第十話「軍師、新たな謀略を仕掛ける」
統一暦一二一七年三月十七日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
一昨日、親友であるラザファムが再婚した。
名門エッフェンベルク侯爵家の当主の結婚式ということで、王宮の大ホールを使った大々的なもので、国王夫妻も出席している。
ジークフリート王だが、二月一日に結婚した後、ひと月ほどかけてノルトハウゼンやマルクトホーフェンなどの北方の都市を巡り、地方の民にも顔を見せている。
国王は即位してからまだ行幸していない、西部のケッセルシュラガーやヴェストエッケにも行きたいようだ。特に父であるフォルクマーク十世が殺されたヴォルフタール渓谷で即位と結婚の報告をしたいと言っている。
しかし、ヴェストエッケまでは片道八百キロメートルもあるため、三ヶ月ほど王都を空けることになる。その調整に時間が掛かることと、山岳地帯を移動するため、気候のいい夏に行幸する方向で検討されている。
ラザファムたちだが、昨日王都から領地であるエッフェンベルク侯爵領に向かった。
生真面目な彼は王国軍の最高司令官が長期間不在になることを嫌い、最初は渋っている。
『今のところ帝国に動きはないが、王国軍を預かる司令長官の私が長期間、王都を空けることはまずいだろう。十日ほどで戻ってくるつもりだ』
『副司令長官のマティがいるんだから、一ヶ月ほどのんびりしてきたら。リーゼル殿とゆっくり話す時間もなかったのでしょ』
妻の意見に私も乗った。
『そうだね。軍の方はそれほど課題があるわけじゃないし、君がいなくても問題はないよ。それに何かあっても、君と護衛だけならエッフェンベルクから一日で戻って来られるんだ。その程度の時間なら問題ないだろう』
王都とエッフェンベルクは百キロメートルほど離れているが、身体強化が使えるラザファムなら一日で走り抜けられる。
『君がいるのだし、親子三人でゆっくりするのもいいか』
こうしてラザファムは新妻のリーゼルと長男フェリックスと共に領地に向かった。
彼に言ったように王国軍については大きな問題はないし、国政改革の方も順調だ。懸案である帝国も今は大きな動きはなく、比較的平和な日々が続いている。
帝国だが、モーリス商会への疑念は収まりつつあった。
運河建設計画を実行させ、帝国財政を更に悪化させることにも着手できている。
若手官僚を使った策だが、私としてはある程度上手くいっていると考えていた。
商務次官のハンス・ゲルト・カーフェンと財務次官のコンラート・ランゲは皇帝に疑われた上、モーリス商会の援助がなくなったため、無能を曝け出しつつあった。まだ、信頼を取り戻せる可能性はあるが、今は静観している。
そんな中、内務府の治安維持局のヨハン・ベーベルはモーリス商会の支援を受け、着実に成果を上げており、諜報局はヨーゼフ・ペテルセン元帥の手からベーベルに移りつつある。
カーフェンとランゲには支援できないが、ベーベルに支援できるのはカジノなどを運営しているガウス商会を隠れ蓑に使っているからだ。
モーリス商会への監視は強まったものの、元々取引のあるガウス商会に接触しても諜報員には通常の商売にしか見えない。
また、ベーベルは情報が集まるカジノや酒場を運営するガウス商会と懇意にしており、情報部が得た情報をガウス商会に流すことで、ベーベルは着実に手柄を挙げていた。
その結果、皇帝マクシミリアンの治安維持局に対する信頼度が上がっている。
(ベーベルは虚栄心が強い。彼に諜報局を仕切らせれば、ライバルたちを蹴落とすために使うはずだ。だから治安維持局長から諜報局長に横滑りさせた方がいい。マウラー元帥のような人はそうそういないし、もう少し手柄を挙げさせてやった方がいいだろう……)
モーリス商会が疑われた理由だが、情報を集めた結果、おおよそのところは分かっている。
それはマウラー元帥が疑念を抱き、遺言として皇帝に伝えたというものだった。
(帝国軍の人事に手を出す気は今のところないけど、そろそろ考えた方がいいかもしれないな。軍には優秀な人が多いし、特にエルレバッハ元帥は危険だ。彼を失脚させることは難しいけど、何か手を打った方がいいだろうな……)
ホラント・エルレバッハ元帥はマウラー元帥が退役した後、実戦部隊の実質的なトップである第一軍団長に就任した。
