42 聖女候補の後ろ盾
校舎内に鳴り響くチャイムの音が、午前の授業の終わりを告げる。
ピンと張り詰めていた教室内の空気が一気に緩み、ザワザワと騒がしくなった。
徐に席を立ち、学食へと急ぐ者。近くの席の生徒とお喋りを始める者。鞄の中から弁当を取り出す者など、生徒達の行動は様々だ。
「オフィーリア、私達もお昼に行きましょう」
「はい」
ベアトリスに誘われて、私も教室を出る。
いつもはアイザックと三人で昼食をとっているのだが、彼は所用があるらしく、今日はお休みをしていた。
貴族子女ばかりが通う学園なので、家の都合で休むケースは結構多い。
「シュークリーム、まだ残ってますかねぇ?」
学食ではデザートの菓子も販売されているが、人気が高くて直ぐに売り切れる。
「うーん、どうかしら?
ちょっと出遅れたから、期待しない方が良いかもよ」
「ですよねぇ。
既にシュークリームを食べたい口になってたのに……。
もうちょっと早く動くべきでした」
ションボリと項垂れた私を見て、ベアトリスがクスクスと笑う。
「シュークリームひとつでそんなに落ち込まなくても。
じゃあ、売り切れてたら、帰りにどっかのカフェに寄って食べましょうよ」
「それ、良いですね」
ベアトリスの提案に笑顔で頷く。
学園に入学してから、既に半年が過ぎていた。
入学当初は廊下ですれ違う生徒達から、額の傷に向かう視線を痛いほどに感じていたけれど、流石に半年間もおでこ全開を続けていれば見慣れたらしく、誰も私の事など気にしなくなった。
好奇の視線が無くなったのは思惑通りだけど、最近は、私を見ると怯えた顔をしたり、気まずそうに目を逸らす女子生徒が何人かいるのが、少し気になる所。
何故?
私、貴女達に何もしてないよね?
ってゆーか、知り合いですらないよね?
この謎については、解明の糸口さえ掴めていない。
学食に辿り着き、入り口の前に貼られているメニュー表を見ると、シュークリームの部分には『完売』の札が貼られていた。
「ああ、やっぱり」
「残念だったわね」
「放課後食べるから良いです。
どこのカフェに行きましょうか?」
テーブルに着いた私達が放課後の計画を立てながら楽しく食事をしていると、入り口付近が少しだけ騒がしくなった。
何事かと視線を向ければ、人垣の向こうに銀色の髪と水色の髪が並んでいるのが見える。
トレーを手にして人混みを抜けて来たのは、やはりクリスティアン殿下とプリシラだった。
二人はベタベタ触れ合ったりはせず、一応適切な距離を保っている。
しかし、甘やかな微笑みを浮かべてプリシラを見詰める殿下の瞳には、とても分かり易く恋情が滲んでいた。
彼等の姿を確認したベアトリスは、ほんの一瞬だけ眉を顰め、直ぐに興味を失ったかの様に手元の皿へと視線を戻して、何食わぬ顔で食事を続けた。
少し前までは殿下とプリシラを非難したり、逆に擁護する者、そしてベアトリスに対して憐れみや嘲笑を向ける者もいたが、今は誰も大きな反応をしない。
私の傷痕と同様に、彼等が共に行動する姿もまた、学園の生徒達にとっては見慣れた光景となっているのだ。
陰でどう言われているか迄は知らないけど。
クリスティアンがプリシラの後ろ盾として自ら名乗りを上げたのは、入学して直ぐの事だった。
プリシラは現在、王都にある中央教会の保護下にある。
なにせ、この国初の光魔法の持ち主だ。
大切にしなければならない存在ではあるけれど、前例が無いだけに、その扱いをどうするべきなのか、議会でも意見が割れていた。
他の国と同様に『聖女』という名誉ある称号を早急に授けるべきだという意見もあれば、まだ目立った功績も無い者にそんな称号を授けるのは時期尚早だという意見もあり、宙ぶらりんの状態が続いている。
そんな中、教会から学園へ、ある要望が出された。
曰く、『光魔法保持者であり、国の重要人物となる可能性が高いプリシラだが、男爵令嬢であるが故に軽視する者が出るかもしれない。そこで、彼女を保護する事が出来る高位の生徒を、友人という名目で近くに置いて欲しい』との事である。
確かに、まだハッキリとした立場が決まっていない彼女を軽んじて、虐げる者が出てくる可能性は否定しきれない。
学園側としても、トラブルは未然に防ぎたいので、この要望を了承したらしい。
だが、適任者の選定には苦慮した。
なるべく一緒に行動させる為には、同じクラスの令嬢が望ましいと考えていたのだが、残念ながらBクラスには侯爵家以上の令嬢が在籍していない。
伯爵令嬢は何人かいたが、いずれも選民意識の高い者や、内向的な性格の者、教会に反発する思想を持つ家門の者など、適任と言える令嬢はいなかった。
そこで手を挙げたのが、クリスティアンである。
しかし、彼は婚約者のいる男子生徒だ。
相応しくない人選である事は明白だったが、他に適任者はなく、何より第二王子に立候補されては学園側も断り難かったのだろう。
苦肉の策で、婚約者同士であるベアトリスとクリスティアンの二人にプリシラの保護を依頼する事にした。
ベアトリスからそれを聞いた時は、彼女とプリシラの距離が近付く事を、私は危惧した。
しかし、私の心配を他所に、その状況はあっという間に解消される。
ベアトリスは当初、クリスティアンはともかく、プリシラに妙な噂が立っては可哀想だと思い、なるべく行動を共にしようとしていた。
勿論、ゲームの中とは違って嫉妬の感情などを持っていないベアトリスは、プリシラに親切にしていたつもりなのだが───。
『もっと優しく出来ないのか?』
『話し方がキツい』
『目付きが悪い』
『お前がいると、プリシラが萎縮する』
『もう良い。私が一人で彼女を保護する』
と、クリスティアンは謎の言いがかりを付けてベアトリスを追い返した。
当のプリシラはオロオロしているだけで、クリスティアンの言葉を肯定もしなかったが、ベアトリスを庇う事もしなかったらしい。
彼女が悪い子かどうかはまだ分からないが、ちょっと無神経なんじゃないかとは思う。
『あら、そうですか?
では、お言葉に甘えて、今後は別行動をさせて頂きますわね』
そう言って、ベアトリスはサッサと聖女候補の後ろ盾を降りてしまった。
学園側は慌てたが、『善意で引き受けた役割でしたのに、何故、謂れの無い中傷を受けてまで続けなければならないのです?』とベアトリスに問われて返す言葉も見つからなかった。
斯くして、クリスティアンは、プリシラのたった一人の保護係という座を獲得したのだ。
鼻の下を伸ばして常に婚約者ではない女生徒と一緒に行動する第二王子に、初めの内は学生達が騒ついた。
しかし、それもいつの間にか日常の風景と化し、今では誰も何も言わなくなっている。
だが、何も言わないからと言って、何も思っていない訳では無いのだ。
果たしてポンコツ王子クリスティアンは、どの程度それを理解しているのだろうか?




