80 とても幸運な
それから、数日が経った頃、久し振りにヘーゼルダイン公爵夫人からお茶のお誘いの手紙が舞い込んだので、学園帰りにアイザックの馬車に同乗させてもらい、公爵邸へお邪魔する事となった。
私が馬車に乗ろうとすると、あっという間にヒョイと抱き上げられ、今回もまたアイザックの膝の上に座らされる。
「何するんですかっ?」
「だって、学園でやったら、オフィーリアは怒るでしょ?」
「いや、当たり前ですよ。それに学園じゃなければ良いって話じゃないでしょ?」
「でもほら、馬車なら誰も見てないから」
「侍従さんが見てますっ!」
私の言葉に、向かいに座っていたアイザックの侍従が即座に顔を背け、窓の外へと視線を向ける。
「見てる?」
「何も見てませんし、聞こえませんっ!」
アイザックの問い掛けに侍従は食い気味に答える。
そしてアイザックは『ホラね』とでも言いた気な微笑みを私に向けた。
いや、絶対聞こえてるじゃん!
返事してるじゃん!!
甘過ぎるアイザックにグッタリしながらヘーゼルダイン公爵邸へ到着すると、フレデリカが無邪気な笑顔でパタパタと駆け寄って来た。
「オフィーリア!!」
ガバッと抱き着いたフレデリカを、一歩後ろによろめきながらもしっかりと受け止める。
「フレデリカ様、お久し振りです」
「ええ、本当に久し振りだわ。
でも、お兄様と婚約するのだから、これからはもっと頻繁に会えるわよね。
ああ楽しみ。オフィーリアが私のお姉様になるのよ!」
頬を上気させて、嬉しそうにはしゃぐフレデリカ。
なんだこの可愛らしい生き物は。
私を萌え殺そうとしてるのか?
新手の暗殺方法かよ。
だとしたら、なかなか手強い暗殺者である。
「私も、フレデリカ様を妹と呼べるなんて、とても嬉しいですわ」
貴族社会においては好きな人と結婚出来るだけでもかなりの贅沢だ。
その上、ご家族にまで歓迎してもらえるなんて、私は間違いなく幸運だよね。
「フレデリカ、嬉しいのは分かるけど、今の振る舞いは淑女失格です。後でお仕置きよ」
ほのぼのとした空気に、公爵夫人の冷ややかな声が割り込んだ。
「……ごめんなさい。嬉しくて、つい」
素直に謝ったフレデリカの頭をポンとひと撫でして、夫人は私に優しい笑みを向けた。
「よく来てくれました、オフィーリア。
さあ、お茶にしましょうか」
夫人は私を談話室へ案内しかけて、立ち止まった。
当然の様に着いて来ようとしていたアイザックにスッと目を細め、シッシッと追い払う仕草をする。
「ここからは私達がオフィーリアのお相手をするから、貴方はこの前持って帰ったお仕事の書類でも片付けたらどう?」
「は? オフィーリアと婚約するのは僕ですよ?」
不服そうに眉を吊り上げたアイザックに、公爵夫人は小さな溜息をついた。
「そんな事は分かってます。
貴方は学園でもオフィーリアを独り占めしているのだから、偶には私達に譲りなさい」
「そうよそうよ! お兄様のケチ!」
私の腕にギュッと絡み付いているフレデリカも、嬉々として公爵夫人に加勢する。
「いや、学園ではベアトリスに邪魔されるから、なかなか二人きりには……」
「お黙りなさい。しつこい男は嫌われますよ」
ピシャリと撥ねつけられたアイザックは、名残惜しそうに何度も振り返りながら、スゴスゴと自室へ戻って行った。
確か、こんなシーン前にもあったよな?
再放送?
三人で和気藹々とお茶を楽しみ、会話も一段落した頃、漸く公爵夫人が本題を口にした。
「ところで、オフィーリア。
今日来てもらったのは、貴女に会わせたい人がいるからなの」
「会わせたい人、ですか?」
首を傾げる私に、公爵夫人は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
彼女がサイドテーブルの上にあったベルをチリンと小さく鳴らすと、談話室の扉が開かれ、何となく見覚えのある二人の侍女が入って来た。
その内の一人は、よちよち歩きの幼い女の子の手を引いている。
「覚えているかしら?
貴女とアイザックが顔合わせをした時の……」
「ああ、確か…………、エイダとユーニス?」
随分昔の事なのに、少し考えただけで名前を思い出せた。
自分で言うのもなんだけど、オフィーリアの脳味噌ってもしかしたら意外と優秀なんじゃない?
こんなに記憶力が良いのにCクラスって、オリジナルのオフィーリアはどんだけやる気が無かったの?
私が侍女二人の名を口にすると、彼女達はパァッと瞳を輝かせた。
「覚えていてくださったなんて、光栄ですっ!!
お陰様で、無事に出産する事が出来ました」
エイダは私に深々と頭を下げた。
やっぱり、妊娠していたのか。
「じゃあ、もしかして、その子が?」
「はい。あの時、私のお腹の中にいた子です。パメラと名付けました。
ほら、パメラ。このお方が貴女を助けてくれたオフィーリア様よ。ご挨拶なさい」
「助けただなんて、大袈裟な……」
あの時私がした事なんて、ただの自己満足にすぎない。
私が指摘しなかったとしても、数日後には本人が妊娠の可能性に気付いただろうし、気付くまでの短い期間働き続けていたとしても、多分問題なかったはずだ。
「お、おふぃ……、おふぃりゃしゃま?」
舌っ足らずなパメラが頑張って私の名を呼んでくれたけど、何故か『お雛様』に聞こえる。
残念ながら、この世界では誰にも共感してもらえないけれど。
このままでも超絶可愛いけど、舌を噛みそうで心配だ。
私はパメラの目の前にしゃがんで、彼女に微笑みかけた。
「初めまして、オフィーリア・エヴァレットです。
『フィー』って呼んでくれると嬉しいわ」
「……フィーちゃん?」
コテンと首を傾げたパメラ。
柔らかそうな栗色の巻き毛がふわりと揺れる。
ジョエルも天使だけど、この子も天使ね。




