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第1話 白昼夢

はじめまして、小林早人と申します。

この作品を開いていただき、ありがとうございます。


物語は全30話で完結済み。

初日は第4話まで時間を少しずらしつつ公開します。

以降、毎日20時10分に1話ずつお届けします。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

街の中心に男の遺体が晒されている。


無骨な木製の台が設置され、そのうえで槍が二本突き立てられていた。

そこに初老の男がくくりつけられている。


……あれは、自分だ。


群衆の中で一人、自分で自分を見ていた。

突然の状況に、混乱する。


……何が起こっている?


理解を超える光景に戸惑いつつも、少し目を細めてもう一度自分の姿を見た。

明らかに生きてはいない。


どころか、あれでは晒し者だ。


肩と腹に大きな傷を負ったのであろう、どす黒い血の跡。

離れているのに、生々しい血の匂いが感じられる。


その台座には知的な印象の男とがっちりとした長身の男が立っていた。

二人とも顔は見えない。


そこへドレス姿の女性が引き立てられてきた。


……レティシア。


思わず叫びそうになる。

何とか思いとどまったが、レティシアの姿。

後ろ手に縛られている。


……なぜ、拘束されている?


怒りを覚えた。

しかし、身体は動かない。


レティシアは台の上を見て、フラとよろめく。


「レティシア!」


ついにそう叫んで一歩前に出ようとしたとき、目が覚めた。




「……義父さま、どうかされましたか?」


美しい顔が目の前にあった。

心配そうにこちらを見ている。


「い……や、何でもない、レティシア」

「顔色が……」

「大丈夫だ」

「けれど」

「どうやら夢を見ていたらしい」


答えながら、額に汗が流れるのを感じる。

何だったのか、今のは。


周りを確認すると、城内のテラス。

窓からは柔らかな光が差し込んでおり、穏やかな午後のひとときである。


そうだ。

息子ユーグとその妻レティシアとの話が途切れたのをきっかけに、ソファに座った。

そのまま眠ってしまったようだ。


かつてないことである。


しかし、妙に現実感のある夢であった。

一瞬、腰の剣が揺れた気がして無意識に手を添えたが、気のせいであろう。


「お加減は?」


心配顔のレティシア。


「ありがとう、レティシア。問題ない」


そう答えると、若い男も近づいてきた。


「父上、どうかなされましたか?」

「いや、どうもな。夢を見たらしい」

「夢を?どのような夢でしょう?」


息子の問いに答えようとして、言葉に詰まる。

自分が死んでいた夢である。

決して縁起の良いものではない。


「……忘れてしまったようだ」

「それは、また。父上らしからぬことで」

「フフ、息子にそう言われるとはな」


乾いた笑いで答えたが、実際、これまでにこんなことはなかった。


「義父さま。何か飲まれますか?」

「レティシア。お前も心配しすぎだ。父は剣聖であられる」


ユーグがレティシアを立ち上がらせる。


「二人とも。気遣い、礼を言う。ただ、今も言った通りだ。たいしたことではない」


付き添おうとするレティシアを柔らかく制すと、そのままソファに深く座りなおす。

そのままゆっくり細く息を吐く。


……自分が死ぬ夢とはな。


憮然としたが、もう自分も六十に手が届こうとしている。

いつ死んだとしてもおかしくない年齢だ。


そう思いつつ、視線の先にいる息子夫婦を改めて見る。


レティシアが、夫ユーグの襟を正していた。

そんな寄り添う二人を座ったまま見る。


学者の雰囲気を漂わせる男と、冷たい美しさをもつ女。

おだやかな日の光の中、伯爵邸のテラスにいる息子とその妻。

人生の終わりを感じた自分に対して、その若さにかすかな嫉妬を覚える。


暖かな日差しに包まれた庭は手抜きなく整えられており、のどかな雰囲気の穏やかな時間をつくっている。


暖かな日常。

これこそが自分が年月をかけて築き上げてきたものだ。


ゆっくりと首を振る。


どうして若さに嫉妬する必要がある?

