第七話「大導師、研究が進むことを喜ぶ」
統一暦一二一七年二月三日。
オストインゼル公国北西部、ターフルト村。アヒム導師
塔の命令を受け、夜の暗殺者を指揮し、研究素材である若く才能のある武芸者を集めている。
今日もターフルト村という寒村に若い武芸者がいると聞いてやってきたが、その師が激しく抵抗し、五名の夜を失った。
(大導師様のご命令とは言え、効率が良いとは言えぬ。だが、大賢者が懸念を示した以上、早急に結果を出さねばならぬ……)
当初は穏便に勧誘していたが、大陸会議で大賢者が我が組織に懸念を示したと周知されると、話を聞く者は皆無となった。
それでも命令に変更はなかった。二十代半ばまでの武芸者を月に一名以上、塔に送らねばならないとうノルマがある以上、強引な手を取らざるを得ない。
その結果、この一年ほどの間に今日を含め、十名の夜を失った。暗殺任務でもこれほどの損失は滅多にない。
(急がねばならんことは理解するのだが、魔導を使わざるを得ない状況に頻繁になるなら、任務自体のやり方を変えるべきだろう……)
今日の武芸者はこれまでで一番腕が立ったため、魔導師である私が魔導を使わざるを得なかった。
戦争ではないし、大規模な魔導ではないため、使うこと自体は禁忌ではないのだが、この任務で魔導を使うことは塔から禁じられている。
理由は魔導を使えば痕跡が残るためで、大賢者や四聖獣に見つかれば、制裁を受けるためだ。
そんなことを考えていると、捕らえた若者が私を睨みつけていた。
「師匠をよくも……殺してやる!」
殺意を向けてくるが、三人の夜に押さえこまれているため、身動きすることすらできない。
本来なら薬物で眠らせるのだが、気になることがあり、意識を刈り取らなかったのだ。
「なぜ夜だと分かった?」
夜の存在は恐怖の代名詞として、幼い子供すら知っている。しかし、その姿を見た者は非常に少ない。
暗殺対象は見た瞬間に死んでいるためだが、依頼者側、すなわち高い依頼料を支払え、我らに伝手がある有力な権力者は非常に少ない。国の支配者、王家か重臣の一族くらいしか、我が組織に依頼できないためだ。
つまり、この若者は一国の中枢にいる権力者側の一員だった可能性が高いということだ。そして、私にはある人物の名が浮かんでいた。それを確認しようと考えている。
「……」
私の問いに睨みつけるだけで答えようとしない。
「しゃべる気はないか……グレゴールと言ったな。いや、グレゴリウス王子と言った方がよいかな」
私の言葉にグレゴールが反応する。
「……夜がなぜ俺を狙う?」
自ら認めてくれた。私の勘は正しかったようだ。
「狙ってなどおらぬ。偶然、そなただと分かったのだ」
「何……」
訳が分からず、目を見開いている。
「そなたは一昨年の夏、ここに漂着したそうだな。当時、グレゴリウス王子、いや、国王グレゴリウス二世は帝国の工作員に騙されて帝都に送られたが、その船は遭難し行方不明になった。それだけなら確信は持てなかったが、我が部下のことを夜と言ったことで、グレゴリウスである可能性に気づいた。つまり、そなたの方から教えてくれたということだ」
私の言葉に悔しげな表情を浮かべている。
「知りたいことは聞けた。眠らせろ」
私が命じると、夜の一人が眠り薬をグレゴリウスの口に突っ込む。
彼は抵抗したが、数滴でも効果があるため、すぐに意識を失った。
(グライフトゥルム王家の一員なら大いに期待できる。直ちに塔に送らねばならぬな……)
私は思った以上の成果に満足していた。
■■■
統一暦一二一七年三月四日。
ゾルダート帝国南東部、ツィーゲホルン山脈、神霊の末裔の塔。大導師ダグマー
数日前、グライフトゥルム王国の国王ジークフリートの結婚の式典に鷲獅子が現れ、祝福を与えたという情報が入ってきた。
(あの王には常に助言者が付いていた。そして、鷲獅子が祝福を与えた。つまりジークフリートが神になると期待している。それも今までにないほど大きな期待のようだ……)
助言者と代行者は我ら人族が得られないほどの力を持っている。しかし、力があるだけで神の復活に、代行者である四聖獣は積極的に関わってこなかった。
その助言者も千年五百年もの間、手を拱き続けていた。その結果、この世界は危機に瀕している。そのことに我ら神霊の末裔は強い不満を持っていた。
