第十四話「大賢者、異変に気づく」
統一暦一二一七年六月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ネッツァー邸。大賢者マグダ
久しぶりに王都に来ていた。今日は休日ということでマティアスを支部に呼び、話をしている。
話題は二月にあった国王の結婚式での鷲獅子の祝福のことじゃ。
「鷲獅子のことも何とか落着したようじゃの」
「ええ。グライフトゥルム王家の血筋を残すためという話で落ち着いたようです」
そう言いながら苦笑している。
皇帝マクシミリアンに対しては、モーリス商会を使って早期に対応したが、それ以外では用意周到なマティアスにしては珍しく後手に回ったためじゃ。
当時、国王の結婚の式典ということで、王都には多くの商人がいた。無論、王都でもグライフトゥルム王家の血を残すためだったと発表しておるが、鷲獅子を初めてみた商人たちが興奮し、“祝福を与えた”という部分だけが強調されて話が広がってしまった。
噂が独り歩きしたことに気づき、それを打ち消すための新たな噂を流したが、情報操作の達人であるマティアスといえども、なかなか難しかったようじゃ。
「終わってみればよい方向に噂を広められたの」
「はい。陛下が四聖獣様と言葉を交わす仲であることが改めて周知できましたので、次回の大陸会議がここで行われても不安に思う者はいないでしょう」
聖都では代行者が脅しを入れているため、議事録の要旨を見た王都の民は恐怖した。次はここで行われるため、万が一四聖獣の機嫌を損ねれば、王都が焼かれると思ったためじゃ。
しかし、今回の件でジークフリートに親しく声を掛けており、それを目の当たりにしたことと、マティアスが新たに流した噂が広まったことから、彼らへの恐怖は弱まっている。
「真理の探究者も神霊の末裔も過剰には反応しておらぬ。これで当分の間は平和な日々が続くの」
そんな話をしていたが、突然魔素に大きな揺らぎを感じた。そのため、思わず立ち上がってしまう。
「何じゃ!」
「どうされたのですか?」
儂が突然立ち上がり、叫んだことから、マティアスが驚いている。
マティアスの護衛であるカルラは顔を強張らせており、そのことにマティアスが気づいた。
「カルラさんまで……何があったのでしょうか」
「分からぬ。ただ、大きな力を感じた。魔窟ができたかもしれぬ」
魔窟は魔象界からこの世界である具象界に大量の魔素が流れ込み、強力な魔獣を生み出す場所を指す。
「魔窟ですか!」
マティアスにしては珍しく笑みを消し、焦った表情で大きな声を上げた。
彼が驚いたのは、魔窟の危険度を正しく認識しているためじゃ。
魔窟は災厄級と呼ばれる国の存続が危ぶまれるほどの魔獣を生み出す。それに対処するためには一国では難しく、他国とも連携を取る必要がある。
「恐らく間違っておらぬ。すぐに対処するが、そなたの助けを借りるかもしれぬ」
「どのようなことでしょうか?」
「魔窟の周辺に魔獣狩人を大量に派遣せねばならん。じゃが、並みの狩人では魔窟から現れる魔獣に対抗できぬ。普通の軍も同じじゃ。魔獣を相手にするには個の強さがいるからの。だからラウシェンバッハ領の獣人族の力を借りるかもしれぬ」
魔窟が発生すると、広範囲で魔獣が生みだされる。
儂らが対応すればよいのじゃが、魔窟を抑え込むことに専念する可能性が高い。それに下手に儂らが討伐を行うと力が強すぎて、逆に魔窟の活性化を招きかねぬ。
それに広い範囲で対応せねばならんから、儂と四聖獣だけでは手が回らぬ。人族の手を借りねばならぬが、並みの戦士では強力な魔獣を相手にはできん。その点、ラウシェンバッハ領の獣人たちは影の指導を受けておるから十分な戦力になるじゃろう。
マティアスには塔にいる頃にこのことを教えてあるため、すぐに理解した。そして、緊張した顔で頷く。
「承知いたしました。大賢者様や四聖獣様が魔窟を抑える間、魔獣が拡散しないように封じ込める必要があるということですね」
「その通りじゃ。塔からも応援を呼ぶ。その者たちをそなたやラザファムが指揮してほしいのじゃ。導師たちは大規模な討伐隊の指揮を執ったことがない。その点、そなたたちなら的確に指示を出してくれるからの」