沈着冷静で戦略的な思考ができる優秀な将だが、人格者であり兵たちに慕われている。
そのため、第二のマウラーになるのではないかと危惧を抱いているが、帝国軍に関しては皇帝が完全に掌握しているため、謀略を仕掛けられずにいる。
そのことを妻に話すと、面白い提案をしてきた。
「来月早々には第三軍団が運河建設のためにザフィーア湖西岸に向かうわ。軍の上層部より出征続きの兵士たちに仕掛ける方が成功率は高いのではなくて?」
「具体的にはどうするんだい?」
「ザフィーア湖西岸の建設準備事務所の近くに酒場や賭博場、娼館がある慰安所を作るのよ。兵士たちは田舎だから暇を持て余すでしょうし、指揮官たちは兵士たちの士気を保つために認めざるを得ないわ。モーリス商会に頼めば、立派なものができるでしょうから多くの兵士が利用するわ」
そこで妻の言いたいことが何となく分かった。
「なるほど。兵士たちは運河の建設予定地に分散するけど、慰安所は一箇所だけ。そうなると離れた場所に配置された兵士が不満を持つ。定期的に休暇を与えるにしても、百キロも離れた場所に配置されたら行くに行けない。遠くの兵は不満が強くなるということかな?」
「そうよ。それに兵士たちに賭博の楽しさを教えておけば、野営地でも流行るはず。指揮官たちも娯楽を全面的に禁じることはできないでしょうから、賭博が蔓延することになる。それが行き過ぎれば、禁止されるでしょうから、兵士たちの不満は大きくなるわ。あとは他の軍団の兵士が帝都で楽しくやっているという噂を流せば、いずれ爆発するわね」
「なるほど。それは面白いかもしれない。ネーアーさんの話だと皇帝も第三軍団の兵士が不満を持つことを警戒している。その解決策という触れ込みなら皇帝もペテルセン元帥も警戒しないだろう。それに第三軍団長は新たに就任したキューネル元帥だから、軍団を完全に掌握しているとは言い難いしね」
昨年の十二月、第三軍団長であったカール・ハインツ・ガリアード元帥が退役した。
皇帝はマウラーが退役したことからベテランである彼を慰留したが、六十歳を過ぎたことと十年以上に渡り軍団長を務めていたことから、決断を翻すことはなかった。
その後任が第二軍団第三師団長だったアウグスト・キューネルだ。
剣闘士を思わせる風貌で猛将と思われがちだが、攻守のバランスが取れた良将で、グラオザント会戦でも活躍している。
しかし、第三軍団長に就任して僅か二ヶ月ほどであり、兵たちを完全に掌握しているとは言い難い。
ちなみにエルレバッハ元帥の後任である第二軍団長には、グラオザント会戦で騎兵を率いて活躍した第二軍団第二師団長ゲールノート・エーリングが就任している。
皇帝は、ここ数年は大規模な外征が行えないと考え、軍団長や師団長の若返りを図っていた。その隙を突く。
「そうね。それにモーリス商会がこの提案をしても疑われる心配はないわ。運河建設で潤うだけじゃなく慰安所でも儲けられるんだから」
「確かにそうだね。皇帝はモーリス商会が堅実に儲けていることで、私の謀略に加担していないと思っている。建設工事は金額こそ大きいけど、受注を優先したから利益率はそれほど高くない。その点、慰安所はコストを掛けずにしっかり儲けられるから、皇帝が疑うようなことはなさそうだね」
皇帝の近辺から漏れ伝わってきた話だが、モーリス商会の疑いが晴れたのは商会がきちんと利益を上げていることも商売に専念していると思われ、謀略に関わっていないと判断される材料になったらしい。
「あなたがフレディたちに言った、“商人は儲けることを忘れてはいけない”という言葉が役に立っているということね。さすがは“千里眼”ね。ここまで見通して発言していたとは思わなかったわ。フフフ……」
妻にからかわれるが、儲けを度外視していないことが皇帝の疑念を晴らしたことは事実なので言い返せない。
彼女の意見を採用し、モーリス商会の帝都支店に慰安所の設置を提案するよう連絡した。
数日後、ネーアーから皇帝の許可が得られたと連絡が入った。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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