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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第二部
18/31

18.予想外の処遇

「脱獄は問答無用で死罪です」

「そのように陛下より命を受けております」


刑部の役人と同行して来た屈強かつ強面の騎士は、捕縛した桐野にすぐさま剣の切っ先を向けた。


「そっ、そんなの知らないわよっ!」


桐野は凍りついた。


「では、()()()()()()陛下より処分の三択を提示されておりますので、お選び下さい」

「さ、三択?」


アルベルト陛下が提示した選択肢の中には、私も洵も耳を疑うものがあった。


「一つ目、この場で処刑。二つ目、魔獣の餌となる。三つ目、元いた世界への帰還。いずれからお選び下さい。期限は本日中です」


読み上げ終わると、小柄な役人は巻物を桐野の眼前にビシリと広げて見せた。

巻物の緋色の房飾りがゆらゆらと揺れている。


「「帰還?!」」

「ええっ?私、帰れるの?」


役人は無言で頷いた。


桐野と私達も、今までそれをまったく知らされていなかったことに怒りよりも衝撃を受けた。


「何でもっと早く教えてくれないのよ!」


それには私も洵も激しく同意した。


本当にこの国の神殿及び王家は信用ならない。

召喚者をいったい何だと思っているのか。


帰ることが可能なら、なぜ黒髪村の人達を帰してあげなかったのだろうか?


それとも、ここへ残った人は帰らない理由、帰りたくない、帰れない事情があったの?


黒髪村のお初と甚左衛門の刀を納めた石造りの祠は、こちらと向こうの世界を繋ぐ門だと言う。

祠はお初がここに移り住んで来るよりもはるか前、先々代の聖女の頃からあったと言われているらしい。


「聖女の力を持っていない者は、帰れないのじゃよ」


長老のタエが神妙に告げた。


「聖女として奉仕し、力が失くなってからでは戻れないということですか?」

「左様じゃ」

「酷い、酷すぎる!私はこんな世界へ来たくはなかったのに!」


桐野は怒りでわなわなと震えている。

そんな勝手な桐野のせいで巻き添えを食らった私は殺意すら覚えたけれどね。


帰る方法はあっても、これでは一方通行の勝手な召喚と何ら変わらない。


それでも今の桐野はチートを回復しているようだから、帰ろうと思えば帰れるのだろう。


「今までここから実際に帰った人はいるのですか?」

「お初様と甚左衛門様は、ここから帰りなさったのです」

「?!」

「······帰れたの?本当に!?」


桐野はあからさまに喜色を滲ませた。



洵はあまりにもタエの話しが信じられないのか、先ほどから押し黙っている。


「あちらの世界で年季奉公というものが終わるのを待って、村へ来てから十数年後に帰ったと伝わっておりますよ」

「ま、待って、甚左衛門様も一緒に帰れたのですか?聖女の力は無いのに?」

「お初様の力が絶大だったのか、それとも甚左衛門様も何らかの特殊な力を持っていたのではありますまいか」


私は洵の方をちらりと見た。


何らかの力とは、洵のようなチートを甚左衛門様も身につけていたということなのかと。

今で言えば勇者ってことになるのだろうか。


侍で勇者って、何か格好良すぎ無い?!


私の視線に気がついて洵が苦笑した。



私が以前帰った時は、向こうでいなくなった時点に戻った。

私をあの日召喚に巻き込んだ桐野とぶつかった更衣室へ戻ったのだ。


もしもお初様達も召喚された時の場所に戻るのだとしたら、年季奉公がまだ終わっていない時点に戻ってしまったのでは?

せっかくこの世界へ来て、苦界から逃れられたのに。


お初様は本当にそれで良かったのだろうか?

戻ってから、二人は幸せに暮らせたのかしら?


私には確かめようの無いことだけれど······。



その時、私を加護する神の囁きが聞こえた。


『あの者達はまたここへ戻って来たのだ。そなたと同じでな』


······そうだったんだ。


だから二人の刀がここにあるのね。侍が自分の大切な刀を置いて帰るわけがないもの。


私は神様から今聞いたことを洵にこっそり耳打ちした。



「じゃ、じゃあ、私は元の世界へ帰ることにするわ。本当に帰れるのよね?」


流石の桐野も疑心暗鬼だけれど、死刑になるよりはそれでもいいということなのだろう。


「私には実のところはわかりかねますが、そのようでございます」


役人は無表情で無責任に応えた。誰にも無事に元の世界へ帰ったとは証明はできないからだ。


「では、早速お帰り願います」

「えっ?もう?!」


桐野は狼狽えた。


「ちょっと、何でそんなに急かすのよ?」

「本来ならばあなたはすぐにでも処刑されるところなのですよ、私達も暇では無いのです」


強面の騎士が、舌打ちしながら桐野を睨みつけた。


「わ、わかったわ、帰るわよ。帰ればいいんでしょ」



村の墓地の傍には低い岩山があり、山の入り口からしばらく行くとその祠はあった。


石造りの祠と同じく石で作られた鳥居を思わせる門をくぐった。

長老のタエを先頭に、役人と騎士、桐野、そして私と洵が続いた。


祠には木製の格子の扉が取り付けられ、鍵がかけられていた。その古びて軋む扉をタエが解錠した。


「これもそろそろ新しくしないとなりませんねえ」


そう呟きながら扉を開いた。


祭壇の奥にはお初様の短刀と甚左衛門様の長刀が納められていた。

本物の真剣を見るのは私は初めてだ。

想像していたよりも刀身が短いと感じるのは気のせいだろうか。

江戸時代の人は現代人よりも背が低かったからとかなのかな?


「ん?どうかしたか?」

「なんか思っていたのよりも刀が短いなって」

「泰平の世になって戦が無くなってからの物は、徐々に刀身が短くなっているんじゃ無いか?それか普段帯刀する時はあまり長く無いものを差していたとかね。戦用の物は特別に長く作られていたみたいだし」

「そうだったんだ、良く知っているのね」


こんな刀で斬り合うなんて想像ができない。

ただし、模造剣とは違い重厚な佇まいをしている。


強面の騎士様も興味津々で祭壇の刀を凝視し、私達の会話に耳をそばだてているようだ。



「この洞の中に入ればいいのよね?」


祭壇の背後には、先が見えない真っ暗闇の洞が続いている。桐野は怯んだ。


「私どもが見届けますから、どうぞご心配なく、前へお進み下さい」


怖々と歩を進めた桐野は、途中ではたと足を止め振り返った。


「あんたも一緒に来なさいよ!」


つかつかと戻って来て桐野は私の腕を掴んだ。


「なっ、離してよ、私は帰らないわ!」


私は必死で桐野の手を振りほどこうとした。

あの日、召喚に巻き込まれた時の記憶が甦りヒヤリとした。


あの悪夢がまた繰り返されるなんて、真っ平だ。


「いいじゃない、途中までついて来てよ」

「嫌よ!」


引き下がらない桐野に私は恐怖した。

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