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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第十章:「奮迅編」

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第五十九話「皇帝、愕然とする」

 統一暦一二一七年六月十七日。

 ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン北東、街道上。皇帝マクシミリアン


 悪夢のような夜がようやく明けた。

 魔神たちは大賢者によって排除されたが、あまりに大きな被害に余は言葉を失っている。


 エーデルシュタインとザフィーア湖を繋ぐ街道は魔神たちの魔導(マギ)によって焼かれ、鬱蒼と生えていた森の木々が黒く焼けて幹だけしか残っていない。

 火は収まっているものの、焦げ臭い匂いと人が焼けた嫌な匂いが充満している。


 その街道付近には焼け焦げた兵士の遺体が散乱している。

 その遺体は焼け爛れているだけでなく、手足があらぬ方向に捻じ曲げられ、無造作に捨てられた出来の悪い人形のように見えたほどだ。


 形が残っている遺体はまだいい方だ。

 多くは爆発によって原形を留めておらず、遺体なのか木々の残骸なのか分からない状況だった。


(神話に出てくる地獄というのはこういうことを言うのだな……)


 運がよかったことに、軍団長のアウグスト・キューネル元帥は生き残っていた。

 彼は攻撃が止むと、すぐに軍団の秩序を取り戻すべく、精力的に動いてくれた。


「エーデルシュタインの南部総督府とリヒトロットの中部総督府には、魔神の襲撃を受けたものの、陛下がご無事であると早馬を送っております。まだ被害状況は確認できておりませんが、師団長は全て行方不明です。また、連隊長も生存が確認できた者は三名のみです」


 三人の師団長と九人の連隊長を失ったことに愕然とするが、それを押し殺して命令を出す。


「師団は一旦解体し、卿が直接指揮せよ。生存している大隊長を臨時の連隊長とし、被害状況の把握と再編を実行するのだ。南部総督府に支援を要請し、食料や天幕などの必要物資の輸送と負傷者の移送のため、荷馬車を送らせろ」


「エーデルシュタインがどのような状況かは分かりませんが、我々と同様に大きな損害を受けている可能性が高いと思います。南部総督府に支援を要請しても無駄かもしれません」


 逃げ場がある我々よりエーデルシュタインの方が条件的には厳しいことは明らかだ。


「確かにそうだな。リヒトロット市の中部総督府に支援を要請しろ。グリューン河を使えば、輸送も楽なはずだ」


「御意」


 キューネルはそう言って頭を下げると、命令を実行するため、生き残った幕僚に指示を出していく。


 野営地であった場所に腰を下ろす。


 ここは最初に攻撃を受けており、荷馬車ごと物資は燃やされ、焼け野原になっていた。

 それでも司令部が置かれたため、生き残った兵たちの多くが集まってきているが、魂が抜けたように茫然としている者が多い。


 幸い大賢者が大規模な治癒魔導を行ってくれたため、すぐに治療が必要な負傷者はいない。しかし、四肢や目を失った者が多数おり、彼らに肩を貸す兵士たちが行き交っている。


(少なくとも彼らを運ぶ馬車は必要だな。だが、荷馬車どころか馬も碌に残っていない。どうしたものか……)


 繋いであった馬は焼き殺され、運よく逃げ出せた馬も恐慌を起こして走り去り、何とか十頭程度確保できている状況だ。


 三時間ほど経つと、被害状況が分かってきた。


「正確な数はまだ集計できていませんが、生存者は約一万二千。内訳ですが、第一師団で約四千、第二師団で約三千、第三師団で約五千です。先頭にいた第二師団の犠牲者が多いようです。また、行方不明の師団長と連隊長は見つかっておりません。戦死した模様です」


「六割が戦死……」


 凄まじい死者の数に言葉が出ない。


「生存者の中には手足や目を失った者が二千名近くおります。我が軍団の三分の二を失いました」


 キューネルは苦渋に満ちた表情で告げる。


「ラウシェンバッハの指示通りに軍団を分散させ、早期に逃げ出してもこれだけの被害を出したということか……」


「そのようです。軍団が一塊になっており、敵に反撃していたら、文字通り全滅していたでしょう」


 その言葉に頷くことしかできなかった。


 昼頃、残っていた物資で食事を摂る。


「軍団の再編が完了しました。生き残った大隊長のうち五名を連隊長に昇進させ、八個連隊としました。連隊間に人数のアンバランスはありますが、師団単位で再構成しました」


 一個連隊の定数は二千五百。本来なら四個連隊になるはずだが、管理の関係から定員の半数程度で再編したようだ。


「よくやってくれた」


「焼け残った物資ですが、幸いなことに食糧は五日分ほどありました。また、遺体の処理に最低でも三日は掛かると思われます。陛下におかれましては、護衛の一個大隊と共に帝都に帰還していただくことを提案いたします」


 エーデルシュタインは全滅している可能性が高く、余がここに残っていても保安上の負担が増すだけであまり意味がないと考えたのだろう。


「エーデルシュタインの状況が分かるまで軍団と行動を共にする。この苦難を共にした兵たちを見捨てて帝都に戻ることなどできぬ」


 後半の言葉は兵たちに聞かせるために言った。

 皇帝である余が去れば、兵たちの士気は大きく低下するから、それを防ぐためだが、本当の目的はグライフトゥルム王国と交渉するためだ。


(あれだけ用意周到なラウシェンバッハが軍を全滅させるような策を立てるはずがない。それにジークフリート王も到着したと報告を受けている。みすみす主君を死なせるようなことはすまい。だとすれば、そろそろ連絡が来るはずだ……)


