第七十二話「エピローグ」
統一暦一二一七年七月二十五日。
グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク。
魔神討伐に向かったグライフトゥルム王国軍が帰還した。
王都シュヴェーレンブルクの大通りは世界を守った精鋭たちを出向かるべく、人で溢れ返っている。
大通りを進む派遣軍の先頭には白馬に跨ったジークフリート王が漆黒の装備の近衛連隊長アレクサンダー・ハルフォーフを従えて先導する。
その後ろには純白の装備に身を固めた近衛連隊が一糸乱れぬ隊列を組んで行進していた。
彼らが通過すると、市民たちは花びらを撒き、声を上げて祝福する。
「「国王陛下、万歳!」」
「「王国軍、万歳!」」
近衛連隊が通過すると、礼装を纏った東部方面軍第二師団、通称ラウシェンバッハ師団と、第二旅団、通称突撃兵旅団の精鋭が一糸乱れぬ歩みで続く。
彼らの中央には銀色に輝く鎧を纏った妙齢の女性、イリス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵夫人と颯爽とした美丈夫ラザファム・フォン・エッフェンベルク侯爵、武骨な鎧と背に二本の剣を差したハルトムート・フォン・イスターツ男爵が手を振りながら市民たちに応えている。
その横にはこの隊列には不釣り合いな文官姿の男が必死に馬を操っていた。
明らかに場違いに見えるのだが、誰もそのことに違和感は持たず、国王たちと同様に祝福の声を上げていた。
「「「マティアス様、万歳!」」」
「「「千里眼様、万歳!」」」
しかし、その男マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵はその声に応えることはなく、普段浮かべている笑みさえ消していた。
「あなた、みんなに手を振ってあげたら」
イリスが笑いながら話し掛ける。
「俺もそう思うぜ。マティが手を振らなけりゃ、兵たちも真面目に行進するしかないんだからな」
ハルトムートもからかうようにそう言った。
その様子をラザファムが笑いながら見ている。
「ここで手を離したら落馬してしまうよ。立派な馬を用意してくれたのはいいんだけど、私にはもっと大人しい馬の方がよかった」
何とか答えるものの、手綱に集中していることは明らかだった。
その様子に三人が微笑んでいる。
「これでようやく家族と一緒にゆっくり過ごせるようになるのね」
イリスの言葉にラザファムが頷く。
「そうだな。少なくとも戦争は遠のいた」
ハルトムートがイリスに笑いかける。
「だが、マティとイリスは別じゃないか? 国王特別顧問は外交でも忙しいはずだぞ」
「忘れていたわ! まだまだ長期の出張が続くのね。子供たちと離れ離れになってしまう……」
イリスががっかりとした表情を浮かべる。
「大丈夫だよ。今度は安全なところばかりなんだから、家族帯同で行けばいいから。子供たちにもいろいろなところを見せてあげたいし、ちょうどいい機会だと思うよ……おっと……集中集中」
マティアスが妻を気遣って話しかけたが、最後によろめき落馬しそうになる。
「その前に乗馬の練習が必要だな。最近、輿か馬車に乗ってばかりだったから、忘れたんじゃないのか」
ハルトムートの突っ込みに、ラザファムが笑う。
「確かにそうだな。子供たちの前で無様な姿は見せたくないだろう。うちのフェリックスより下手なのは何とかした方がいい」
「そんなことを言ってもね……」
マティアスは手綱に集中しながらも苦笑する。
(ようやく平和になった。でもまだやることは多い。帝国との交渉もあるけど、国政改革もまだ始まったばかりだ。それに国王陛下のこともある。管理者としてはともかく、王としての指導は始まったばかりだ……)
そこで彼は妻たちを見た。
(とはいっても、今はゆっくり休みたいな。家族や友人とのんびり過ごすくらいの褒美があってもいいだろう……)
そんなことを考えながら馬を操っていった。
■■■
ジークフリート一世はグライフトゥルム王国中興の祖として、歴史に名を刻んだ。
彼は自身が望まない中、内外に大きな問題を抱えていた王国を継承することになった。
彼が王位を継承する直前、強権的な宗教国家レヒト法国の大規模な侵攻作戦に勝利し、獅子身中の虫である大貴族、マルクトホーフェン侯爵を排除した。
また、王となった直後には、当時最強の軍事国家であったゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンの野望を打ち砕いている。
当時十代に過ぎなかったジークフリートがこれほどの成功を収められた理由は“ジークフリートの四翼”と呼ばれる優秀な家臣に恵まれたことに加え、彼らを信任する度量があったためだ。
ジークフリートの四翼とは、言うまでもなく、“氷雪烈火のラザファム”、“月光の剣姫のイリス”、“双剣ハルト”、そして、“千里眼のマティアス”のことだ。
特に千里眼のマティアスは万能の天才であり、軍事、政治、謀略はもちろん、経済にも精通していた。彼の行った経済政策により、小国であったグライフトゥルム王国は経済大国として世界をリードすることになったほどだ。
この他にも教育者としても一流で、彼が作ったとされる指揮官用の教本はその後も修正するところがないと言われたほどだ。
更にジークフリート一世を始めとした彼に師事した者の多くが大成している。
その中には“商聖”フレディ・モーリスと経営学の始祖ダニエル・モーリスがいる。
フレディは父ライナルトの跡を継ぎ、モーリス商会を発展させただけでなく、多くの商人を育てている。また、私財を投げ打ってヴィントムント商業大学を設立するなど、その後の商業の発展に大きく寄与した。
ダニエルはグリューン河流域の開発を成功させた後、シュヴェーレンブルクで経営学の研究を始めた。その後、王立学院に経営学部が立ち上げられた際、初代学部長に就任し、兄と共に商業の発展に大いに貢献している。
そのいずれにもマティアスが関わったという記録が残されている。彼が教育者としても偉大であったという証拠だ。
