第六十二話「軍師、戦死者を追悼する」
統一暦一二一七年六月十八日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン郊外、王国軍墓地。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
魔神たちとの戦いから一昼夜経ち、私たちも落ち着きつつあった。
今日は我が軍の戦死者たちの慰霊式を行うことになっている。
戦死者の遺体はエーデルシュタイン郊外の森の近くに埋葬された。
三千近い遺体を昨日一日で埋葬したのだが、これほど早く終わったのは市民や総督府軍の協力があったからだ。
墓地と言っても墓標も何もなく、掘り返された畑のように見えなくもない。
そのことに悲しみが募る。
(こんな異郷で家族に看取られることなく命を落とすなんて……)
エーデルシュタインの市民たちが慰霊碑などを建ててくれると約束してくれているが、故郷から遠く離れた異郷の地で死んでいった者に対し、もう少しなんとかしてやれないかと思っている。
全軍の兵士たちが整列しているが、その後ろには花束を持った市民たちが並んでいた。彼らは命懸けで戦ってくれた兵士たちに感謝を伝えたいと自主的に参列したのだ。
ジークフリート王とラザファムが弔辞を述べ、全員が敬礼して式は終わった。
その後、市民たちが花を捧げていくが、涙を浮かべている者が多く、心から感謝と追悼の気持ちを抱いていることが分かる。
その中には幼い子供たちもおり、我が軍の前でその親たちが深々と頭を下げていく。
「あの子たちを守れただけでも戦った価値はあるわ。罪のない子供が理不尽に殺されるなんて許せないから」
三児の母であるイリスが呟いていた。
「そうだね」
そう答えるが、国王の表情が硬くなっていることが気になった。
(イリスと同じようなことを考えているんだろう。神狼様が暴走しなければ、兵士たちが死ぬこともなかったし、子供たちが危機に陥るようなこともなかったのだから……)
参列者の列は途切れることはなく、献花は正午を過ぎるまで続いた。
午後になり、我々に与えられた兵舎で事務処理をしていると、叡智の守護者の大導師シドニウス・フェルケが現れた。
「マグダ様と聖獣様、恐らく鷲獅子様がこちらに向かっておられます。あと三十分ほどで到着されるでしょう」
恐らく大賢者が優秀な魔導師であるシドニウスが感知できるよう、鷲獅子に力を放出させたのだろう。
その言葉に国王が頷く。
「では、兵たちに大通りに並ぶように伝えよう。ラザファム卿、よろしく頼む」
「承知いたしました」
ラザファムがそう言って部屋を出ていった。
「市民にも伝えましょう。鷲獅子様が降臨されれば混乱するでしょうから」
一応、前日に総督を通じて住民には通達してあるが、エーデルシュタインに四聖獣が現れたことはなく、混乱する恐れがあった。
「拡声の魔導具で市内に通達するわ。ディアナ、参謀本部で対応して」
妻のイリスが参謀であるディアナ・フックス大佐に指示を出す。
「我々も総督府に向かいましょう。大賢者様なら中心にある総督府に向かわれるでしょうから」
私の言葉で全員が動きだす。
エーデルシュタインは一キロメートル四方の町であるため、中心にある総督府にはすぐに到着した。
私たちは総督府の前の広場で待つことにした。
『鷲獅子様がご降臨される! 総督府軍の兵士及び市民は通りに出てお出迎えするように!』
拡声の魔導具で鷲獅子が来ることが通達されており、兵士や市民が通りに出てきていた。
我が軍の兵士たちも大通りに並び始めている。
「そろそろ到着されます。出迎えの準備を」
シドニウスがそう言うと、拡声の魔導具でも同じことが伝えられる。
『鷲獅子様がご到着される! 跪いてお出迎えするように!』
その言葉で市民たちは一斉に跪く。
その顔には不安げな色が見えた。四聖獣は神の代行者であり、断罪者でもあるからだ。
