第九話「皇帝、鷲獅子が祝福を与えたことを聞く:後編」
統一暦一二一七年三月五日。
ゾルダート帝国東部、帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。皇帝マクシミリアン
モーリス商会の帝都支店長ヨルグ・ネーアーが謁見を申し込んできた。
内容は運河建設に関する計画書が送られてきたので、確認してほしいというものだった。
(相変わらず動きが早いな……)
そう考えるものの、運河建設の話は既に昨年から出ていることであり、エーデルシュタインやザフィーア湖に拠点を持つモーリス商会なら何らかの提案をしてくることは予想していた。
ネーアーはいつも通りの余裕の表情で謁見の間に入ってきた。
彼ほどの切れ者なら、余が商会を警戒していることは知っているだろうが、これまで全く態度が変わっていない。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。ザフィーア湖とグリューン河を結ぶ運河の建設準備に係わる計画書が昨日、本店より届きましたのでお持ちいたしました」
そう言って数十枚の紙の束を捧げ持つ。
侍従の一人がそれを受け取り、余のところに持ってきた。
「計画の概要でございますが、先日提案いたしました軍団による準備作業のうち、測量期間に行うべき、作業内容でございます。具体的には物資や人員の受け入れを行う拠点をザフィーア湖西岸に設置すること、運河建設の効率化のため、予定ルート上に建設拠点を建設すること、その拠点への道路の整備計画と、それらの作業に必要な人員数と物資の量などをまとめております」
その話を聞きながら、計画書を見ていく。
(見事な計画書だ。ダニエル・モーリスの計画書も見事であったが、これもさすがと言わざるを得ない……特筆すべきは我が国の現状を完璧に把握し、自らの利益を確保しようとしているところだ。この計画を実行するなら自分のところを外すことはできないと言外に言っているようだな……)
必要な人員を作業項目ごとに割り出し、それをスケジュールに落とし込んで必要な物資の量を計算し、その輸送計画まで盛り込んであった。
「見事な計画書だな。これの見返りにモーリス商会を使えということか」
ネーアーは余の言葉に大きく頷く。
「その通りでございます。この計画を実行できる商会は、我が商会以外にはないと自負しております」
「その方の言う通りだな。帝国の商人にこれだけのことはできまい。だが、財務府で査定はさせるぞ。よいな」
「もちろんでございます。ですが、お手柔らかにお願いできればとも思っております」
そう言いながら視線を強めてきた。
融資の件で譲歩したのだから、この件では譲歩しろと言いたいのだろう。
「分かっている。それにそなたなら財務府の役人に粗を見つけられるようなものは持ち込まぬだろう」
ネーアーは余裕の笑みを浮かべる。
「評価いただき、ありがとうございます。では、お急ぎのようですので発注内示をいただいたということで、準備に掛かりたいと考えておりますが、いかがでしょうか」
「それでよい。遅くとも来月には第一陣を出発させたいと考えている」
軍団が出陣している間に食料の備蓄は増やしていたが、それも厳しくなりつつある。そのため、一刻も早く兵を動かしたいと思っていた。無論、そのことはネーアーも分かっており、今の提案をしてきたのだろう。
「承知いたしました。必ずやご満足いただけるようにいたします」
そう言って大きく頭を下げた。
彼らの行動を見る限り、我が国に謀略を仕掛けているとは考えられない。我が国が求めていることを的確に察知し、適正な利益を入れつつ食い込んでいるようにしか見えないからだ。
これで話が終わったと思ったが、ネーアーは顔を上げて話し始めた。
「ところで陛下はジークフリート陛下の結婚の式典に鷲獅子様がご降臨されたことをご存じでしょうか?」
突然話題が変わったことに驚くが、今一番気になっていることであり頷いて先を促す。
「うむ。余も昨日聞いた」
「そうでございましたか。私も昨日その話を聞き、驚きましたので、陛下に情報をお伝えした方がよいかと考えたのですが、必要なかったようです」
そこであることを思い出した。
「ライナルト・モーリスはその結婚の式典の準備に関わっていたと聞いた。ライナルトからの情報か?」
「はい、商会長より手紙がまいりました。陛下のおっしゃる通り、商会長は式典の差配を行うため王宮に滞在しており、鷲獅子様のご降臨に立ち会ったそうです」
「ほう。モーリスはどのような情報を伝えてきたのだ?」
余が真剣な表情で聞くと、ネーアーは驚いたような表情で首を横に振る。
