兄狼のため息。
兄さんへ
もし、文字が読めなかったら、ショウさんに読んでもらってください。
こちらに来て、もう三か月、経ちました。
最初は、村の人は教会からやってきた神父だって言って先生のことを警戒していたけれど、私が住み込みで働いているのを見て、安心したようです。
最近は教会の前にある小さな畑にみんなが苗を植えてくれて、食べてくれとみんなの畑で採れた野菜とかをいっぱいくれます。
先生は畑仕事ができないからといつものように引きこもっているけれど、だいぶ楽しさを見つけられたようで、女の子に振られて泣いている狐の男の子の尻を蹴飛ばして説教垂れてたり、不倫をしまくる旦那に手を焼いている奥さんの話を親身に聞いて何かを思いついたようにニヤニヤしていたりと、すごく生き生きしてます。
私は、先生の代わりに畑仕事をしたり、たまに山に逃げた山羊を見つけるために働いたり、そこそこ忙しくも楽しく過ごしています。
兄さん。兄さんのところはどうですか?
立派なお医者さんになれそう?
あ、そうそう、レネさんにお礼言っておいて! カバンありがとうって。
すっごいうれしかった。
あと、ユリアさんもたまに着てって。ユリアさんとレネさんに先生が相談事というか、依頼があるから近いうちに連絡をくれたらうれしいだって。
あんまり紙増やすと郵便屋さんに追加料金取られちゃうから、またね。気が向いたらまた手紙よこすから。
じゃあ、お元気で。
フィーネより。
-----------------------------------
手紙を手に、俺はため息をつく。
「どうですか? 彼女の様子は」
「楽しそうだ。筆も踊ってる」
そういって、所々はねた筆跡を示すとお師様はふっと表情を緩めた。
「かわいい子ですねえ。ほんと」
「だから、手放したくなかったんだよ……」
「癒しですか?」
「ああ。しっかりしているようでどこか甘い子だからね。……まあ、番なら仕方ないが」
「つがい? ヴィンが、あの子のつがいと?」
「ああ。……においでわかるんだよ。相性がいいかどうかって。……血縁者もなんとなくわかるからな。……確かにあいつはいいにおいだ」
うまそうとはまた違う、どこか惹かれる香りだ。
フィーネのことがなければ、あいつとは仲のいい友人になれただろうなという、気が合いそうだという直観にも似た香りが、彼からはするのだ。
「最強の死神を得たあの子は、もう俺が守らなくてもいいんだろうなあ……」
「今回は、守り損ねて結果的に番に引き合わせてしまったんですよね?」
「痛いところつくなよ……」
容赦ない言葉に俺はため息をついて、近くにあった椅子に腰を下ろす。
「オカマさんとオナベさんをあっちによこしてほしいだって」
「ほう、それはなぜ?」
「なんか、ろくでもないことを考えついたようだ」
手紙の文面を呼んだお師様は、馬鹿笑いを始めた。人の食えないような笑みを浮かべているお師様も、時々タガが外れたように笑いだす。
「これはこれは、楽しいことですね。ほう? いい案じゃないか」
真っ黒い笑みを浮かべて、さて、どうセッティングしてあげましょうかと、心なしか背景も黒いんじゃないかってぐらいの言葉を吐いたこっちの先生に、俺は、できれば、技術は盗めてもこの黒さは盗みたくないものだと、ため息をついたのだった。
これで、終わりです。
お付き合い、ありがとうございました。