我々も片膝を突いて頭を下げる。
すぐにバサバサという翼の音が響く。
音が消えると、総督府の屋根に鷲獅子が降り立っていた。その横には大賢者の姿もあった。
『我は管理者の忠実なる僕、代行者の鷲獅子である。ここにいる助言者より、此度の戦いではジークフリート王率いるグライフトゥルム王国軍が大いなる役割を果たしたと聞いた……』
念話だが、その力強い言葉に魂が揺さぶられる感じがした。
『彼らが命を賭けて戦いを挑まねば、この町は壊滅し、巨大な魔窟が生まれたであろう。助言者を援け、世界を守ったこと、真に殊勝である。ジークフリート王よ、そなたとそなたの兵たちの働きはすべての者の範となる。代行者として感謝を伝えたい』
その言葉に兵たちからすすり泣きが聞こえてきた。
神にも等しい四聖獣から感謝の言葉を伝えられ、戦死者たちも浮かばれると思ったためだろう。そのことに自責の念が強くなる。
(私がしっかり考えていれば……)
しかし、そのことは表に出さない。
市民たちも自分たちを守ってくれたのが王国軍であり、その活躍を鷲獅子が認めたことに満足そうにしていた。
唯一、アンドレ・サイツ総督だけが下を向いたまま固まっている。自らの手柄と発表したことが裏目に出たと思っているのだろう。
ジークフリート王が立ち上がり、拡声の魔導具のマイクを握る。
その顔には高揚感はなかった。
『兵たちの死が無駄ではなかったことがよく分かりました……』
そこまで言ったところで腕が僅かに震えているのに気づいた。
『お言葉はいただけましたが、私は彼らに生きていてほしかった……共に戦った彼らと二度と会えないことが私には悔しい……』
感情を制御できずにいるようだ。
兵士たちのすすり泣きが大きくなる。国王が戦友たちの死を悼んでいることに感動しているためだ。
『ですが、私たちは前を向いて進みます! これからも世界を守るために、我々にできることは精いっぱいやっていくつもりです。そのことを鷲獅子様、四聖獣様にご理解いただければ幸いです』
『うむ。王の気持ちはよく分かった。我らも同じように世界のために尽くすと約束しよう』
鷲獅子は国王の気持ちを慮り、そう答えた。
『ありがとうございます』
それだけ言うと、王は膝を突いた。
『此度のことは世界を守るという最も崇高な目的を忘れた者が引き起こしたものである。我ら代行者も目的を忘れず、そなたらと共に世界を守っていこうと思う』
神狼が暴走したことを念頭に置いた言葉だが、鷲獅子からは強い意志が感じられた。
それだけ言うと、鷲獅子は大きく羽ばたいた。
『このようなことは二度と起きぬ! 我らが起こさせぬ! そなたらも此度のことを次の世代に伝えよ!』
その言葉に全員が深く頭を下げた。
鷲獅子はそのまま二度旋回した後、消えていった。
「ずいぶん気にされていたわね」
イリスが小声で話しかけてきた。
「そうみたいだね。でも、うちの兵士たちにとってはよかったと思う。鷲獅子様から感謝の言葉が聞けたのだから」
そう言ったものの、神狼の暴走を許す気はない。
(今回のことを許す気はない。兵たちが無為に死んだ落とし前はきっちり付けさせてもらう……問題は神狼様にどうやって会うかだ……)
神狼はゾルダート帝国北部のハルトシュタイン山脈にいることが多いし、そもそも四聖獣においそれと会うことはできないため、何らかの手を考えないといけない。
鷲獅子が去った後、大賢者が飛翔の魔導を使って下りてきた。
ジークフリート王の前に立つと、ニコリと微笑んだ。
「これでよかったかの」
「ありがとうございます。ここにいる兵たちは喜んでくれました。これで遺族たちの心が少しでも軽くなればよいのですが……」
そう言って憂いた表情になる。
「そうじゃの」
そう答えるが、大賢者にも何ができるのか分からないという感じだった。
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