69 彼のいない日常
アイザックが王都を出てから、二十日が過ぎた。
少し前に、とある地域の小麦の不作をサディアス殿下への手紙に書いて意見箱へ投函したので、もしかしたらアイザックはその視察に同行しているのかもしれない。
こんなにも長くアイザックと会わないのは本当に久し振りだ。
告白された直後はアイザックと顔を合わせるのが気まずいとか、早く答えを出さなきゃって焦りばかりを感じていたのだが、いざ離れてみると、日を重ねる毎にどんどん淋しさが募って行った。
私の予想が当たっていれば、危険な任務ではないと思うけど、今はただ、彼の無事な姿を早く確認したくて仕方ない。
(もうコレって、そういう事よね?)
ベアトリスだって、難しく考えるなって言ってたし。
恋愛感情みたいな形の見えない曖昧な物を、理屈を捏ねて分析しようだなんて考えが、そもそも間違っていたのかもしれない。
「……………さま。
……お嬢様ってば。出来ましたよ?」
そう言えば、リーザに髪を結ってもらっている最中だった。
正面に視線を向けると、鏡越しに心配そうな侍女と目が合う。
どうやら、何度も呼ばれていたのに気付かなかったらしい。
「最近のお嬢様はボンヤリしてばかり。坊っちゃまも心配しておられました。
一体どうなさったのです?」
「何でもないわ。大丈夫よ」
「久し振りにマーク様とお出掛けなさるのを、楽しみにしていらしたのではないのですか?」
「そうね。折角だから、楽しまなきゃね」
そう。一週間程前から、珍しくマーク兄様がこちらの国へ来て、我が家に滞在しているのだ。
原料の新たな仕入れ先との商談のついでに、我が国の最新の流行を視察して帰るつもりらしい。
昨日迄で商談は終わったみたいで、明日の朝イチで隣国へ戻る予定。
予備日だった今日は休日になったので、学園が休みだった私に『王都の街を案内して欲しい』と頼んで来た。
商売のヒントを得る為、ご令嬢達の間で話題になっているお店を知りたいのだとか。
まあ、お支払いはお任せして良いらしいから、なかなか私のお財布事情では行けない、お高いカフェにでも案内してあげようかと思っている。
本当ならばジョエルも一緒に行くはずだったのだが、今朝になって微熱が出てしまい、残念ながらお留守番となった。
お出掛け自体を中止にしようかとも思ったのだが、『マーク兄様には今日しか時間がないのですから、僕の事は気にせず行って来て下さい』と本人が言うので、決行することにした。
髪を編み込みにしてもらった後は、いつもより少し丁寧に化粧を施され、リーザが選んでくれた服に袖を通す。
「今日は風が冷たいので、暖かいお洋服をご用意しました。
厚手のコートもお召しになった方が良いですわね。
屋内に入ったらコートは脱いで、体温調節をしっかりなさって下さい。
お嬢様までお風邪を引いたら大変ですから。
それから───」
アレやコレやと注意事項を並べられ、まるで子供に戻ってしまった様な気分になる。
その内『知らない人について行くな』とか、『落ちている物を食べちゃダメだ』とか言い出しそうだなと思って、微かな笑みを浮かべる。
「そうね、気を付けるわ」
過保護なリーザを安心させる為、素直に頷いておく事にした。
約束の時間より少しだけ早く階下に降りると、一足早く支度を終えたマーク兄様が既に待ってくれていた。
「お前、本当にフィーか?
いつもより大人っぽいし、心なしか美人に見えるぞ。
やっぱりリーザの化粧の腕は素晴らしいな」
酷いっっ!
化粧の効果なのは事実だけどさぁ……。
本当の事だからって、何でも口に出せば良いと思ったら大間違いじゃない?
「第一声がそれですか?
そんなだから、いつまで経ってもマーク兄様には婚約者が出来ないのですよ!」
人差し指をズイッと兄様の胸元に突き付けて苦言を呈すると、兄様はハハッと笑った。
「ちょっとした冗談じゃないか。
それに、俺の場合は婚約者が出来ないんじゃなく、まだ作らないだけだ」
「あーそうですか。さぞかしおモテになるんでしょうね」
マーク兄様は爽やか系イケメンに見えるからご令嬢に人気がありそうだけど、残念ながらデリカシーが皆無なのだ。
多分、最初はモテるのに、いざ付き合ってみると何故か直ぐに振られるタイプ。
ジトッとした目で睨む私に、兄様は「ごめんごめん」と軽く謝った。
(よしっ。今日はバンバン奢らせてやろう)
胸の奥でひっそりと決意しながら、兄様のエスコートで馬車に乗り込んだ。
到着したのは、先月オープンしたばかりのカフェだ。
カフェといってもしっかりした食事も楽しめるお店で、そのメニューがとても珍しいと早くも話題になっているのだ。
噂では聞いていたが、私も訪問するのは初めてである。
普通のお店よりも分厚いメニューを開いてみると、料理名と共に使われている食材や効能などが詳しく明記されている。
そう、ここは前世でいうところの薬膳料理の様な物を出すお店なのだ。
「ハーブや薬草を料理に使ってるのか……。なかなか面白いな」
「兄様の領地の特産でもありますから、新たな事業のヒントになるかと思いまして」
「フィーは意外と有能だな」
「意外は余計です。
兄様はどれになさいますか?」
「俺は、これかな? 疲労回復の効果があるらしい」
マーク兄様が選んだのは、骨付きのチキンを煮込んだ料理。
参鶏湯みたいな物だろうか?
「では、私はこちらを……」
私は美肌効果のある料理を選んだ。
「フィーには、脂肪燃焼効果の方が良いんじゃないか?」
だーかーらーっっ!!
デリカシーがねぇんだってば!
「……フィー、顔が怖い」
「誰のせいですか?」
腹いせにデザートを三つも注文してやった。
全部一口ずつ食べて、残りは兄様に押し付けようと思う。
兄様の腹周りにも脂肪を蓄えてやるのだ。




