68 答えを探して
アイザックの告白の返事には、一週間の猶予をもらった。
他にやりようが無かったのだ。
だって、初対面ならば『お友達から始めましょう』って言えたのに、とっくのとうに『お友達』が始まってしまっている場合は、一体なんと言うのが正解なの?
そして、あれから数日が経過した。
私の中にあるアイザックへの好意は、どんな種類の物なのか?
いくら考えても、その疑問の答えはなかなか導き出せず、告白の返事は未だに出来ていない。
それどころか、私は彼と普通に接する事が難しくなっている。
アイザックの顔を見るだけで、あの日見た夢を思い出し、まるで体中の血液が沸騰してしまったかの様に全身が熱くなるのだ。
頬を撫でる手の感触も。
抱き締められた、腕の強さも。
低く囁く甘やかな声も。
熱い吐息も。
まるで実際に起きた出来事みたいに、リアルさを持って脳裏に蘇る。
そうなってしまえば、もう今までみたいに振る舞う事など不可能。
逃げ出さない様にその場に足を固定するのが精一杯で、どうしても挙動不審になってしまう。
真っ赤に染まっている顔が恥ずかしくて俯きがちになり、いつもの様に頭を撫でる手が伸びてくれば、勝手に肩が震える。
そして、そんな私の些細な仕草や言葉に過敏に反応し、傷付いてしまう彼を見て、申し訳なさと情けなさで一杯になり、どんどん気まずい空気になるのだ。
もう完全に悪循環だった。
心も体も、まるで別人の物と入れ替わってしまったかの様に、上手く制御する事が出来ない。
こんな状態になるのは前世を含めても初めての事で、どうすれば良いのか自分でも全く分からなかった。
放課後の学園で、廊下を歩いていた私は、アイザックの姿を見付けて咄嗟に近くの柱の影に身を隠した。
彼と対峙すれば、またパニック状態になって冷静に自分の気持ちを分析出来ないから、出来るだけ接触の機会を減らしたいのだ。
暫くして彼がいた方をソッと覗けば、こちらに気付かず遠ざかって行く後ろ姿が見える。
私はホッと胸を撫で下ろす。
「良い歳して、隠れんぼ?」
背後から突然声を掛けられ、心臓が口から飛び出しそうな位に驚いた。
振り向くと、呆れ顔のベアトリスが腕組みをして立っている。
「私はいつだってオフィーリアの味方でいてあげたいけど、流石に今のは、アイザックが気付けばショックを受けたんじゃないかしら?」
諌める様にそう言われて、私はシュンと項垂れた。
「……そうですよね。済みません」
「でもまあ、アイザックも悪いのよ。
ちょっと肩が震えたくらいの事で、一々この世の終わりみたいな顔されたら、オフィーリアだって気を使っちゃうじゃないねぇ?
重いしウザいしヘタレだし、おまけにちょっと変態だし、あんな面倒な男、サッサと振っちゃった方が……」
「あ、いえ。アイザック様は素敵な方ですよ?
私がこういう状況に慣れていないせいで迷惑をかけているだけで、彼は何も悪くないです」
…………………ん? ちょっとヘン……、何ですって?
アイザックに対する悪口をとめどなく垂れ流し続けるベアトリスを慌てて止めたけど……。
なんか聞き捨てならない単語が混じってた気がして仕方ない。
聞き間違いか?
怪訝な顔をして考え込む私を眺めながら、フフッと小さく笑うベアトリス。
「冗談よ。
貴女がアイザックを嫌いになった訳じゃなくて良かったわ」
彼女は安心した様な微笑みを浮かべながら、封筒を一枚差し出した。
「オフィーリアに渡してくれって、アイザックから頼まれたの。
貴女はいつも難しく考え過ぎなのよ。早く自分の気持ちに素直になりなさい」
ポンポンと私の頭を撫でてから、ベアトリスは踵を返した。
手の中に残された封書をジッと見詰める。
アイザックからの手紙はいつもズッシリと重たいのに、これはとても薄くて軽かった。
(ずっと酷い態度を取っていたから……、もしかしたら、もう、嫌われちゃったかな?)
そう考えると、胸の奥に棘でも刺さっているみたいに、チクチクとした痛みを感じる。
手紙の内容がとても気になるのに、読むのが怖い様な気もして……。
結局、未開封のまま鞄にしまい、帰りの馬車へと乗り込んだ。
夕食も湯浴みも済ませ、自室で一人きりになった私は、鞄から手紙を取り出した。
小さく息を吐き出し、微かに震える手で封を切る。
中から出て来たのは、一枚きりの便箋だった。
『視察に向かうサディアス殿下に、僕も同行する事になった。
明日から一ヶ月程、王都を離れる予定だ。
オフィーリアに会えないのは淋しいけど、丁度良いタイミングだったのかもしれない。
急かしたくはないけど、出来れば僕が留守にしている間に、答えを見つけて欲しい。
良い返事を期待している』
私の中には、アイザックの不在に安堵する気持ちと、それをとても淋しく思う気持ち、二つの相反する思いが同時に湧いた。
そして、本題の後には『最近はちゃんと眠れているのか?』とか、『不在中はクレイグやクリスティアンに近寄らない様に』とか、私を案ずる言葉ばかりが綴られていた。
いつもとは違って少し短い手紙。
それを何度も何度も読み返していると、いつの間にか視界がジワリと滲んで来る。
アイザックはこんな状況になっても、私を心配してくれているのだ。
それに比べて私は、いつまでも自分の気持ちを理解する事さえ出来ず、アイザックを苦しめ続けている。
だけど少しだけ、答えのヒントを掴んだ気がした。
薄い封筒を受け取った時に感じた、あの焦燥感。
もしかしたら、あれは───。




