5 乙女ゲーム
未だ自室から出る事を許されずに暇を持て余した私は、この世界の『原作』とも言える乙女ゲームについて備忘録を作ろうと、ベッドに半身を起こして真新しいノートを開いた。
ペンを手に取り、覚えている事を片っ端からツラツラと記入していく。
ヒロインの名前はプリシラ。
平凡で幸せな男爵家に育った彼女の運命は、学園入学の前、十五歳の時に受けた魔力測定によって大きく動き出す。
魔力の有無や、その属性、強さ等を測るこの検査によって、彼女が光属性の魔力を持っている事が判明するのだ。
この世界には魔法が存在するけれど、魔力を持って生まれる人間はごく少数。
その中でも光属性持ちは、この国では建国以来一度も発見された事が無い位に珍しい。
他の属性には扱えない治癒魔法を使える光属性の持ち主は、他国では聖女と呼ばれ崇められる存在である。
そんな稀有な存在のプリシラが、この国における初代聖女の地位を目指しつつ、イケメン達との恋を成就させる為に様々な試練を乗り越えていく……という内容のゲームだ。
攻略対象者は、確か五人だったはず。
メインヒーローは第二王子のクリスティアン。
その婚約者の侯爵令嬢ベアトリスが、メインの悪役令嬢。
二番手のヒーローは、筆頭公爵家の嫡男のアイザック。オフィーリアは彼の婚約者であり、ベアトリスの取り巻きでもある。
クリスティアンルートとアイザックルート、それからベアトリスの弟のルートで、オフィーリアはベアトリスと結託してプリシラを虐める。
その結果、この三つのルートのハッピーエンドでは、『聖女を虐げた悪女』としてベアトリス共々火あぶりにされるのだ。
改めて考えると、三人の攻略対象に共通の悪役って、制作側の手抜きを感じるわね。
因みに、他の二人の攻略対象は、オフィーリアとはあまり関係が無いので、後で書き足せばいいや。
登場人物については、大まかに纏めるとそんな感じ。
ヒロインがオフィーリアと無関係な二人のどちらかと恋に落ちてくれれば問題無いんだけど……。
多分、そう都合良くは行かないよね。
断罪は回避したいけど、今の時点ではヒロインやヒーローに恨みがある訳じゃないから、彼等の恋を邪魔しないで済むならその方が良いに決まっている。
私は円満に悪役の座を降りたいだけなのだ。
だけど、ヒロインを虐めなければ安心とも言い切れない。
乙女ゲーム転生をテーマにした小説を前世で読んだ事があるけど、強制力が働いたりだとか、ヒロインも転生者だったりとかして、いつの間にやら悪役令嬢に仕立て上げられてしまう事もあるみたいだから。
「怖いな……」
私はブルっと身震いした。
虐めただけで火あぶりにされるのもかなり重過ぎる刑罰だと思ったけど、虐めてもいないのに火あぶりは本当に勘弁して欲しい。
しかも、それだけの重罰を科されるなら、家族も無事では済まないだろう。
可愛い弟の為にも、なんとしても回避せねば。
取り敢えずは、解決出来そうな問題をヒロインよりも先に処理して、イベントが起こらない様に仕向けてみるか……。
キャラクターの情報に続いて、イベントの内容も書き出す。
死ぬ前日までプレイしていたゲームなので、今ならまだ覚えている事柄は多い。
しかし、その記憶も次第に薄れてしまうかもしれないから、記録しておくのは重要だ。
ゲームの中では、ヒロインを成長させる為だけに、疫病の蔓延などで健康被害に遭ったり、事故などで命を落とす国民もいる。
まあ、病気や怪我に関しては、後からヒロインが治癒魔法で救うんだけど、彼等は助けが来るまでの間、痛みや苦しみと戦うはめになるのだ。
それは断罪回避とか関係なくても、出来る事なら未然に防ぎたいよね。
───コンコンコン。
ノートを見ながら乙女ゲームのストーリーに思いを馳せていた私は、扉をノックする音で現実の世界に意識を引き戻された。
慌ててノートを枕の下へと押し込む。
「どうぞ」
入室を促すと、立派な花束が生けられている大きな花瓶を抱えて、リーザが入って来た。
「お嬢様、起きていらしたのですね。
ご無理をなさると、また坊っちゃまに心配されてしまいますよ」
「ジョエルは過保護なのよ。
そろそろ普通の生活に戻っても良いんじゃ無いかと思うのだけど……」
「それはお医者様からの許可が降りてからですね。
そう言えば、そろそろダドリー先生が往診にいらっしゃるお時間では?」
壁に掛けられた時計をチラリと確認すると、時刻は午前十時を少し回った所だった。
「そうね、先生が来たら、もう動いても良いか聞いてみるわ。
ところでその凄い高そうな花束はどうしたの?」
私が問うと、リーザは僅かに眉を顰めた。
「ヘーゼルダイン公爵家からお嬢様へのお見舞いですよ。
全く、お嬢様に怪我をさせておいて、こんな花束程度でご機嫌を取ろうなんて許し難いですが……。
まあ、それでも、お花に罪はありませんからね」
うわー、ジョエルだけじゃなくて、ここにも不敬罪になりそうなのが居た。
いや、それだけ大事に想って貰えてるのは嬉しいんだけどね。
「流石に公爵家も花束だけで済まそうとは考えてないと思うわよ。
ダドリー先生に診て貰えているのだって、公爵様がご紹介と治療費の提供をしてくださったお陰なのだし。
どちらにせよ、発言に気をつけてちょうだい、リーザ。
ジョエルが真似するわ」
「あら、いつも坊っちゃまは、私なんかよりもっと過激な事を仰っておられますよ」
「尚更悪い!」
「坊っちゃまのアレは、旦那様の事勿れ主義に反発しているのかもしれないですね」
そうなのだ。
ジョエルが少々好戦的なのも、シスコン気味なのも、全ては頼りないお父様の代わりに姉を守らなければという義務感が一因なのだ。
実際、私が何かを悩んでいたり、微妙に体調を崩したりした時に、真っ先に気付いてくれるのはいつもジョエルである。
だからこそ、私もジョエルの乱暴な物言いを強く注意するのが難しい。
「お父様もジョエルも極端で困るわ。
足して二で割ったら丁度良いのに」
「え、天使な坊っちゃまにオジサンの成分が混入するのはちょっと……」
ウチの侍女は権力者への敬意も薄いが、雇い主への敬意も薄いらしい。
異物混入みたいに言わないであげて。
「いや、性格だけの話よ」
リーザが変な事を言うから、容姿も体質も何もかもを足して二で割ったのを、思わず想像しそうになってしまった。
ダメダメ。まだ七歳の私の天使の頭髪が薄くなったり、加齢臭が漂い始めたりしたら、絶対に耐えられないわ!
そんなふざけた事を考えていると、再び扉が叩かれた。
リーザに対応して貰うと、やはり訪問者はダドリー先生だった。




