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死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く  作者: miniko


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6 書庫へ

「うん、傷は順調に回復してますよ」


 公爵家から依頼された初老の医師が、額の傷を保護しているガーゼを交換しながら優しく微笑んだ。

 立派な口髭を生やし、いつもニコニコしている気が弱そうな印象のダドリー先生だが、実は国内でも指折りの名医なのだそう。


「良かったです。

 もう動いても大丈夫なのですよね?」


 顔の怪我なので寝ている必要など無いと思うのだが、『頭を打ったので念の為に』と、絶対安静を指示されていた。

 前世と違って頭部の精密検査が出来る医療機器は存在しないので、大事を取りつつ経過を観察するしかないのだろう。


「そうですね。

 顔色も常に良いですし、内部の損傷もどうやら大丈夫そうだし……、あまり寝てばかりいると体が鈍ってしまいますからね。

 そろそろ適度に散歩などをなさった方が良いでしょう」


「分かりました」


「リーザさん、寝る前に軟膏を塗って、ガーゼの交換をしてあげてください」


「はい、お任せ下さい」


 ダドリー先生の指示にリーザは胸を張って力強く頷いた。


 今はフランケンシュタインみたいに生々しい縫い痕が残っている傷だが、この軟膏で保湿していると徐々に薄くなるらしい。

 本当かしら?


「では、次回は三日後、同じ時間に伺います」


「ありがとうございました」


 辞去の挨拶をしたダドリー先生を馬車まで見送る為にリーザも部屋を出て行く。

 二人の退室後、扉がしっかりと閉まったのを確認した私は、枕の下からノートを取り出し、鍵の掛かる引き出しに厳重にしまい込む。


 そして久し振りに普段着のワンピースに着替えて部屋を出た。



「姉上っ! もう起きても大丈夫なのですか?」


 廊下で私を見つけたジョエルが嬉しそうに駆け寄って来る。

 可愛い。

 まるで尻尾を振った仔犬みたいだ。


「ええ、お医者様から許可が出たの」


「良かった!

 これからどちらへ?」


 ギュッと腕に抱き着いたジョエルの柔らかい髪を撫でると、満面の笑みが向けられる。

 私は平凡な容姿だが、弟はなかなかの美少年だ。

 私はお父様似で弟はお母様似である。

 美少年の笑顔が眩しい。

 そして、ほんのちょっとだけ羨ましい。

 お父様の事は嫌いじゃないけど、出来る事なら私もお母様似が良かったな。


「書庫に行こうかと思っているの。ジョエルは?」


「僕は剣術の稽古に行くのですが、まだ時間に余裕があるので書庫までお送りします」


 そう言ったジョエルは私の手を取って、ゆっくりと歩き出した。


「ふふっ。一人でも歩けるのに」


「転んだりしたら大変です」


 真面目くさった顔でそう言われたので、素直に従う事にした。

 寝てばかりいたので、歩き方が少しぎこちないのも事実だ。


「剣術は楽しい?」


「はいっ!

 この前師匠にセンスがあるって褒められました。

 頑張って、早く姉上を護ってあげられる様になりますね」


「クッ……」


 あまりの可愛さに、片手で目を覆って天を仰いだ。


「どうしました?」


「……何でも無いわ。

 ジョエルが強くなるのを、楽しみにしおくわね」


 不覚にも少し泣きそうになってしまった私は、ジョエルの問い掛けに慌てて返事をした。

 このシスコンの弟を心配させない様に、私も頑張って断罪を回避しなければ。と、密かに決意を新たにした。




「ここで大丈夫よ」


「本当に一人で大丈夫ですか? リーザを呼んだ方が……」


「大丈夫だってば。

 ほら、遅れちゃうから、早く行きなさい」


「はーい」


 書庫の扉の前で、名残惜しそうに何度も振り向きながら遠ざかるジョエルに、手を振って見送る。


 巨大な本棚に囲まれた部屋に入ると、古い書物の独特な香りがした。

 我が家は末端の伯爵家ではあるが、財政状況はそれ程苦しくない。その証拠にこんなに立派な書庫もあるし、私にも専属の侍女が付いてくれているのだから。

 苦学生だった前世と比べたら、なんとも恵まれた環境である。



 ここへ来たのは具体的な目的があった訳じゃ無いのだけど、何でも良いからこの世界について知っておくべきだと思ったから。

 生まれてから今迄、オフィーリアとして生きて来た記憶も勿論残っているけど、まだ十二歳なので知らない事もきっと多いだろう。


 参考になりそうな本が無いかと、棚を順番に見て行く。


「あ、これなんか気になるな」


 背伸びをして少し高い段から取り出したのは、様々な魔法を紹介する本。


 聖女についての記述があるかと期待したのだが……。


「たったコレだけ?」


 思わず呟いてしまった。

 分厚い本の中で、光魔法に関する記述はたったの1ページだけだったのだ。


 光の魔力を発現するのは、何故か女性だけである事。

 国によっては、光魔法を持つ者を聖女と呼ぶという事。

 聖女は教会や神殿、寺院など、宗教に関する団体に所属するケースが多い事。

 光の魔力で扱える魔法は、治癒のみである事。

 治癒魔法のレベルは、その者の持つ魔力量や魔法の熟練度によって様々である事。


 ゲームに出てくる程度の情報しか書かれていないのを見て、とてもガッカリした。



 気を取り直して、次に目を付けたのは、歴史上の偉人を纏めた本だった。


「もしかしたら、私みたいな転生者が過去にも存在したかも」


 ちょっとだけワクワクしながらページを捲る。


 異世界の知識を持った人が居るなら、それを利用して発明したり、医療を改革したり、画期的な計算式を開発したりしてるかもしれない。


 ───でも。


「それっぽい人は……、いない?」


 似た様な本を何冊か読んでみても、前世チートを使っているらしき人の記述は見つからない。

 その後も、魔法に関する本や古い新聞の見出し、建国からの歴史や隣国の文化など、色々調べてみた。

 そのおかげで、この世界の事がある程度理解出来たのは良かったけど、聖女や光魔法についての情報は得られなかったし、転生者の存在を思わせる記述は何処にも無い。

 いや、前世の記憶を隠してひっそりと生存していた可能性はあるけど、少なくとも公に認知はされていないらしい。


 非常に残念だ。


 転生者が割と普通に存在するのであれば、私も自身の経験を誰かに告白して、今後の事を相談してみたかった。

 だが、転生が一般に認知されていないのならば、『私は転生者です』なんて言い出したら、頭のおかしな人だと思われてしまう。


 転生者が見つからなかった代わりに、『自分は予言者だ』と名乗る者は、割と頻繁に出現しているらしいと分かった。

 まあ、多くは詐欺師である可能性が高いけれど、本物も混ざってるかも。

 魔法が存在する世界なので、人知を超えた力を持つ人間がいたとしても、それ程不思議ではないかもね。


「いざとなったら、予言者ですって名乗り出て、ゲーム内で起こる災害とかを予知したら、国に保護して貰えるかしら?」


 有益な情報を提供出来れば保護対象になれそうな気もするけど、疑われて『情報源を吐け』とか言って拷問されたりするかも。

 信じて貰えたとしても、利用する為に監禁されたりする可能性もあると考えると、なかなかリスキーな方法かもしれない。


 最悪の結末を想像して、ゾワッと肌が粟立つ。


「うん、下手な動きはしない方が良いな」


 と、なると、誰にも相談せず、自分だけの力で断罪を回避しないといけないのか。


 大丈夫かな、私。


 取り敢えず、アイザックとの婚約は回避した方が良いよね、きっと。


 ───と、思っていたのだが。


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