつくと抱身を寄せ合う私と洵の間に甚と初音の姿が現れた。
「パパパッ、うぁ」
「マンマ、あっくぅ···」
二人はもう泣いておらず、満面の笑みを浮かべている。
「甚、初音も一緒に連れて来てくれたんだな。ははは、流石お兄ちゃんだ」
「なんてこと!」
私は子ども達に頬擦りをした。愛しい匂いと感触、その体の重みに歓喜して二人をギュッと抱き締めた。
「これは家族旅行、里帰りかな」
「ふんっ、悠長にしてるけど、二度と異世界には帰れないかもよ」
「その時はその時さ」
桐野は不機嫌にそうに顔をしかめた。
洵に抱っこされていた初音は、小さな手を精一杯伸ばして桐野の肩をつんつんして、痛みと出血を止めた。
「······初音、このおばさんは助けなくてもいいんだぞ」
洵は眉をひそめながら、初音の額に自分の額を寄せた。
「ウクッ」
初音は愛くるしく笑んだ。
「ちょっ···!おばさんは無いでしょ。それが勇者の言う言葉なの?」
「嘘つき聖女に言われたくないな」
ダガーは刺さったままだが、今は平気なようだ。
「もう一人は既に転移魔法が使えるよ」
「何よそのチートは」
「俺達の子はお初と甚左衛門の縁者の血脈だからな」
桐野は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
「······は?そんなの知らないわよ」
「ああ、俺達も知らなかったけどな」
「じゃあ、鳴瀬は実は呼ばれたってこと?」
「私が巻き込まれたのは偶然よ。でも甚左衛門は鳴瀬甚左衛門なのよ」
光が小さくなり、見覚えがある「肉のカトー」の店舗裏の駐車場に到着した。
どこからか金木犀の花の香りが漂っている。
日本ではもうそんな季節なのね。
商店街ではハロウィンの飾り付けと、ハロウィンにかこつけたイベントで賑わっていた。
少し早いけれどハロウィンの仮装をして歩いている子ども達がチラホラといるようだ。
今日は確か土曜日だ。
「じゃあな」
「あんた達とは二度と会わないことを願っているわ」
それはこちらの台詞だと内心憤慨した。今まで幾度殺してやりたいと思ったことか。
一度は本当に短刀で刺したけれど。
でも声を荒げてそれを伝えるのは思い止まった。
初音が寝てしまったから、起こしたくはないのだ。
「そ、その姿のままで帰るの?」
桐野は肩にダガーを刺したまま、立ち去ろうとしている。
桐野の実家はこの商店街の最寄り駅から一駅程だったと思う。歩けない距離ではないけれど、彼女は負傷している。
「ああ、これ?ハロウィンの仮装ってことにしておけばいいんじゃないの」
桐野はどこかなげやりだった。
「······まあ、そうかもだけど」
甚も眠たそうにしている。
ああ、こんな時は本当にベビーカーが欲しいなと思っていると、勝手口から義母が現れた。
洵の母親とは、学生時代にお客としてコロッケ等を買いに来た際に、店先で同級生として挨拶やほんの少し話をしたことがあったぐらいだった。
私達は隣接した市町の境に住んでいたけれど、学区が違うから高校に通うまではお互いを知らなかった。
「お帰り洵、いらっしゃい美帆ちゃん。そうそう、双子用のベビーカーを知り合いからいただいたのよ。中古だけどまだまだ綺麗だから良かったら使ってちょうだい」
私と洵は顔を見合わせた。
「ありがとうございます!早速使わせてもらいますね」
「ありがとう、助かるよ母さん」
人の良い笑みを浮かべる義母に礼を伝えてから振り返ると、嘘つき桐野の姿はもうどこにもなかった。
「さあ、中に入って!あらあら、双子ちゃんはお眠みたいね」
こちらの世界でも、私と洵は結婚し子どもを授かっていることになっているようだ。
前回戻った時のように、会社の更衣室からやり直すということは無いみたいだ。
あの時の私は結婚も出産もしていない状態だったからだったのか、もしもまたあの時の更衣室からやり直すなんてことになったら、双子達に出会うまでの道のりを考えると気が遠くなってしまう。
その待ち時間は想像を絶する。
それに、洵だってやり直す過程で、もしかしたら私と結婚しないかもしれないのだ。
結婚し子どももいる状態ですんなり元の世界に馴染めていることに、私は物凄く安堵した。
異世界ストーリーなどでは、ある時点からのやり直しや巻き戻しがあるけれど、実際に自分がやり直す、巻き戻るなんて並大抵のことではななく途方もないことだ。
それがなかっただけでも、異世界転移に巻き添えを食らって人生が変わってしまった人間としては、まだ自分は恵まれているのかもしれない。