誇るべきは先の大戦での自らの活躍であろう。


……あれから三十年か。


目の前の二人を見ながら、ふと以前から考えていたことを伝えようと思った。

あんな白昼夢を見たからかもしれない。


「ユーグ」


ソファに深く沈んだ身体を起こした。


「はい、父上」


レティシアとの会話は中断し、こちらを見る。


「レモンドを呼んでくれ。伝えたいことがある」

「私たちは下がった方が?」

「いや、二人にこそ聞いてほしい内容だ」

「かしこまりました」


ユーグは一礼すると、部屋を出て行った。


しばらくして、筆頭家老であるレモンドとその息子、ダニエルがユーグに伴われて部屋に戻ってきた。

立ち上がろうとしたとき、再び眩暈。

あの白昼夢の映像が目の前にちらついた。


「義父さま」


レティシアが慌ててソファに駆け寄り、身体を支えてくれる。


「すまない」


身体を戻すと、ゆっくりと隣にいるレティシア、前にいるユーグ、レモンド、ダニエルを見た。

背が低いががっちりとした体形のレモンドに対し、同じくがっちりとしているが背の高いダニエル。


「ニコラ様。後日にいたしましょうか?」


レモンドが低い声を出す。


「大丈夫だ。ダニエルも連れてきたのか?」

「内容は想像つきますからな。だったら、息子にも聞かせた方が良いと判断しました」

「勝手なことを」


そうかすかに笑いつつ、さすがに三十年以上連れ添った老臣である。

こちらの意図は見抜いているようだ。


「ではダニエルも聞くように」

「……は」


表情も先ほどからまったく変化していない。


……変わった奴だ。


一瞬そう思ったが、四人がこちらの言葉を待っている。

一息ついてから口を開いた。


「……そろそろ、引退を考えている」

「まさか」


ユーグが声を上げた。


「不思議ではなかろう?私も今のようなことが起こる年齢になっている。それにユーグ、お前も二十五になる。独り立ちをしても良い頃だ」

「それは……。まだ早いかと思います」

「本当にそう思うか?」


じっとユーグを見ると、しばらくして首を振った。


「……いえ、私も頃合かと思っておりました」

「であろう?そなたも成人から十年が過ぎ、妻もいる。遅くもないし、その実力もつけてきている」


その言葉にユーグはこちらを見て、ゆっくりとうなずいた。


「かしこまりました。謹んでお受けいたします」


少し大げさなくらいな返事。


「……レティシア、お前もユーグを助けてやってくれ」


隣のレティシアを見る。


「はい、仰せの通りに」


そう答えたレティシアの瞳。

こちらを見る瞳の奥に、なにか深い炎が宿っているようにも感じた。

整いすぎていて、ともすれば冷たくも感じられるその雰囲気。


先ほどの白昼夢の姿が今のレティシアと重なる。


……あれは、これから起こる未来ではないのか。


自分の死と、敵に捕らわれるレティシア。

それは何を意味するのか。


しかし、首を振る。

この平和。

三十年、自分が丁寧に積み上げてきたものだ。

簡単に壊れるわけがない。

言い聞かせると、再度口を開いた。


「……近々正式に手続をしよう。レモンド、王都にも使いを送っておいてくれ」

「かしこまりました。が、この度はこのダニエルにやらせてみようと思います」

「ほう?」

「ニコラ様の引退ともに、私も引退を考えざるを得ません。であるなら、後継は必要かと」

「ダニエルか……」

「は」


わずかに頭を下げるダニエル。

幼少の頃より知っている。

それでも、どんな男かつかめない。


「……父から学び、ユーグを支えてやってくれ。そなたらがアンジェ伯家の新しい世代だ」

「は、確かに」

「では、それぞれに準備を進めてくれ。今日のところは皆、下がってよい」


その言葉に皆が部屋から出ていくと、ニコラはほっと息をはいた。


アンジェ伯爵として領邦を治めること三十年余り。

ニコラにとってはこれまで背負ってきた荷を下ろすことになる。

それは安心と同時に、寂しさでもあった。


ソファに座ったまま見つめた右手が、一瞬震えた。


……人生の終わりか。


先の大戦で活躍した自分を剣聖など人は呼ぶ。

戦いにおいて、死を前にしても常に落ち着いている。

冷静沈着。

そんな称賛を山ほど受けてきた。


……これが?


笑ってしまう。

明らかに自分は死を恐れている。

あれだけ鍛えた体が老いていき、動かなくなる。

その後に、一人旅立っていく。


老境に差し掛かり、衰えに震えているのが今の自分だ。


いや。

だからこそ、後進に道を譲る。

それは正しい判断のはずだ。


震える右手を左手で強く抑える。

その時、腰の剣がわずかに震えたが、それすらも見逃すほど今のニコラは衰えていた。


どこにでもいる、死を前にした人間の判断。

それは正しいはずであった。


しかし、各所に感じられていた違和感。

これまでのニコラであったなら、剣聖として見逃さなかったであろう。


ニコラ・アンジェの判断はやはり誤っていた。


白昼夢も、震える剣も。

それらはこれから起こることの前兆であった。

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