それだけ言うと、儂はすぐに支部長であるマルティン・ネッツァーに長距離通信の魔導具の準備をさせた。そして、叡智の守護者の本部に連絡を入れる。
すぐに大導師であるシドニウス・フェルケが通信機に出た。
『先ほどの魔素の異様な揺らぎのことでしょうか』
さすがにシドニウスにも分かっておったようじゃ。
「そうじゃ。魔窟が生まれた。場所はここより東のいずれかじゃが、魔導師と影の派遣が必要になる。その準備をせよ」
『承知いたしました。マグダ様は四聖獣様のところに向かわれるのでしょうか?』
「そうじゃ。まずは鷲獅子のところに飛ぶ。奴と一緒に鳳凰と聖竜に招集を掛ける」
『ということは神霊の末裔の塔で事故が起きたとお考えということですね』
神狼に招集しないということで儂の考えに気づいたようじゃ。
「うむ。その可能性が高いと考えておる。あの規模では神狼であっても、一体では荷が重いからの」
指示を出し終えると、すぐに通信を切る。
後ろで聞いていたマティアスが話しかけてきた。
「私の方でも準備を進めますが、大賢者様にお願いがございます」
「何じゃ? すぐに出発せねばならんのじゃが」
「神霊の末裔の塔であれば、帝国とシュッツェハーゲンにも影響が出るはずです。皇帝とレオナルト陛下にも連絡していただいた方がよいと思います」
神霊の末裔の塔はツィーゲホルン山脈の北側にあり、帝国領に当たる。しかし、国境が近いため、シュッツェハーゲン王国にも魔獣が流れる可能性が高い。
「そうじゃの」
「皇帝に会った際に我が国の戦士がツィーゲホルン山脈に入ると伝えていただけないでしょうか。そうしていただければ、我々はすぐに動くことができますので」
確かに連絡もなく敵国の軍が入り込めば、戦争になってしまう。
「よく言ってくれた。さすがはマティアスじゃな」
それだけ言うと、儂は飛翔の魔導でヴォルケ山地に向かったが、途中で鷲獅子を見つけた。どうやら儂が呼びにいくと考え、迎えにきたらしい。
『あれは魔窟ができた証だ! 神狼は何をしているのだ!』
鷲獅子は怒りを見せるように翼を大きく羽ばたかせる。
「言いたいことは分かるが、今は魔窟を抑え込むのが先決じゃ。あの規模では儂と代行者全員が当たらねばならんじゃろう。すぐに鳳凰のところに行くぞ」
儂が飛ぶより鷲獅子の方が速い。
『不要だ。鳳凰も聖竜も向かっているだろう。まずは現地に向かうべきだ』
「確かにその通りじゃな。では、頼むぞ」
儂はそう言うと、鷲獅子の背に乗った。
代行者で最速を誇る鷲獅子であっても、千二百キロメートルほど離れたツィーゲホルン山脈までは五時間ほど掛かった。
昼過ぎに王都を出たため、まだ夜にはなっていないが、辺りは暗くなり始めていた。
「やはり神霊の末裔の塔が原因であったの。神狼は何をしておったのじゃ」
愚痴を零しながら近づくと、神狼が巨大な魔素溜まりを抑え込もうと力を行使していた。魔窟ができたと思っていたが、対応が早かったためか、まだ完全には魔窟化していなかった。そのことに安堵する。
その近くには真っ赤に燃える鳳凰の姿もあり、鷲獅子の予想が当たったようじゃ。
「何が起きた?」
儂が端的に聞くと、神狼が不機嫌そうな念話を送ってきた。
『阿呆が暴走を許した』
阿呆とは神霊の末裔の大導師ダグマーのことのようじゃ。
「なぜ止めぬ!」
『何度か見ているが、いつも通りであれば、暴走が起きてもあの者たちが処分し、問題はなかった。だが、今回に限ってはなぜか処分をためらっている。それで介入が遅れたのだ』
理由は分からぬが、いつもと違ったため、神狼も対応しきれなかったようじゃ。
「魔素溜まりは抑え込めそうかの?」
『我と鳳凰だけでは厳しい。鷲獅子と聖竜が加われば、何とかなるはずだ』
その言葉で鷲獅子が加わる。
すぐに聖竜も現れ、四体の代行者が抑え込み始めた。
「これは長丁場になりそうじゃの」
魔素溜まりの拡大は抑え込めたものの、流出する魔素の量が多すぎ、一日や二日で収まるとは思えなかった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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