これほど偉大な人物だが、彼には謎が多い。
記録によれば、八歳で助言者である大賢者マグダに見出され、叡智の守護者の塔に入っている。
彼が塔に入ってから叡智の守護者に大きな変化が見られた。それは情報分析室の設立だ。
その情報分析室だが、のちに王国軍情報部と協力し、王国の諜報活動を支えている。
情報分析室は下部組織である闇の監視者と共にグライフトゥルム王国に積極的に支援するようになったが、情報分析室ができたのはマティアスが十歳の頃だ。幼い少年が設立に関わっているとは考え難いが、その後の協力関係を見ると、何らかの関係があったと推察される。
魔導師の塔を出た後も謎が多い。
当時の王国軍は旧態依然とした軍組織であり、フェアラート会戦の大敗北を機に名将グレーフェンベルク伯爵が騎士団改革を行った。
その際、グレーフェンベルクとマティアスが頻繁に会っていたという記録が残っている。
グレーフェンベルクの盟友カルステン・フォン・エッフェンベルクはマティアスの妻イリスの父であり、その繋がりで会っていたとされる。
しかし、十代前半の少年が親族でもない騎士団長という重臣に頻繁に会っていたことに違和感を持つ。
更にグランツフート共和国の名将ゲルハルト・ケンプフェルトも、その当時からマティアスと懇意にしていたという話が残されている。当時のケンプフェルトは四十代半ばであり、いかに天才であっても剣も握れないような十代前半の少年と懇意にしていたことに強い違和感があるのだ。
それらについてマティアス本人はもちろん、グレーフェンベルクやケンプフェルトも一切記録を残していない。
僅かにカルステンやイリスの日記にそれらのことが記されているだけで、詳細は未だに分かっていない。
この他にも十代半ばから帝国に対する謀略を主導していたとか、モーリス商会に情報を提供して大商会に育てたとか、真偽不明の情報は多くあるが、そのいずれも真偽不明なのだ。
最も関わっているであろう叡智の守護者に問い合わせたが、公式の記録はないという回答しか返ってこなかった。
このように千里眼のマティアスには謎が多いが、彼の優しげな見た目に反して、豪胆な英雄であったことは紛れもない事実である。
特に管理者の代行者である四聖獣に対して正論を吐き、世界の存続に寄与したことは彼の功績の中でも最も大きなものであろう。
エンデラント大陸から魔素溜まりを排除し、他の大陸に人類の生存圏を広げることになったきっかけを作った功績は大きく、彼が息を引き取った際、マグダだけでなく、四聖獣も彼の死を大いに悼んだと記録に残っている。
また、後に現れた管理者に対し……(後略)
ユルゲンス著「グライフトゥルム王国史」より抜粋。
■■■
統一暦一二一七年七月二十五日。
グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
王都に戻り、戦勝式典を終えて屋敷に戻ってきた。
「「「お帰りなさい!」」」
三人の子供オクタヴィア、リーンハルト、ティアナが私と妻に飛びついてくる。
「ただいま。いい子にしていたかな」
「「「はい!」」」
その様子を見ている父と母にも笑みが浮かんでいた。
子供たちの笑顔を見ながら頭を撫で、ようやく終わったのだと実感する。
着替えるために自分たちの部屋に向かう。
「これでひと段落付いたわね」
「そうだね。これからは家族の時間を大事にしたいと思うよ」
「ええ。それならもう一人くらい子供がほしいわ」
そう言いながら身体を寄せてきた。
「それもいいね」
そんな会話をしながら、彼女の肩を抱いた。
完
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~」はこれにて完結です。
第一部に当たる「グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~」の投稿開始が2023年の7月1日ですので、2年7か月もの間書いていたことになります。
文字数的には両作品で330万文字と私の最初の書籍化作品「ドリームライフ~夢の異世界生活~」にほぼ匹敵する対策になりました。
当初の予定では三十万文字くらいの中編にする予定でしたが、いつも通りに予定を大幅に超過する結果となっています。
その割には基本的には毎日更新を続けられ、その点は満足しています。
本作品ですが、当初は本格戦記としてバンバン戦闘シーンを入れる予定でした。しかし、謀略の話が楽しすぎて、そちらに話数を取られてしまいました。
個人的には経済戦や情報戦は大好きなので楽しかったのですが、いかがだったでしょうか。
完結しましたが、ジークフリートが管理者になったのか、帝国との関係はどうなったのかなど、割と中途半端な感じで終わっています。
と言っても、これは最初からそこまで書く気がなかったので予定通りなのですが、読者の皆様が消化不良になっていなければいいなと思っています。
今後の予定ですが、宇宙SF物の「クリフエッジシリーズ」の執筆に入るつもりです。
ファンタジー世界からバリバリのスペースオペラに戻るのは大変ですので、少し時間が掛かると思います。
クリフエッジの後は歴史物を書きたいなとは思っていますが、まだ何も決まっていません。
あと一年くらいで定年退職(ちょっとだけ早期退職)の予定なので、じっくり調べられるものを書いてみたいなとは思っています。
とりとめのないあとがきですみません。
完結するといつもハイテンションになるので、ご容赦を。
少しだけ宣伝を。
本作品のコミカライズ版「グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~COMIC」がマッグガーデン様のサイト、MAGKANで公開されております。
八代ちよ先生が緻密に描いてくださったコミックで、マティアスを始めとしたキャラたちが生き生きとしており、お楽しみいただけると思います。
それではまた別の作品でお会いできることを楽しみにしております。
愛山雄町




