第9話 変わってしまった従兄(後)
今回も、和也視点の話です。
こうして、ミズキちゃんとの生活が始まったのだが。
最初に呑気に考えていた、”女の子”と共同生活で起こる。
トラブルを早々に、身をもって体験する事となった。
それは、ミズキちゃんが来て翌日の事である。
「ねえ、カズちゃん」
「なに、ミズキちゃん?」
「あのね〜、お願いがあるのだけど。
どうしても、重くて動かないから。
後で、机とか動かして欲しいんだけどなぁ〜」
「うん、いいよ」
「ありがとう、カズちゃん♪」
たまたま僕が部屋にいる所を、ミズキちゃんが入ってきて。
僕を伺うように見ながら、両手を合わせて頼んできた。
それを見た僕が、特に用も無いので了承すると。
彼女が、嬉しそうにお礼を言う。
・・・しかし、そう言う仕草を見ると。
元々からの、女の子にしか見えないよね・・・。
・・・
それから、机などを動かした後。
ウッカリ、言ってはいけない地雷を踏んだので。
慌てて、部屋を出ようとして、彼女の荷物を倒してしまう。
「あれ?」
「えっ!」
その倒れた荷物から、カラフルな色の物が出てきた。
それらは小さな布地で、単色から花柄や縞模様までの、様々な種類の布で。
しかも、小さなリボンはもちろん。
中には、レースやフリルなどで飾り付けられた物もあった。
始めは、何が何だか理解できなかったので。
その布地を、ジッと見ていたら。
「(たたたたっ! さっ!)」
「・・・カズちゃん。
お願いだから、出て行ってちょうだい・・・」
ミズキちゃんが僕の前に出て、その物を隠しながら。
涙目になって、僕にそうお願いしてきた。
彼女のその行動から、その物が何かをやっと理解する。
出てきた物は、ミズキちゃんの下着であった。
僕は、同年代の女の子の下着なんで、直で見たことが無いのと。
突然出てきたので、分かるまで時間が掛かったのだ。
「ご、ごめんなさい〜!」
ミズキちゃんが、今にも泣きそうな表情になったので。
僕は、慌てて彼女の部屋を出て行ったのだった。
************
それから、その翌日。
「ねえ、カズちゃん」
「ん、なに〜?」
「私と一緒に、近所を散歩しない?」
「ん〜、特に予定は、何も無いから。
一緒に、行っても良いよ」
「うふふっ、ありがとう〜」
まだ午前中の居間で、ソファーに座りながら、ボンヤリとテレビを見ていたら。
ミズキちゃんが、散歩に誘ってきたので返事をすると。
彼女は、とても嬉しそうに顔をした。
それで二人で散歩に出かけたのだが。
彼女は、僕と会話しながら歩くのが楽しいらしく。
見ていても、ウキウキしながら歩いているのが、良く分かる。
こうして、目的もなくブラブラ歩いていたら。
集落の端にある、お宮へと着いた。
「はあ〜、気持ち良い〜」
お宮にある林に入ると、涼しい風が吹いていたので。
ミズキちゃんが手を広げ、風を全身に浴びて始めた。
その様子は、女の子が自然と戯れる姿として、何の違和感も無かった。
「あははっ、ミズキちゃん。
そうやっていると、本当に女の子なんだな〜」
思わず僕は、そう言って笑ったのだが。
それを聞いた彼女が、少し顔を曇らせた。
「・・・ねえ、ミズキちゃん」
「なに?」
「突然、女の子になってしまって大変だったね」
「・・・うん」
急に、表情が変わった理由が。
突然、性別が変わった事だと、何となく分かった僕は。
ミズキちゃんに、そう言うと返事をしてくれた。
それからミズキちゃんは、僕の所に来るまでの顛末を話し始める。
普通の風邪だと思っていたら、段々と重症になり。
三ヶ月間入院して、苦しんだ後、楽になったかと思ったら。
知らない間に、女の子になってしまった事。
初めはパニックになったが、それを受け入れるしかなかった事。
