41 三度目の予言《サディアス》
急ぎの案件が舞い込む事もなく、いつもよりのんびりとした空気が漂う王太子の執務室。
休憩時間にゆったりとコーヒーを飲むこの部屋の主、サディアスの下へ、側近が木箱に入れた手紙の束を持ってきた。
「こちらが今月の意見箱に寄せられた要望にございます」
「そうか。ご苦労だったな」
いつもの様に、有益な内容の物とそうでない物に分けられた手紙をチラリと一瞥し、有能な部下へ労いの言葉を掛ける。
「……それから、またこちらが投函されておりました」
一通だけ別にしておいた手紙を懐から取り出し、サディアスに差し出した側近の表情は少し硬い。
「……三通目、か」
「そうなりますね。
今回も、平民街のポストに投函されていた様です。
因みに中身の安全は確認済みですので、ご安心を」
如何にも高級そうな紙で作られた白い封筒には、金箔を使って上品な蔦の紋様が描かれている。
先に受け取った二通と同じレターセットであった。
初めて意見箱にこの封筒が投函されたのは、確か二年くらい前だったであろうか?
意見箱に投函される手紙にしては珍しい高級な封筒は、重要度によって手紙を振り分ける担当文官の目を引き、比較的早い段階で開封されたらしい。
おそらくそれは、差出人の思う壺であったのだろう。
驚くべきは、その内容。
一般に公表していない国王の体調についての指摘が為されていたのだ。
『国王陛下が以前から悩まされている、軽微な体調不良の原因は、ナッツによるアレルギー反応である。
このまま放置すれば、より重篤な症状へと移行するので、早めの対処をお勧めしたい』
この国では、まだ食物によるアレルギー反応の症例は少なく、あまり重要視されていなかった。
しかし、念の為にと、その手の研究を行なっている医師を見付けて意見を聞いてみれば、異国では国民病として大きな問題となっているらしい。
『重症化すれば、呼吸困難により死に至る危険性も秘めた、厄介な病である』と知ってしまえば、国王がその病を発症している可能性を無視する事など出来やしない。
パッチテストと呼ばれる簡単な方法で、アレルギーの有無を確認できると教えてもらい、早速試してみる運びとなった。
小さなガーゼを数枚用意し、それぞれ別の品種のナッツの成分を染み込ませて、腕の内側の柔らかい部分に貼り付け、一定時間そのままにしておく。
すると国王の腕には、一部のガーゼを貼った箇所にだけ分かり易く反応が出た。
テストの結果を受けて、料理長に指示を出し、日々の食事から菓子に至るまで、王宮内で出される全ての食料から該当するナッツを全て排除した。
軽症の内に対処したのが功を奏したのか、それから直ぐに国王が体調を崩す事がパッタリとなくなった。
事態が落ち着けば気になってくるのは、手紙の差出人の正体である。
彼(もしくは彼女?)は、どこから国王の不調についての情報を得たのか?
そして、王宮医師達ですらも気付かなかったその原因を、診察もせずにどうやって特定したのだろうか?
「僭越ながら、私の意見を述べても?」
「言ってみろ」
サディアスの許可を得て、側近は遠慮がちに私見を述べた。
「陛下の周辺の警備は万全ですし、間者が潜んでいる可能性は薄いです。
となれば、予言者である可能性を考えるのが妥当かと」
「予言者……か」
予言者を名乗る人物は、どの国にも、いつの時代にも現れる。
サディアスは彼らに対して胡散臭いイメージしか持っていなかった。
しかし、人類の長い歴史を遡ってみると、危機に瀕した国を救った者さえいたというのだから、中には本当に何らかの能力を持った人物も存在したのだろうとは思う。
(この手紙の主も、同じ様に、何らかの力を持っているのか……?
だとしたら、一体何の目的で、こんな手紙を送ってきたのだろう?)
単なる善行であるかもしれないし、王家に恩を売るのが目的なのかもしれない。
だが、後者である場合は、差出人の名が書かれていないのが腑に落ちない。
或いは、サディアスが全く思い付かない様な目的があるのかも……。
差出人が特殊な能力を持った人間の場合、味方につける事が出来れば心強い存在だが、その目的が不明な以上、危険人物である可能性も今の段階では否定しきれない。
「どちらにせよ、一通の手紙だけでは判断しかねるな」
それから一年半程、手紙の主からの音沙汰は無かった。
サディアスが不審な手紙の存在を忘れかけていた頃、二通目の手紙が舞い込んだ。
『三月の終わり。二番目に高貴な若い夫婦の下へ、待望の姫が生まれる。
早産である為、姫の体は小さいが、健康面には問題がないのでご安心を』
この国で最も高貴な夫妻は、勿論、現国王夫妻だ。
そして二番目と言えば、他でもないサディアスとその妃。王太子夫妻の事を指しているのだろう。
妃は現在妊娠中で、出産予定日は五月の頭。
三月末に生まれれば、確かに早産であるが、そうなる事を事前に言い当てるなど、神でもなければ不可能だ。
しかも、男女どちらが生まれてくるかまで当たっていれば、いよいよ予言者説が濃厚になってくる。
三月末の麗かな日。
妃は無事に、元気な女の子を産んだ。
国全体がお祝いムードに包まれる中、サディアスは謎の手紙の主が予言者である事を確信し始めていた。
しかし、相変わらず何の為に自分にこんな手紙を送ってくるのかは不明で、なんとなく不気味さも感じている。
それから然程時間を置かず、三通目の手紙が舞い込んだのだ。
「今度は何が書かれているんだ?」
はやる心を抑えながら、平静を装って封筒の中身を取り出す。
これまでと同じ、流麗な文字で綴られていたた内容は───。
『南の隣国に不穏な動きあり。有事に備え、国境の警備を強化せよ』




