74 どうしてここに?
マーク兄様と私は、王都で一番大きな薬屋を偵察し終えて店を出た。
「やっぱり最大手だけあって、品揃えが凄かったなぁ。
陳列方法も分かりやすかったし、うん、帰ったら早速真似しよう」
「フフッ。参考になったなら、良かったです。
最近、あの店のダイエットに効く薬草茶が、若いご令嬢達の間で爆発的にヒットしているんですよ。
……因みに私は飲んでいません。ってゆーか、一応平均体重なのでダイエットは必要ないですからね」
嫌な予感がしたのでマーク兄様の発言を未然に封じると、兄様は苦笑いを浮かべた。
「まだ何も言ってないじゃないか」
そんなふざけた会話をしながら、次の目的地へと歩き出したその時だった。
この場に居ないはずの声に、名前を呼ばれたのは。
「オフィーリア」
振り向いた私は、思わず目を見開いた。
「えっ? アイザック!?」
そこにいたのは私がずっと会いたいと思っていた人物。
額に少し汗をかき、肩で息をしている。
どうしてここに?
まだ視察先にいる筈では!?
若干乱れていた髪を手櫛でサッと掻き上げ、息を整えながらズンズンとこちらに歩み寄った彼を見て、マーク兄様が私に問い掛ける。
「フィーの知り合いかい?」
アイザックは私達の前で立ち止まると、マーク兄様に視線を向けて、微かに眉を寄せた。
兄様は、面白い物でも見付けたみたいに双眸を細めてほんの少し口角を上げ、「へえ」と呟く。
何? この変な空気。
「兄様、あの……、こちらアイザック・ヘーゼルダイン様です」
現在の私達の関係を『友人』と、表現して良いのか判断出来ず、迷った挙句に名前だけを紹介した。
「ああ、例の、ヘーゼルダイン公爵家のご子息だね」
『例の』とは、多分、額の傷の件を意味しているのだろう。
態々終わった事を蒸し返す様な余計な一言を添える兄様に、私は密かに眉を顰めた。
「初めまして。俺はフィーの従兄でマーク・カヴァナーと申します」
兄様は他所行きの笑みを浮かべながら、アイザックに握手を求めた。
その顔や所作だけを見れば、兄様も立派な紳士に見えるのよね。中身は残念だけど。
「ご丁寧にどうも。
アイザック・ヘーゼルダインです。
オフィーリアとは、子供の頃から親しくさせて頂いてます」
挑戦的に微笑みながら、マーク兄様の手をギリッと音が鳴りそうな位に力強く握ったアイザック。
なんだか刺々しい雰囲気を感じる。
兄様が意味あり気に『例の』なんて言ったせいだろうか?
対するマーク兄様は? と、視線を移せば……。
おい、めっちゃニヨニヨしてるじゃねーか!!
きっと、コンシーラーもどきを売っていた化粧品店を出た後の会話(70話の後半を参照)を思い出し、その時私の頭の中にいた人物がアイザックなのではないかと予想したのだ。
悔しい事に、その予想は的中している。
余計な事を思い出してしまったら、またしても顔が熱くなって来た。
揶揄う気満々な態度の兄様が腹立たしくて、軽く睨みつける。
その瞬間、アイザックの兄様に対する眼差しが、急激に剣呑さを増した。
なんで? 今、怒る要素あった?
困惑している私の頭上から、笑いを堪えた様なマーク兄様の声が降って来た。
「なぁ、フィー。
俺ちょっと急用を思い出したんだけどさぁ……」
見上げた兄様の顔は、悪戯を思い付いた子供みたいにみえて、なんだか嫌な予感がした。
「あ、じゃあ、もう帰りましょうか」
「いや。
申し訳ありませんが、ヘーゼルダイン様。フィーをエヴァレット邸まで送ってやってもらえませんか?
俺は乗って来た馬車で帰りますんで」
「えっ!? 何故ですか。
帰るのならば、私も兄様と一緒に……」
その言葉を遮る様に、兄様は私の頭にポンと大きな手の平を乗せた。
「お前は、彼に話さなきゃいけない事があるんじゃないか?」
「それは……」
デリカシー皆無な癖に、妙に勘が良いのは何故なのか?
何でもお見通しみたいな態度を取られると、ちょっとイラッとする。
「分かりました。
オフィーリアは僕が責任を持って邸までお送りしますので、ご安心ください」
私が兄様に言葉を返せずにいると、代わりにアイザックがその提案を了承した。
しかし、彼は何とも複雑な表情をしている。
「ありがとうございます。
今日は貴方にお会い出来て良かったです」
「こちらこそ」
「では、俺はこれで。
フィー、また後でな」
いつの間にか、私がアイザックの馬車で帰宅する事は決定事項になっていた。
(後で……、か。
嫌だなぁ、色々聞かれるんだろうな)
家に帰ってから質問攻めにされるのを想像した私は、ゲンナリとした気持ちで、自分が乗って来た馬車が遠ざかるのを見送った。