(神の復活は何にも代えがたい重要なことだ。それを運任せにしている奴らに神の側近としての資格はない。何としても我らが神を復活させねばならんが、鷲獅子が祝福を与えるほどだ。近い将来、神として必ず覚醒する。我らに与えられた時間は少ない……)
そんな焦りを感じていたところに、オストインゼルに派遣していた素材収集部隊が戻ってきた。
本来十二人いるはずの夜が七人しかいない。それなのに素材はたった一人だ。
「アヒム導師、計画ではそなたの帰還は六月だったはず。夜の補充のために戻ってきたのか?」
アヒムは比較的若い導師だ。若いと言っても真理の探究者のように百年も生きていないのに導師になれるわけではなく、彼も三百歳を超えている。
昨年の遠征でも五名の夜を失い、一度戻っていた。
「よい素材を得ましたので急ぎ戻ってまいりました」
「よい素材だと? そのような報告は聞いておらぬが?」
「報告のために護衛を減らすことは危険だと判断しました。この素材ですが、グライフトゥルム王家の血を引いております」
その言葉に強い衝撃を受けた。
「グライフトゥルム王家の血……」
「はい。元第二王子、グレゴリウスでございます」
「グレゴリウス王子だと! それは真か」
常に感情の揺らぎを抑制すべき大導師でありながら、思わず声を上げてしまう。
「はい。状況的に間違いありませんし、本人も認めております」
アヒムは僅かに弾むような声で報告する。
声を弾ませるなど導師としてはあるまじきことだが、私自身が感情を制御しきれていないため、咎められない。
アヒムの言葉で拘束されている若い普人族の男を見た。
反抗的なところは見られず、すべてを諦めたような目をしている。
「移動中に心を折っておきました。この後に希望を与えれば、我らの役に立つことでしょう」
素材は優秀な武芸者が多く、なかなか屈しない。そのため、塔に運び込んでも反抗心を完全に消し去るまでに時間が掛かった。
反抗心を消し去っても廃人のようになったのでは意味がない。自発的に我が塔に協力するよう忠誠を誓わせる必要がある。そのため、心を折った後に希望を与え、塔に忠誠を誓うように誘導してから魔導器の改造に着手するのだ。
これがかなりの手間で、それを省いてくれたことに満足する。
「素晴らしい。では、研究棟に運び込んでおくように」
アヒムはグレゴリウスを引きつれ、研究棟に向かった。
数百年ぶりに心が躍る気分だった。
(これで遅れを一気に取り戻せる! 我らには神のご加護がある!)
グライフトゥルム王家には先代の神の血が流れている。更に助言者によって血が薄まらないに管理もされていた。我らの技術を王家の者に導入できれば、非常に強力な魔導師、神を生み出すことができるはずだ。
私は研究部門の導師を呼び出し、直ちに改造措置を施すよう命じた。
「精神状態を確認後、問題がなければ最優先で処置を行え」
魔導器の改造による超人化には、改造自体に二ヶ月、その後の訓練に三年ほど掛かる。
神と呼ばれるほどの魔導師になるためには、更に五年以上掛かるだろうが、我らにとっては僅かな時間といえる。
(これで十年以内に神が復活する! 私の名は未来永劫、歴史に刻まれるだろう! これであの鬱陶しい助言者や代行者たちを黙らせることができる! 我らの考えが正しかったという事実を彼らに叩き付けてやろう!)
気分が高揚するが、すぐに冷静さを取り戻す。
(この事実に気づかれてはならぬ。特に近くをうろつく神狼に知られれば、この塔ごと潰されてしまうだろう。何と言っても奴は神に盲従しているのだ。我らの成果を偽の神として抹殺することは容易に想像できる……)
私は素材収集作業の縮小を命じた。
(そろそろ助言者が気づいているだろう。それにこれまでの収集で多くの夜を失っている。最高の素材が手に入った以上、成功は約束されているのだ。無理をする必要はない……)
私は成功を確信した後、神狼対策について考え始めた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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