第六話「グレゴリウス、暗殺者と死闘を繰り広げる」
統一暦一二一七年二月三日。
オストインゼル公国北西部、ターフルト村。元第二王子グレゴリウス
オストインゼルの田舎の寂れた漁村、ターフルト村で師匠であるダグマル老に拾われてから一年半ほど過ぎた。
師匠は“鬼現流”という流派の達人で、厳しい修行の毎日を過ごしている。
鬼現流は一応剣術だが、剣だけでなく手足や投擲も使う実戦的な珍しい流派だ。
珍しいが、マルクトホーフェンに住んでいる頃、祖父ルドルフが見つけてきた武芸者が偶然同じ流派であったため、戸惑うことはなかった。
師匠からは何も言われていないが、あと二年もすれば皆伝を授けられそうだと勝手に思っている。
それほど充実した日々を送っているということだ。
今日の修行を終え、晩飯の用意をしていた。
元王族ということで料理など全くやったことがなかったが、この一年半でそこそこ食えるものが作れるようになっている。
(王都で窮屈な思いをしていた時とは大違いだ。俺にはこんな生き方の方が合っている。この生活が長く続けばいい……)
そんなことを考えながら晩飯を作っていたが、いつもは飄々としている師匠が険しい表情で俺たちが住む小屋に入ってきた。
「グレゴール、逃げる準備をするんじゃ」
突然の言葉に驚く。ちなみにグレゴールは俺の偽名だ。
「何があったんですか?」
「分からん。じゃが、怪しい者が村に入り込んでおるらしい。儂らのことを聞いて回っておると、村の者が教えてくれた。最近噂になっておる武芸者の行方不明と何か関係があるかもしれん」
村の中心部からは離れているが、俺たちも村人と交渉がないわけじゃない。修行の合間に魚や貝を獲り、それを売りにいっているためだ。
当然、村人と話す機会があり、行商人たちから聞く噂話なども教えてもらっている。
その噂話の中に、最近この国で若い武芸者が何人も行方不明になっているというものがあった。その武芸者たちだが、修行のために人里離れた場所にいる者ばかりで、忽然と消えているらしい。
逃げると言っても個人的な持ち物はほとんどないから、準備はすぐに終わる。
「準備はできましたけど、どこに行くんですか?」
師匠に聞くが、答えが返ってこない。
「師匠?」
師匠は扉の隙間から外を見ている。
「囲まれたの……儂に分かる範囲じゃが、十人ほどじゃ。これはまずいの……」
師匠は愛用の短めの剣を引き抜くと、俺の方を見た。
「森に逃げ込む振りをして、海に飛び込め。奴らの動きを見る限り、森の中では儂でも相手にならぬ。真冬の海じゃが、普段魚を獲っておるお前なら岩場の陰に隠れればやり過ごすことができるかもしれん」
鬼現流の達人である師匠が相手にならないと聞き、驚きを隠せない。
師匠は若い頃、武者修行で各国を回った。その際、グランツフート共和国の英雄、ゲルハルト・ケンプフェルトと手合わせしたことがあるほどの腕を持つ。
「一緒に飛び出すぞ。その後は儂に構わず走れ」
「嫌です! 俺も師匠と一緒に戦います」
「お前の腕では足手まといじゃ」
そう言われると返す言葉がない。
師匠は俺の返事を待つことなく、扉に手を掛けた。
「では行くぞ」
師匠は七十を過ぎているとは思えないほどの鋭い動きで飛び出した。
俺も身体強化を施してそれに続く。
師匠は誰何をすることなく、正面にいた黒ずくめの男を斬り捨てる。
取り囲んでいた者たちはいきなり攻撃してくるとは思っていなかったようで、僅かに動きが乱れた。
「行け!」
俺はその言葉に従い、右手にある森に向かって走り出した。そして、すぐに左に向きを変え、海に向かって加速する。
しかし、その行動は読まれていたようで、二人の敵が素早く行く手を阻んだ。
「邪魔だ!」
俺は腰を落としながら、更に爆発的な加速で敵に接近し、胴を薙ぐように斬った。だが、敵は俺の渾身の一太刀を軽く受け流すと、足を払いに来た。
その予想外の攻撃に僅かに反応が遅れ、足を取られた。
転倒こそ免れたが、それで足が止まり、完全に逃走経路を塞がれてしまう。