「大した情報ではないのです。偶然、鷲獅子様のご降臨に立ち会えたことと、マティアス様より鷲獅子様のご降臨の目的を教えていただいたと書かれていただけですので」
「鷲獅子様の目的をラウシェンバッハが知っていただと?」
「直接聞かれたわけではなく、結婚の式典にご出席されていた大賢者様からお聞きなったそうです。マティアス様も突然のことで驚かれていたと書かれていました」
「それで目的は何と書かれていたのだ?」
「グライフトゥルム王家の血筋が細くなっていることを懸念されているとお伝えになりたかったそうです。実際、鷲獅子様は“そなたが伴侶を得ると聞き、ここに来た。フォルクマークの血筋を絶やすことなく、よき家庭を築くことを期待する”とおっしゃられたそうで、言葉以上の意味はなかったようです」
鷲獅子様の言葉については諜報員の情報にもあったが、ネーアーが言った言葉とほぼ同じだった。
「大賢者殿が鷲獅子様に確認したが、言葉以上の意味はなかったと」
「はい。ただ大賢者様は酷くお怒りであったそうです」
「怒っていた? それはなぜだ?」
意味が分からず理由を尋ねる。
「突然現れて国王陛下に言葉を掛けられましたが、大賢者様に何の相談もなかったそうです。大賢者様は一つ間違えば、王都が大混乱に陥り、式典が台無しになったかもしれないとお怒りになられ、マティアス様が宥めるのに苦労されていたと書かれていました」
ネーアーはそう言いながら笑っている。怒り狂う大賢者を宥めるラウシェンバッハの姿を想像したのだろう。
「確かに四聖獣様が突然現れれば、民たちは混乱するだろう。大賢者殿の怒りも分からぬでもないが、ラウシェンバッハもいい迷惑であっただろうな……」
今の話が本当なら、ラウシェンバッハが大賢者殿を通じて鷲獅子様を動かしたというわけでもなさそうだ。
ネーアーが下がった後、総参謀長のヨーゼフ・ペテルセンと今の話をする。
「卿はどう見た?」
ペテルセンは赤ワインのグラスを回しながらゆっくりとした口調で答える。
「素直に取るなら鷲獅子様の気まぐれということでしょうな」
「素直に取るならか……卿もラウシェンバッハが絡んでいると見ているのか?」
「どうでしょうな……」
そこでグラスに口を付け、一口飲んでから話を続ける。
「千里眼殿ならやりかねないと思いますが、今回のことでグライフトゥルム王国の戦略に大きなプラスになることは思いつきません」
「そうなのか? 鷲獅子様がジークフリートに期待していると宣伝すれば、民の忠誠心と兵の士気が上がる。余も鷲獅子様を警戒して戦争を手控えるしかない」
ペテルセンはグラスにもう一度口を付けてから首を横に振る。
「鷲獅子様の思いが本当にそこにあるなら効果的でしょう。ですが、鷲獅子様はラウシェンバッハのことを非常に警戒しておられました。もし、鷲獅子様の意図とは異なる言葉を広めれば、制裁を受けることは間違いないでしょう。そのような危険をあの天才が見逃すとは思えません」
「なるほど。確かに意図的に違う意味で宣伝に使えば、鷲獅子様を始めとした四聖獣様の制裁を受けるな。その程度のことをあの千里眼が気づかぬはずはないと。ならば、先ほどのネーアーの行動はどう見る?」
ネーアーは世間話のようにして伝えてきたが、何らかの意図があると思っている。
「陛下が過剰に反応しないように手を打ってきたのでしょう」
「ラウシェンバッハの指示か?」
「どうでしょうな。モーリス商会にとっても今の帝国に無謀な戦争を起こされては困るでしょう。モーリスがそのことに気づき、ラウシェンバッハに相談して、ネーアーに伝えさせたというところではありませんかな」
ペテルセンの意見を吟味する。
(確かにその可能性はある。ラウシェンバッハなら逆に余の危機感を煽り、無謀な戦争を起こさせ、帝国を更に疲弊させることを考えるだろう。そう考えれば、過剰に反応することは奴の手に乗るということだな……)
そのことを言うと、ペテルセンは首を横に振る。
「現在の王国の防衛体制は万全ですし、我が国が全力を挙げてもシュヴァーン河を越えることは難しいでしょう。ですから、無謀な戦争を仕掛けさせるという策は一見あり得そうですが、私が千里眼殿なら使わないでしょうな」
意外な答えが返ってきた。
「それはなぜだ?」
「昨年の大陸会議において、ラウシェンバッハは四聖獣様の力を利用しているのではないかと疑われています。そのような状況で鷲獅子様のお言葉を謀略に利用することはないでしょう」
「確かにそうだな。そうなると、やはりこの件は静観した方がよいということか」
余の言葉にペテルセンは満足そうに頷き、グラスに口を付けた。
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