51 計画は順調?
「フッ……フフフフフ……」
休日の朝、ダイニングルームで食後のお茶を飲みながら新聞を読んでいた私は、思わず笑い出した。
「姉上、流石にちょっと不気味です」
正面に座っていたジョエルが、ドン引きした目をこちらへ向ける。
「えっ? 何が?」
「全てが。
地味な焦げ茶色のローブを着て高笑いしているなんて、もう魔女にしか見えませんよ」
ジョエルが冷たい。そろそろ姉離れかしら?
それとも、シスコンのジョエルでも許容できない位に私の様子がおかしかった?
自分の服装を見下ろしてみる。
この後の予定に備えて、ドレスの上からフード付きのローブを羽織っている。
確かにちょっとだけ魔女っぽく見えなくもないけど……。
「失礼よ。ねぇ、リーザ」
「そうですわね。
どちらかと言えば……、魔女というより魔王に近いかと」
「……魔女より強そうね?」
リーザの中の私のイメージ、どうなってるの?
(まあ、確かにご令嬢っぽくはなかったかもね)
そう反省し、ふぅ、と溜息をついた私は、読んでいた新聞を折り畳んで、テーブルの上に置いたのだが……。
一面を飾る見出しの文字が目に入ったせいで、またもや無意識の内に笑みが浮かんでしまった。
『我らが王太子殿下、イヴォルグ王国の侵攻を未然に阻止!』
南の国境に隣接しているイヴォルグ王国。
数年前に政争に負けて失脚したその国の王弟が、我が国の一部の領土を制圧しようと狙っていた。
イヴォルグ側の国境付近の領地は、元々王弟派の貴族が治めていたらしい。
彼等は王弟の信奉者を集め、国境付近の領地と我が国の領土の一部を使い、新たな国を設立しようと画策していたのだ。
だが我が国の王太子殿下は、その企みを未然に察知し、相手が事を起こすよりも先に国境付近の守りを固めていたので、事なきを得たのである───という内容の記事だ。
この件については、首謀者の兄でもあるイヴォルグ国の王から正式な謝罪を受けており、慰謝料などの話も進んでいるらしい。
しかも、国境付近の住民達も、騎士の皆さんも、全員無傷!!
(私の警告文を信じて動いてくれたのかな?)
乙女ゲームではこんなに詳しい情報は出て来なかったので、大体の時期くらいしか伝えられなかったが、サディアス殿下はしっかりと下調べをした上で、万全な対策で臨んでくれたのだろう。
(だとしたら、陛下のアレルギーの件も、もしかしたら既に解決済みなのかも……)
もしそうであれば、これでプリシラが聖女になる為に必要な試練の内二つを、彼女よりも先に解決できたのだ。
思い通りに事が進んでいるのだから、これが笑わずにいられますか?
注意されても未だにニヤニヤが止まらない私を、ジョエルとリーザが冷めた眼差しで眺めていた。
(よしっ! この調子で王太子殿下に手紙を送り続けましょう)
サディアス殿下をこのまま王太子でいさせるべきなのかは分からないが、イベントを潰してくれる有り難い存在である事には変わりない。
(次は、小麦の不作に関する予知が良いかな?)
私達が三年生に進級する年。
天候不順によって一部の地域で小麦の収穫量が大幅に減り、食糧が不足する不安から暴動が起きそうになる。
それを鎮めるのは、国民に人気の高い『光の乙女』だ。
そして彼女は巻き込まれて怪我をした人達の治癒も行う。
天候はどうしようもないから、多分、輸出量を減らして備蓄を増やすとか、他の地域から融通出来る様に準備するとか、違う作物で補うとかだろう。
問題が起きるのはかなり先だけど、どんな対策を取るにも時間がかかりそうだから、早めに伝えておいた方が良いよね?
そう思案しながら、紅茶のカップを傾けた。
「お嬢様、馬車のご用意が整いました」
「ありがとう。今行くわ」
執事に呼ばれて席を立つ。
玄関前には、お忍びで街へ出る時などに使う、家紋が付いていない簡素な馬車が停まっていた。
リーザと共に、その馬車へと乗り込む。
王太子殿下への手紙の件も上手くいっているみたいだが、他の計画もなかなか順調だ。
その計画とは、コンシーラーの販売による逃走資金の確保である。
何をするにもお金は大事だからね。
先日ヘーゼルダイン公爵夫人とお茶をした際に、シミやソバカスで悩んでいそうなご夫人を何人か教えて頂いた。
その夫人の娘達に学園内で接触し、話の流れでさり気無く『実は私は傷痕をお化粧品で隠しているのですよ』とコッソリ告白した。
すると、私の狙い通りに母親達まで話が伝わったらしく、興味を持ってくれた何人かの夫人から内密に連絡があったのだ。
最初は公爵夫人が自らコンシーラーを宣伝してくださると仰ったのだが、万が一にも皮膚トラブルなどが起きた場合に、公爵夫人が矢面に立つ羽目になると困るので、丁重にお断りした。
情報を提供してくださるだけで、充分過ぎるほどありがたい事だ。
持つべきものは顔の広い協力者である。
二十分ほど馬車に揺られ、本日の営業先の、とある伯爵家へと到着した。
ローブのフードを目深に被って馬車から降りる。
私の後から、大きな鞄を抱えたリーザも降りてきた。
コンシーラーは肌悩みを隠す商品なので、使用している事を公にしたくないと仰るお客様が多い。
私がコンシーラーの開発と販売に携わっている事は、既に一部の人達には知られているので、営業先へは念の為、パッと見ただけでは素性が分からぬ様に配慮して伺う事にしていた。
「お待ちしておりました。
エヴァレット様、こちらへどうぞ」
出迎えてくれた侍女が恭しく礼をして、伯爵夫人の私室へと私達を案内してくれた。
既に部屋の中で待機していた伯爵夫人は、期待半分不安半分といった表情で、落ち着かない様子だ。
私はローブを脱いでリーザに預け、その代わりに商品やサンプルが詰まった鞄を受け取った。
「オフィーリア・エヴァレットと申します。
本日は夫人にお会いできて光栄ですわ」
「こちらこそ、来ていただけて嬉しいわ。
娘には聞いていたけど、とても可愛らしいお嬢さんね」
事前に人払いをお願いしてあったので、伯爵家の侍女達はお茶の準備を整えると、黙礼し、音も立てずに部屋を出て行く。
「では、まずは実際に、使っている所をお見せしましょう。
少しお見苦しいかもしれませんが、我慢して下さいませ」
私はリーザから受け取ったヘアピンで、下ろしていた前髪を留めた。




