第八話「皇帝、鷲獅子が祝福を与えたことを聞く:前編」
統一暦一二一七年三月四日。
ゾルダート帝国東部、帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。皇帝マクシミリアン
モーリス商会の監視を命じてから一ヶ月ほど経った。
今のところ、怪しげな動きは見えず、商会に関するマウラーの懸念は杞憂ではないかと思い始めている。
但し、新たな改革案に対する懸念は正鵠を射ていた。
先月から商務府が本格的に動き始めたが、組織として未熟すぎ、次官であるハンス・ゲルト・カーフェンの提案した大胆な改革案ができる状況ではなかった。
大々的に発表していた手前、取りやめることはしないが、すぐに計画の修正を命じ、企業支援局の発足時期を四月一日から来年一月一日に先延ばしにした。
肝となる企業支援局の発足が先延ばしになったため、超低金利の融資も来年以降に実施することとなった。
また、コンラート・ランゲの売上税についても無期延期とした。
諜報局に調べさせたところ、ほとんどの商人は売上税の仕組みを理解しておらず、来年一月から実施しても混乱が起きるだけだと分かったためだ。
これらのことを発表したため、モーリス商会の帝都支店長ヨルグ・ネーアーが抗議に来ている。
『我が商会の融資の条件は貴国が早期に財政再建を果たすことであったはずです。前提条件が崩れるのであれば、融資の件は凍結するよう本店に連絡いたします』
彼の言っていることは正しいが、ここで融資が途切れれば、兵士や役人への給与の支払いにすら支障が出る。遅配となれば、兵士たちの心が余から離れることは必定だ。
そのため、ネーアーを宥めすかし、担保を増やすことでとりあえずの資金を確保した。
これらの対応により、財務府と内務府の内部にも混乱が広がっている。
財務尚書のフェルディナント・ザイデルマンはランゲに賛同する者たちを冷遇し始めた。まだ人事権を使った脅しまではしていないが、尚書の圧力によって役所内が委縮しているという情報が入っている。
商務府は更に酷い状況だ。
尚書のベンヤミン・ホランドは企業支援局に配属予定だった者を一度すべて白紙に戻した。理由は設置時期が半年以上先延ばしになったのだから、総督府を含めて優秀な人材を募るべきだというものだ。
一見すると妥当な判断に聞こえるが、準備室の設置すらままならぬ状況であり、明らかに嫌がらせだ。本来なら余が窘めて正常化を図るべきだが、カーフェンの提案がラウシェンバッハの謀略ではないという確信が持てないため静観している。
唯一、まともに動いているのは帝国中部での運河建設事業だ。
これについては業を煮やしたネーアーが提案してきたのだ。
『現在、帝都には多くの兵士がいますが、訓練以外にすることがありません。それならば、一個軍団程度をザフィーア湖西岸に送り、運河建設の準備を行わせてはいかがでしょうか。物資の調達などは我が商会が全面的に協力いたしますので、その点はご安心ください』
本来なら長期の遠征の後であり、兵たちにはゆっくりとさせてやりたいが、帝都の食料事情も改善しておらず、このまま四個軍団を遊ばせておけば、食料品の高騰で民たちの支持を失いかねない。
運河の建設の優先順位は低いが、ザフィーア湖西岸なら穀倉地帯に近いため、輸送面で有利だ。
そのため、ネーアーの提案に乗るしかなかった。
既に計画を立ててあったのか、物資の調達計画は完璧で、来月には第三軍団を送り出すことができる。
(こう考えると、モーリス商会が謀略の片棒を担いでいるというマウラーの警告は的を外していたかもしれんな。まあ、彼のお陰で大混乱を防ぐことができたのだから感謝しかないが……)
そんな状況の中、驚くべき情報が入ってきた。
それはグライフトゥルム王国国王ジークフリートの結婚の式典に鷲獅子様が現れ、祝福を与えたというものだ。
余はその情報を聞き、驚くと共に脅威を感じていた。
■■■
統一暦一二一七年三月四日。
ゾルダート帝国東部、帝都ヘルシャーホルスト、モーリス商会帝都支店内。支店長ヨルグ・ネーアー
我が商会への監視は未だに続いている。
しかし、以前よりも監視の目は緩やかになっており、疑いが晴れつつあると感じていた。
これはすべてマティアス様のお陰だ。
焦らず今まで通りに行動するようにとご指示を受けた後、更に追加で策を授かっている。
それは皇帝の最も喫緊の課題、帝都の食料問題で緩和策を提案することだ。
帝都の食料事情を悪くしているのは、供給の面では輸送量が足りないからだが、消費の面ではすべての軍団が帰還したことが大きい。
そのため、穀倉地帯に近いザフィーア湖西岸に一個軍団三万を送り、グリューン河と結ぶ運河建設の準備を提案した。もちろん、その移動と補給計画を立てた上でだ。
皇帝自身も軍団を中部に移動させるべきだと思っていたが、出征から戻ってきたばかりの兵士を再び送り出すことに躊躇いがあった。
また、三万人も人を動かすには綿密な計画が必要であり、その準備には時間が掛かる。
マウラー元帥が退役し、軍団の上層部が変わったことで、補給計画を立てる参謀たちにも異動があり、軍団を動かすような大規模な計画をすぐに立案できる状況になかったのだ。
更に運河建設で必要になる工具などの物資も我が商会で手配している。こうしておけば、優先度が低い運河建設に着手せざるを得ず、帝国の財政は更に悪化するはずだ。
マティアス様は皇帝の背を押すべく、運河建設計画を送ってこられた。
それが本日届いたのだが、その三十ページにも及ぶ綿密な計画書を見て嘆息する。
(マティアス様はいつの間に運河建設計画を立てられたのだろうか……)
計画では建設準備として、最初の拠点となる建設事務所を設置し測量を実施させる。また、測量の時間を利用し、想定されるルート上に物資集積所と作業員の宿泊施設を組み合わせた建設拠点を複数個所建設するとされていた。
更にその建設拠点を繋ぐ街道の整備を行うことや、それらに必要な人員や期間、物資の量などが綿密に計算されていた。
これを帝国政府に提出し、我が商会が物資の調達等で食い込んで利益を得つつ、皇帝の疑念を払拭するようにとあったのだ。
(この計画書を見たらやる気になることは間違いない。だが、本当に成功しないのだろうか……まあ、あのマティアス様が間違えることはないと思うが……)
その計画書と共に国王陛下が鷲獅子様の祝福を受けられたという情報が届いた。もっとも私は長距離通信の魔導具で一ヶ月前に聞いていたが、この情報を受けた皇帝が過剰に反応する可能性があり、対応方針も伝えられている。
『計画書と一緒にライナルトさんからの手紙が届きます。ネーアーさんは計画書を皇帝の下に届け、その際に雑談を装ってこう伝えてください。“鷲獅子様はグライフトゥルム王家の血が途絶えることを懸念していると大賢者様がおっしゃっていた”と。皇帝もそのタイミングでは聞いているでしょうが、こう言っておけば、すぐに暗殺という手段を採ることはできなくなりますので』
あの強大な力を持つ鷲獅子様が国王陛下を支持したとしたら、王国を攻めることは難しくなる。そうであるなら、暗殺という手段で国王陛下を排除しようとするだろう。
しかし、鷲獅子様のご懸念が、グライフトゥルム王家の血筋が絶えることであるなら、陛下に御子がいないこのタイミングで、暗殺という手段を採ることは危険だと皇帝も考えるはずだ。
計画書が届いた翌日、皇帝に謁見するため、私は白狼宮に向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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