そして、周囲の状況が変わり、向こうに居られなくなった事。
そんな事を彼女は、目に涙を貯めながら話してくれた。
僕はミズキちゃんに、何かを話そうとするが。
何と言って良いのか、分からなかった。
「そんな状況で、カズちゃんの所に来たんだけど。
ここに来るまで、不安で不安で仕方がなかったの。
カズちゃん達にまで拒否されるのじゃないかと・・・」
「僕たちはそんな事はしないよ!」
「うん、こんな私でも受け入れてくれた・・・」
思わず声を荒げて、僕は反論する。
「でも、私の体の事が知られたらと思うと、どうしても不安は続くし。
それに・・・」
「それに?」
「さっきみたいに、”女の子らしい”と言われると。
その言葉を否定したくなる自分と、嬉しくなる自分が居て、混乱するの。
だから、みんな含めて、自分がどうしたら良いのか分からなくなるのよ・・・」
そう言うと、ミズキちゃんは手を顔に当て、俯いてしまった。
どうやら彼女は、今までの経緯から、自分の事を知られるのを恐れているのと。
まだ女の子になった事を、完全には受け入れ切れてないのだろう。
そうやって俯いた姿は、昔、僕が後を追った頼もしい姿では無く。
とてもか弱い女の子にしか見えない。
彼女の姿を見て、昔の事を思い出していたら。
同時に、ある事も思い出したので、やってみることにする。
「(すーっ、すーっ)」
泣いているミズキちゃんの頭に手を乗せ、撫でてやった。
すると、驚いたような表情で、彼女が顔を上げた。
「ミズキちゃん。
昔、僕が泣いた時は良く、こうしていたよね」
出来るだけ、微笑みながら彼女に語りかけてみる。
「ねえ、ミズキちゃん。
確か、誰もミズキちゃんの事を知らない所で一から始める為に、ここに来たんだよね」
僕がそう言うと、彼女は無言で頷いた。
「だから大丈夫だよ、ここなら誰もミズキちゃんの事は知らないし。
僕や、父さん母さんも、ミズキちゃんの事は絶対黙っているから。」
驚いた様にしている、ミズキちゃんに続けて言う。
「それに、”女の子らしい”事に、葛藤しているのには、僕は何とも言えないけど。
でもミズキちゃん、決して、自分を否定する事だけはしないで。
ミズキちゃんはどんな姿でも、僕と仲の良い、僕のイトコなんだから」
その後、勇気を出して彼女に言った。
「でも、"ミズキちゃんが可愛い"って言ったのは、ホントだよ」
「カズちゃん!」
すると、ミズキちゃんは泣きながら僕の胸に飛び込んだ。
「カズちゃん・・・」
僕の胸に顔を埋めて、泣いているミズキちゃん。
そんな彼女を、僕は抱き締めながら頭を撫で続けた。
・・・
しばらく経った頃。
ようやく、ミズキちゃんが落ち着いたみたいで。
涙が止まり、鳴き声も聞こえなくなった。
それに気付くと、僕もリラックスして。
再び、昔の事を思い出した。
「くすくすくす」
「どうしたの?」
「ん? いや。
昔は、僕がミズキちゃんに良く慰められていたから、昔とは逆だね」
「そう言えば、そうだね」
思い出していると、何だか可笑しくなって笑い出すと。
彼女が尋ねてきたので、そう答えた。
「・・・ねえ、カズちゃん」
「なに?」
「・・・もうちょっとだけ、このままで良い?」
「うん、良いよ」
するとミズキちゃんが、恥ずかしそうに、おずおずとお願いしてきたので。
僕は笑いながら了承する。
でも実を言うと、僕もそうしたかったのだ。
甘い匂いがして、とても柔らかく、抱き心地が良い。
彼女を、ずっと抱き続けたかったのである。
「(すーっ、すーっ)」
僕がそう答えると、彼女は僕の胸に顔を埋め。
僕は、彼女の滑らかな髪を撫でながら、抱き締める。
こうして僕は、抱き心地が良いミズキちゃんを、抱き続けたのであった。