12.聖女は山椒を携えて
私を召喚したのはあの方だった。
「その節はありがとうございました」
『ああ、そなたは良くやってくれた』
あらっ? 魔王様に角が無いような?
「魔王様、角は······?」
『私は元から魔王ではない。本来の姿に戻ったまでだ』
確かに角が消えた魔王様は清々しく神々しい。
「もしかして···本当は神様だったのですか?」
『いかにも。そなた、こちらへ戻って来ぬか?』
「ええっ?」
『父親への杞憂は失せたのであろう?』
「はい」
『では参れ』
「あっ、でしたら、こちらにあるものをいくつか持ち帰っても構いませんか?」
私は元魔王の神様に連れられて、新生アララート王国に戻った。
***
私が桐野を刺して消えた後、加藤は桐野の背中に刺さっていた輝く短刀を見つけて引き抜いた。
そこに魔王様が現れて、その刀で魔王様の角を切り落とすよう加藤に命じた。
『我はこの時を待っていた』
悪魔崇拝の神殿の度重なる呪いにより神力を封印され魔王のようになっていた神を解放し、勇者加藤は真の勇者になった。
勇者加藤はこのために召喚されていたらしい。
神様曰く、加藤家はお初様の血脈で、私は甚左衛門の家の血脈、甚左衛門の家名は鳴瀬であるらしい。
私は召喚される予定ではなかったけれど、私が偶然この世界に巻き込まれて来てから、それがわかったということだ。
神殿は神力によって浄められ、神殿に完全に支配されていた王家も正常化した。
桐野亡き後、アララートの第二王子は元の婚約者と復縁した。
私は聖女桐野と神官ヘイルの二人を屠った筈だったのに、二人はまだ生きていた。
美丈夫であった神官ヘイルは髪も歯も抜け落ち、ミイラのように老いさばらえた姿になって、辛うじて生きていた。自力では歩けない状態で独房に収監されており、近く処刑されることになっている。
度を越した支配欲から悪魔に魂を売り、魔に巣食われた者の末路だ。
桐野も生気の抜けた老婆に等しい姿になりながらも、まだ生きていた。
それでもまだ嘘つきは健在だったが、桐野が嘘をつくと「嘘です」「嘘だよ」「嘘ぴょん」「これは嘘」という言葉が書かれた吹き出しのようなものが頭上に表示されるようになってしまっていた。
これは神様がそうしたらしく、神様はなかなかお茶目だ。
今では誰もが桐野が嘘つきだということを知っていた。
『嘘つき聖女』という呼び名を欲しいままにした桐野は、聖女職を剥奪され王城の地下牢に生涯幽閉されることになった。
結果的に私は二人を死なせてはいなかったことに、とても救われた。
本当は誰も死なせずに解決させることを、神様も望み願ってくれていたのだろうか。
『まあ、そういうことだ』
「あら?私ってもしかして、神様の守護、加護を受けているのですか?」
『今頃気づいたのか』
「ははっ、鳴瀬の方がよっぽど勇者だよな」
「加藤君の方が治癒魔法も使えたし、聖女みたいだったものね」
お初様は、愛しい甚左衛門と共に生きるために聖女の引退を早めようとした。
そして不当な搾取を神殿からこれ以上受けないように、ありったけの神聖力を短刀に込めた。
あえて神聖力を失ったと見せかけて王都から追放されるように仕向けたのだという。
その短刀は聖女の村、黒髪村に長い歳月隠されていた。
お初様の肖像画は捏造されたもので、実物とはかけ離れているそうだ。
虚偽の聖女の姿絵と嘘つき聖女桐野がそっくりだったのは、皮肉にも偶然の産物だった。
役目を終えたお初様の短刀は黒髪村の祠で甚左衛門の刀と共にひっそりと眠っている。
***
私は『肉のカトー』のコロッケと唐揚げを持ち帰ることを神様に許可を得て、帰るための魔方陣の起動を『肉のカトー』の駐車場にしてもらった。
「熱々を持って来たから、冷めないうちに食べましょ」
久しぶりに二人で舌鼓を打った。
「鳴瀬が戻って来てくれて嬉しいよ」
「これからも、よろしくね」
加藤君からの二度目のプロポーズを受け入れた私は、男爵位と領地を戻された加藤男爵夫人、加藤美帆になった。
今後は聖女の力を失っても神殿は生活の保証をするなど、聖女への待遇の見直しと、召喚に巻き込まれてしまった人の保護と待遇も改善するよう王家と神殿に嘆願すると、すんなりと受理された。
また、聖女以外の黒髪を認めてもらうことも忘れずに盛り込んだ。
これからは長い黒髪でも堂々と暮らせるようになる筈だ。
「ええ?どうして~!?」
私が日本に戻った時に使えていた治癒魔法は、再びこの世界に戻ると、なぜか使えなくなってしまった。
この世界でも使えたら、今度は聖女と同じになれたかもしれないのに。
聖女の村、黒髪村は加藤男爵領に付与されることになった。
「日本から持って来ましたよ!」
私は山椒の実、そして大豆と小豆を黒髪村の人達に分け与えた。
加藤男爵領でももちろん栽培するつもりだ。
「これで本格的な和食が食べられるな」
「大豆があれば豆腐に味噌に醤油も作れるし、小豆があればおはぎやお赤飯も食べることができるのよ。もう聖女の定義は、出身国の何かをこの世界に持ってくる人ってことで良くない?」
「ははは、それ、いいな」
「特別なスキルとかだけではなくてね」
「『聖女は山椒を携えて』とか?」
「そうそう、それでいいよね」
私は母のレシピノートと『自分で作る調味料』という書籍も持って来た。
これを参考にすればもっとバリエーションが増えるだろう。
もし未来にまた日本から誰かがこの世界に召喚されたなら、どうか困らないでいて欲しい。
特に召喚に関係無く巻き込まれた人が、安心して身を寄せることができる場所を用意してあげたい。
ひっそり隠れて暮らすとか、自分の身の上をクヨクヨして生きるのではなくて、この世界で堂々と生きて欲しいから。
自分のルーツを卑下することなく、日陰ではなく日の当たる場所で、ちゃんと生き生きと暮らせるように。
私が黒髪村の人達に歓迎されたように、懐かしい味や文化を堪能できるように、なるべく残すことができたら嬉しい。
二、三百年後も、この場所が、この味が残っているように。
***
私がこの世界に戻ってから二年が過ぎ去った。
今日は黒髪村の方々から私達のために鰻をご馳走してもらえることになった。
炭火でタレをつけながら焼いている匂いが漂って来た。
なんて食欲をそそるのだろうか。
「うーん、堪らない!」
「お待ちどお様です」
「ありがとう!」
私と加藤、じゃなくて私の夫、そして私のお腹の子の父親でもある洵の前に鰻重が並べられた。
「美帆、無理しないで残せよ。後は俺が食べるから」
「ふふ、大丈夫よ、洵。鰻は大好物だから」
今は臨月、母子共にすこぶる元気だ。きっと私の子ども達も好きになりそうね。
私達二人は黒髪村特産の山椒をたっぷりとふりかけて、手を合わせた。
「「いただきます!」」
(第一部 了)
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第二部に続きます。
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