 ラウシェンバッハの周到さは嫌というほど理解している。そのため、今日中にも何らかのアクションがあるのではないかと確信していた。

 それは現実のものとなった。


 午後一時頃、予想より早くグライフトゥルム王国から伝令が到着した。


「ラウシェンバッハ師団の小隊長ドーラ・ヴァイスヴォルフ中尉と名乗る獣人族兵士が謁見を望んでおります。いかがなされますか」


 新たに副官に命じた若い士官が確認してきた。


「すぐに会う。キューネルが近くにいるなら呼べ」


 キューネルは近くにいたらしく、すぐにやってきた。


「王国軍の伝令が来たと聞きましたが」


「ラウシェンバッハ師団の小隊長と名乗ったそうだ。恐らくラウシェンバッハから直接指示を受けている」


 すぐに伝令を呼んだ。

 白い髪が特徴的な若い女性士官だった。


「初めて御意を得ます。ラウシェンバッハ師団第一連隊第一通信小隊長、ドーラ・ヴァイスヴォルフ中尉と申します」


 粗野なイメージが強い獣人族だが、ヴァイスヴォルフは礼儀作法も心得ているようだ。


「ゾルダート帝国皇帝マクシミリアンだ。早速で悪いが、話を聞きたい。ラウシェンバッハ伯爵の命令を受けてきたと理解してよいか」


「はい。エッフェンベルク大将閣下及びラウシェンバッハ大将閣下より、皇帝陛下にエーデルシュタインの状況をお伝えするように命じられました」


「エーデルシュタインの状況か」


「エーデルシュタインの被害状況ですが、住民の死者は約二百人。南門と総督府軍本部が損傷し、百棟ほどの家屋が焼失したものの、現在火災は鎮火し、大きな混乱はございません。また、総督府軍も昨夜の戦闘には参加しておらず、損害は皆無でございます」


「軍と住民を合わせても死者は僅か二百だと!……エーデルシュタインに魔神は現れなかったのか!」


 あまりに少ない数字に思わず声を高くしてしまう。


「いいえ。魔神一体、魔将(アークデーモン)二体、死霊魔導師(リヒ)二体、上級悪魔(グロースデーモン)及び悪魔(デーモン)が約百、この他に一つ目巨人(クークロープ)約二十体、合成獣(シメーレ)約三十体の攻撃を受けております。大賢者様が討伐してくださるまでに、我が軍の兵士三千弱が戦死しました」


 ヴァイスヴォルフは感情を排した声で答えた。


「魔獣の数は変わらぬのに戦死者が三千しかいないだと……あり得ぬ……」


「我が軍は大賢者様が戻られるまでのおよそ三十分間、城壁及び城内で奮戦し、ラウシェンバッハ大将閣下とイスターツ中将閣下が重傷を負われ、連隊長二名が戦死しております」


 実質的な戦闘時間は大して変わらぬのに、被害の差は圧倒的に違う。そのことに言葉が出ない。


「ジークフリート陛下より、エーデルシュタイン若しくは皇帝陛下のご指定する場所で会談を行いたい旨、お伝えするよう言われております。時期につきましても、皇帝陛下のご都合に合わせるとのことです」


「会談か……承知した。これよりエーデルシュタインに向かうと、ジークフリート殿に伝えてくれ」


「承りました」


 ヴァイスヴォルフが辞去しようとしたが、それを止める。


「今少し話を聞きたい。今回の戦いはラウシェンバッハ伯爵の思惑通りに進んだのだろうか?」


 これまでの余ならこのようなことは聞かなかったが、どうしても聞いておきたいと思ったのだ。


「小官は大将閣下に直接お会いしておりませんが、多くの兵士が戦死したことに涙されたと聞いております。また、閣下ご自身も瀕死の重傷を負われ、大賢者様の治療が間に合わなければ、危険であったとも聞きました。小官からお伝えできることは以上です」


 ラウシェンバッハは事実に基づかない憶測を嫌うと聞く。そのことが部下にまで浸透しているようで、事実のみを伝えてきた。


「なるほど。参考になった。では、ジークフリート殿とラウシェンバッハ伯爵によろしく伝えてくれ」


 そういうと、ヴァイスヴォルフは一礼してから立ち去った。


「あの千里眼(アルヴィスンハイト)殿でも読み切れなかったようですな」


 一緒に聞いていたキューネルが感慨深げに言ってきた。


「そうでもない」


「どういうことでしょうか? 作戦通りであれば、兵が戦死しても涙を流すようなことはないでしょうし、自身が瀕死になるようなこともなかったのではありませんか?」


「ラウシェンバッハは冷徹な軍師だ。目的のためなら犠牲を厭うことはない。必要と思えば一万の味方を戦死させることも、自らが危険に晒されることも躊躇せぬだろう。その一方で部下を必要以上にかわいがる。必要な犠牲ではあったが、犠牲の多さに涙を流したとしてもおかしくはない」


「なるほど。魔神を倒すという目的を達したことを考えれば、彼の計算通りだったと」


 その言葉に答えることなく考えていた。


(大賢者と親しいとはいえ、魔神のような化け物を相手に戦えるものなのか? あの四聖獣様を相手に一歩も引かなかったことと合わせて考えると、奴は本当に人なのか? そのような者をただの人に過ぎない余が相手にできるとは思えぬ……)


 余はラウシェンバッハに会うことが恐ろしくなっていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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