19 友達の友達は
『ご婚約者様の事がお好きなのですね』という私の言葉に、ベアトリスは何故かしきりに首を捻った。
「違うのですか?
お好みじゃないプレゼントのドレスを態々お召しになるくらいだから、てっきりそうなのかと……」
「さあ、どうかしら? 幼い頃から決められていた相手だから、考えた事さえ無かったわ。
でも改めて考えてみると、もっと小さな頃はともかく、最近の殿下には全然好きになる要素が無いわね。
執務も勉強もサボって私に押し付けてばかりだし、婚約者としての義務も果たさないし、苦言を呈したら逆ギレするし……」
「うわぁ。最悪じゃないですか」
思わず本音が口から飛び出した。
「そうよね。
なんで私、好きでもないし、誠実でもない婚約者からの贈り物を、律儀に着ていたのかしら?
お母様が『殿下から贈られたドレスを着なさい』って煩く言うから、それが当たり前だと思っていたけど……。
そもそも、お母様は届いたドレスを確認していないし、殿下本人だってどんなドレスを贈ったかなんて知らないのだから、着なくても別にバレないわよね」
「え? 贈った本人も知らないのですか?」
「ええ。いつも従者が適当に選んでいるから」
ベアトリスは何でも無い事の様にサラッとそう言ったが、私の中でクリスティアンの好感度はグングン下がって行く。
(ああ、だから『って事になっている』なのね。第二王子、やっぱり最悪だわ)
「それは、まさか殿下ご自身が仰ったのですか?」
「違うけど、聞きたくも無い話に限って、ご親切に態々教えてくれる人が居るのよ。
王宮侍女の中には、殿下との関係が上手く行ってないからって、私を軽んじている者も多くてね。
まあ、それを教えてくれた彼女は、二度と王都に足を踏み入れる事が無いと思うけど」
あ、ちゃんと報復してた。
しかも、王宮からじゃ無くて王都から追放してた。
流石です。
「自業自得ですね。
職務中に見聞きした事柄をペラペラと外部に漏らす様な人間なんて、危なくて王族の側には置いておけないですから」
「ふふっ。そうよね。
お母様には『余計な問題を起こすな』って叱られたけど」
うわぁ。侯爵夫人も、無いわぁ。
それにしても、随分私の知っている設定と違うなぁ。
今思えばゲームの中では、ベアトリスが自身の心情を吐露するシーンなんて無かった。
もしかしたら、『重い愛があるから執着している』というのは、周囲から見た印象に過ぎなくて、事実とは異なるのかも。
本当のベアトリスは、ただ、婚約者としての責務を果たそうと頑張っていたのに、それを踏み躙られたから怒って暴走したのかもしれない。
婚約者を愛していないと改めて自覚したらしいベアトリスは、なんだかスッキリした顔をしていた。
勿論、互いの努力によって婚約者と愛し合う事が出来るのなら、それに越した事はない。
でも、相手が不誠実な態度を取るのならば、こちらばかりが誠意を見せ続ける必要は無いと思う。
いくら身分の差があると言っても、そんなの馬鹿馬鹿しい。
「今日は貴女と話せて良かったわ。
ねぇ、オフィーリア嬢。良かったら、私ともお友達になってくれない?」
「友達?」
驚いて復唱すると、ベアトリスは期待と不安を混ぜ合わせた様な眼差しを向け、コクリと頷いた。
その申し出は、私にとっては被滅への片道切符の様な気もする。
でも……、もしもこの先自分一人が断罪を回避出来たとしても、この可愛らしい人が悪役令嬢となって処刑されてしまったら、多分、私は一生後悔するだろう。
今、少し話しただけでも、ベアトリスの考え方は変わった様に見える。
この世界では異物とも言える存在の私と、友人として交流する事で、ベアトリスの不幸な未来を変えられるとしたら───?
そんな風に思ってしまうのは、傲慢なのだろうか?
散々迷ったけれど、やっぱり私は彼女を見捨てられないと思った。
ならば、ベアトリスと友達になって、一緒に断罪を回避するしかないだろう。
きっと私のゲーム知識が、少しは役に立つ筈だ。
「身に余る光栄ですわ。
私で良ければ、喜んでお友達にならせて頂きます」
そう頷いて微笑めば、ベアトリスも満面の笑みを返してくれた。
ベアトリスと友達になってからひと月程経った、ある晴れた日の事。
その日は、以前からアイザックに誘われていた『街歩き』をする約束だった。
昼過ぎにエヴァレット伯爵邸に迎えに来てくれたアイザックは、満面の笑みで馬車を降りるも、私の隣に並んだ人物を視界に捉えた途端にスンッと表情を凍らせる。
「何故、君がここに居る?」
「私もオフィーリアの友達だからよ」
低い声で問うアイザックに、ドヤ顔で答えたのはベアトリスだ。
「いや、友達になったとは手紙で聞いていたけど……」
アイザックは不満そうにブツブツ呟く。
「勝手に誘ってしまってごめんなさい。
でも、皆んなでお出掛けした方が、きっと楽しいですよ」
そう、私はアイザックとのお出掛けに、ベアトリスも誘ったのだ。
だって、二人きりで出掛けてしまったら、きっと目撃者にデートだって勘違いされて、また面倒な事になるでしょう?
ほら、かつて日本のお昼の顔だと言われていたサングラスがトレードマークのあの人も、『友達の友達は皆友達だ』という名言を残していたじゃないか。
友達の輪、世界に広げようよ。
元々、アイザックとベアトリスは私と知り合う前から幼馴染だったんだし、共通の友人と言っても間違いじゃない筈。
「ハァ……、分かったよ。
良いよなぁ、女同士だと直ぐに仲良くなれて。
僕の方が先にオフィーリアと友達になったのにさぁ」
頷きつつも、溜息と共に恨み言を吐いたアイザック。
ベアトリスはアイザックの手を借りて馬車へと乗り込む際、彼の耳元にスッと顔を寄せて何かを囁いた。
「………リアと………せ………………に」
ニヤリと揶揄う様な笑みを浮かべたベアトリスに、アイザックの頬が一瞬で真っ赤になる。
残念ながらベアトリスの声は、私の元までは届かなかった。
「何の話をしたのです?」
「ふふっ。それはねぇ……」
「ベアトリス、余計な事言うなよ」
私の問いに口を開きかけたベアトリスを、慌てて制するアイザック。
その頬は、まだほんのりと色付いたまま。
それを見たベアトリスは、片手で口元を隠してクスクスと笑う。
結局、何を言ったのかは教えてくれなかったけど、まあいいや。
きっと、長い付き合いの二人にしか分からない話もあるのだろうから。




