1.担当者会議~事実の確認~(その1)
「報告書でもお伝えしましたが、私たちを取り巻く状況がかなりおかしな……はっきり言えば完全に想定外の方向に動きつつあります」
「そのようで……」
何とも言えない表情――歴戦の悪魔にしては珍しいかもしれない――で小さく頷く「上司」に軽く一礼して、シーラ嬢は言葉を続ける。
「その事を踏まえて、現在の状況を再確認しておきたいのと……依頼時には不要と考えてお話ししませんでした情報のあれこれを共有しておきたいと考え、上司さんにご足労をお願いしました。お手間をおかけした事はお詫びしますわ」
「いえ……こちらもそれとなく事態の推移を注視してはいたのですが……まさか……こんな事になるとは夢にも思わず……」
「然様ですわね。ですが、その話は少し措いておくとして……まず、そもそもの問題となった私とレクサンド殿下の婚約、その発端からご説明させて戴きます。悪魔のお二方は既にご存知かもしれませんが、一応は事実確認という事で」
そう前置きしてシーラ嬢が述べた内容を要約すると……そもそもの発端は、嘗て第一王子と第二王子が揃って病弱であった事に起因するらしい。
通例なら国王就任などの目は無い第三王子であったが、上二人が揃って病弱である事に鑑みると、ひょっとして王位継承のお鉢が廻って来ないとも限らない。そんな事態に備えて、予め有力な後ろ盾と優秀な婚約者を宛がっておこうと考えた王家の依頼――より正確には嘆願――によって、シーラとレックスの婚約が整えられたのであった。
「物心付く前にあんなハズレを掴まされた私の心情はさて措きますが……その後、上のお二人の健康状態は改善し、レクサンド殿下が王位に就く目はほぼ無くなりました。それと歩調を合わせるようにして、殿下の残念っぷりが露わになってゆきます」
その現状というか惨状を弁えている悪魔二名は、神妙な顔をして頷いた。……シーラ嬢への大いなる同情を滲ませて。
「現状では殿下は入り婿として当家に入る可能性が高く、それはつまり、当家が殿下という爆弾……危険要因を抱え込む事に他なりません。言い換えると殿下は、今や『奇貨』から『奇禍』へジョブチェンジしたわけです」
ここへ至ってデュモア家でも、レクサンド王子の切り捨てを真剣に考え始めたらしい。幾ら現王家の血縁と言っても、お家衰退の原因となり得る者など欲しくはない。
「そんなところへ降って湧いたのが、あのサンドラという小娘……見ようによっては当家の救世主でした」
バカが小娘にコロリと籠絡された事で、婚約解消の筋道が見えてきた。あとはこのまま望ましい展開に持っていくだけだが、一方でバカどもがはっちゃけ過ぎて、学園に迷惑がかかるのは好ましくない。
「……なるほど。それでああいったご依頼になったわけですか」
「えぇ。ですが、当初の予定は完全に破綻したと考えるほかありません。寧ろこのまま流れに従って、彼女を聖女に祭り上げた方が良いかもしれません」
「確かに……」
確かに、ここまで状況が変わっている以上、以前の計画がそのまま使えるわけが無い。計画を練り直すにしても、対象の聖女疑惑を利用した方が良いくらいの事は、誰にでも思い付く。
しかし……
「対象の取り巻きたちがそれを受け容れるでしょうか? 教会に取り込まれて聖女になってしまえば、王族との婚姻は難しくなりますが」
そもそもの話、シーラ嬢の婚約者である――もしくはあった――第三王レクサンドが小娘に籠絡されたのが発端であった筈。そのバカ王子が小娘と別れる事を承知するか?
ヘクトーの懸念は当を得たもののように思えたが、「上司」の方はまた別の視点を持っていた。
「いや……このまま話が進んでしまえば、小娘はバカ王子のものとなる。つまり、取り巻きたちはご褒美を貰えない。しかし、もしも聖女ルートに進んだら……」
「……立場が一転して、小娘と結婚できないのは王子の方。逆に、取り巻きたちには結婚の目が出てくる……なるほど」
「上司」の説明に得心顔のヘクトーであるが、ここで読者諸氏の便宜を慮って、この世界の「聖女」というものについて説明しておこう。
ラノベにおける「聖女」と言えば、生活を不当に厳しく律せられて、国を護る結界のために魔力を吸い尽くされるか、或いは僻地へ飛ばされて休む間も無く治癒魔法を使わせられた挙げ句、異世界から新たに召喚された聖女に取って代わられ、王子との婚約も破棄されて、ボロ雑巾のように捨てられる……そういった展開が定番であろう。
しかしながらこちらの世界の「聖女」はそれとは違って、寧ろ地球世界におけるリアルの「聖人」に近い部分があった。
一言で云えば聖女とは「神に愛された者」であり、もっと明け透けに言えば、教会が王国の権威に対抗するために掲げるイメージガールのようなものである。その身の上に奇跡が起きた者を、神の加護を受けた者だとして聖人・聖女認定し、彼らを教会が保護する事によって、〝教会は神の恩寵を受けた者の保護者であり、神の側に立つ存在である〟――と民衆にアピール、民の力を背景に王国に対して圧力をかける……そういった生臭い思惑の下に選ばれる存在なのであった。