73 男って馬鹿ね《ベアトリス》
「で? 先触れもなく急にやって来るなんて、一体何の用なの?」
アディンセル侯爵邸内の一室。
眉間に薄ら皺を寄せたメイナードが、何が面白いのか小難しい論文を夢中になって読んでいる。
ついさっきまで、その向かいのソファーに座り、お気に入りの小説を開きながら優雅にお茶を飲んでいたベアトリスは、突然の訪問者に剣呑な眼差しを向けた。
折角の休日。
近年仲を深めつつある弟との交流(…と言っても、同じ空間で別々の事をして過ごすだけだが)を邪魔されたベアトリスは、とても不機嫌だった。
「アレは誰だ?」
招かれざる客であるアイザックは、どんよりと曇った瞳をこちらに向けながら、掠れた声で呟く。
「はぁっ? アレってどれよ?」
「……オフィーリアと一緒にいた男」
そこでベアトリスは、学園でオフィーリアに聞いた話を思い出した。
「ああ、そう言えば、隣国の従兄が仕事の関係で来てるって言ってたけど。
ほら、カヴァナー商会の」
「従兄……。それだけなのか?
妙に馴れ馴れしい態度だったが……」
「知らないわよ。その現場見てないし」
ベアトリスは溜息混じりに呟く。
何故自分に聞きに来るのか? 本人に聞けば良いだろうに。
「さっきなんて、頭を優しく撫でて幸せそうに微笑み合ったり(被害妄想)……それに、あんなに顔を近付けて(被害妄想)……」
「ああそう。じゃあ、婚約者候補なのかもね。
まぁ、従兄妹同士なら一応結婚出来る訳だし?」
いい加減、面倒臭くなって投げやりにそう言うと、アイザックの顔が絶望に染まる。
「嫌だ、無理。絶対に無理。諦められる気がしない」
「そんな顔しないでよ。私が虐めてるみたいじゃない。
あのねぇ、あの子の異性に対する距離感がおかしいのは、そもそも貴方のせいでしょう?」
うんざりしながら咎めれば、アイザックは俯けていた顔をゆるりと上げ、小さく首を傾げた。
「……僕?」
「そうよ。貴方が『友達だ』なんて嘯きながら、人目も憚らずに手を繋いだり、好き勝手に髪を撫でたりするから、あの子はいつの間にかそれが普通だと思う様になったんじゃないの」
そう指摘すると、彼は苦い表情を浮かべた。
「言葉で伝えれば無理強いする事になりかねないから、行動で示せば良いんじゃないかと思ってたんだ。
だけど、彼女は全然気付かないし、なんなら偶に存在すら忘れられるし、やっと告白したと思った途端に気まずそうにされるし、ちょっと距離を置けば他の男と一緒にいるし……。
もうどうすれば良いのか分からない」
(存在を忘れられてた件、まだ引き摺ってたのね……)
こうして並べてみると、なかなかにオフィーリアの彼への扱いは酷い。
だが、一番単純な解決策があるじゃないか。
「そんなの簡単だわ」
この世の終わりみたいな顔をしているアイザックに、ベアトリスは何でもない事の様にサラリと言葉を返した。
「簡単?」
「そう、簡単よ。
形振り構わず愛を乞えば良いじゃないの。
貴方だって知っているでしょう?
オフィーリアは優しい。優し過ぎて、縋って来る友人を強く突き離せない」
「……だが、それでは彼女の優しさを利用しているだけで、心までは手に入らない」
確かにそうかもしれないが、その言葉はオフィーリアに嫌われたくないアイザックの言い訳の様にベアトリスには感じられた。
「心を手に入れるのは、囲い込んでからでも遅くはないわ」
「……」
眉を顰めて黙り込んだアイザック。
「何よ、自信が無いの?
ならばサッサと諦めておしまいなさい。
オフィーリアは私にとっても大切な友人なのよ?
『絶対に振り向かせて、誰よりも幸せにする』って強い覚悟と自信を持って言えないのなら、応援してあげられないわ」
そう言いながらも、ベアトリスには分かっていた。
アイザックが誰よりも、何よりも、オフィーリアを大切にしているという事が。
ただ、彼はほんの少しヘタレなだけなのだ。
「……幸せにするさ。絶対に」
力強く答えた彼の瞳には、いつの間にか光が戻っていた。
「そう。
だったら、早くそれを本人に伝えに行きなさいよ」
ベアトリスはアイザックの背中をグイグイ押して、部屋から追い出す。
足早に立ち去る際、一瞬だけ振り返ったアイザック。
「……ありがとう」
小さく零されたお礼の言葉に、ベアトリスはフッと笑った。
アイザックを乗せた馬車が遠ざかって行くのを、窓から見送ったベアトリスは、呆れた様に溜息をつく。
「オフィーリアだって、そろそろ自分の気持ちに気付いた頃でしょうに……。
本当に、男って馬鹿よねぇ」
その言葉に、それまで手元の論文に目を通しながら無言で二人の会話を聞いていたメイナードが一瞬だけ視線を上げた。
「性別で一括りにするの、良くないですよ」
「まあ、それもそうね」
苦言を呈する弟に、ベアトリスは素直に頷きを返した。