「貴様ら、夜だな。誰に頼まれた!」
叔父が雇った暗殺者、夜を一度だけ見たことがあった。彼らの装束が似ている気がしたのだ。夜でなくとも相当な手練れであることは間違いない。
(夜が相手なら逃げるのは無理だな。なら、師匠と一緒に一矢報いた方がいい……)
俺は逃げることを諦めた。
このまま強引に突破しようとしても、夜を相手に暗闇の中を俺の腕では簡単に殺されてしまうからだ。
別方向に逃げる振りをして、小屋の方に戻る。
そこでは師匠が四人の敵と斬り結んでいた。
「凄ぇ……」
思わず声が出るほど凄まじい戦闘が繰り広げられている。
暗殺者たちは代わる代わる斬り付けるが、師匠は体術を駆使しながら躱し、剣と蹴りを繰り出していた。まるで優雅な舞のようで、その華麗な動きに暗殺者たちは翻弄されている。
師匠の足元には二人の暗殺者が倒れていた。
これなら何とかなるかもと思い、俺は師匠の邪魔にならないところで攻撃に転じることにした。
しかし、すぐに俺では手も足も出ないことを思い知らされる。
繰り出す剣は簡単に弾かれ、蹴りも拳も届かない。偶に剣が掠めるが、鎖帷子を着ているようで傷すらつかなかった。
「痛っ!」
暗殺者の漆黒の剣が俺の右腕を斬り裂いた。だが、血は流れているものの傷は浅く、戦いに支障はない。
「大丈夫か、グレゴール!」
「問題ありません。敵は夜のようです」
「夜じゃと……あの暗殺者がなぜ……」
師匠はそう呟きながらも暗殺者たちの攻撃を捌いていく。
俺も二人の暗殺者を相手に必死に剣を振るっていった。
■■■
統一暦一二一七年二月三日。
オストインゼル公国北西部、ターフルト村。武芸者ダグマル
儂は漆黒の装束を纏った暗殺者と斬り結んでいる。
(グレゴールは夜じゃと断言したが、間違いないようじゃの。それにしても見ただけで夜と分かるとは、奴は何者なのじゃ?)
そんな疑問が頭に浮かぶが、今は目の前の敵を倒すことに集中する。
(よいぞ、よいぞ。儂の最後に相応しい相手じゃ。もっと掛かってこい!)
本来の目的はグレゴールを逃がすことだったが、今は純粋に戦いを楽しんでいる。
(これほど滾るのはケンプフェルトと戦って以来じゃ……)
四十年ほど前、グランツフート共和国の首都ゲドゥルトに武者修行に行った際、当時新進気鋭の武人、ゲルハルト・ケンプフェルトに挑んだことがある。
奴は当時二十代半ば、儂は三十前半と互いに脂が載っている時だった。それでも奴には歯が立たなかった。しかし、不思議なほど悔しさは感じなかった。強敵とまみえた満足感の方が強かったためだ。今も同じような気持ちになっている。
八人の暗殺者が巧みに身体を入れ替えながら斬り込んでくる。
儂はそれを脚、腕でいなし、敵の急所に剣を突き入れていった。儂の着物は既に敵の返り血で真っ赤に染まっている。
「その程度で儂を殺すことはできぬぞ!」
激しく動いているが、まだまだ動けると実感していた。
(あと三人ほどは道連れにするかの……グレゴールを助けられなかったことだけが心残りじゃが、相手が相手じゃ。最後に二人で華々しく散るのも一興かの……)
そんなことを考えながら剣を振るう。
儂の後ろではグレゴールも健気に戦っており、相手が焦れ始めていた。
「埒が明かぬ」
暗闇の中からくぐもったような声が聞こえた。
その直後、シュッという空気を斬り裂く音が耳を打ち、強い衝撃を腹に受けた。
「グハッ! ま、魔導じゃと……」
儂の目の前に白い仮面を被ったローブ姿の魔導師の姿があった。
「まだやられはせぬ……」
そう言って立ち上がろうとしたが、暗殺者たちが殺到してきた。
(ここで終わりかの。最後の魔導は興醒めじゃが、儂の最後に相応しいかもしれぬの……)
そんなことを考えていたところに敵の剣が喉を切り裂いた。
「師匠!」
グレゴールの声が遠くに聞こえていた。
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