18 少女趣味なドレス
このお茶会では、広大な薔薇園が開放されており、参加者達には自由な散策が許されていた。
まあ、要するに『当家の自慢の庭を是非ご覧になって下さい』って事だ。
一頻りお茶やお菓子を楽しんだ頃になると、パラパラと席を立つ人が目立ち始めた。
皆連れ立って、薔薇を愛でながら散歩をしている。
連れ立つ様な友人はここには居ないが、マウント合戦にも飽きて来たので、私も薔薇園へと足を踏み入れた。
公爵邸とはまた違った趣きの薔薇園は、なかなか遊び心のある凝った造りで、迷路みたいに生垣が複雑に入り組んでいた。
奥まった所にある静かなベンチに座り、のんびりと薔薇を眺める。
「はぁ……、凄いお庭ね。
これ、きっとお手入れ大変なんだろうなぁ……」
庭師の苦労に思いを馳せて呟くと、薔薇の壁の向こう側から「クスッ」と微かな笑い声が上がった。
近くに人がいるとは思わなかった。
独り言を聞かれてしまった私は、羞恥に顔が熱くなる。
「立ち聞きするつもりではなかったんだけど……、貴女、本当に面白いわね。
普通のご令嬢は『綺麗ねぇ』とか、ありきたりな感想を述べるものじゃないかしら?」
そう言いながら生垣の影から姿を現したのは、ベアトリスだった。
普通のご令嬢じゃなくて、済みません。
でも、面白れぇ女認定とか要らないんですよ。マジで。
褒められてるのか貶されてるのか分からないし、変なフラグが立ちそうで嫌な予感しかしない。
ゲームキャラとは距離を置きたいのに、今日は妙にベアトリスと縁がある。
「あの、こちらのベンチをご使用になられるのでしたら、私は移動しますね」
立ち上がろうとする私を、ベアトリスは制した。
「ああ、良いのよ。二人くらい余裕で座れるじゃないの」
それって、もしかして並んで座れって事でしょうか?
出来れば遠慮したいのですが……。
───なんて、間違っても口には出せない。
私にもミジンコなお父様の遺伝子が混じっているせいか、基本は小心者なのだ。
「ベアトリス・アディンセルよ。よろしくね」
そう言って笑ったベアトリスは、身分の低い私に対しても意外な程にフレンドリーで、傲慢さは全く感じられなかった。
まだ幼さが残る可愛らしい彼女が、将来悪役令嬢になるだなんて、とてもじゃないけど想像出来ないな。
「オフィーリア・エヴァレットと申します」
「知ってるわ。今や貴女、有名人だもの。
さっきは私の知り合いが失礼な事を言って、ごめんなさいね。
もっと早く止めようかと思っていたのだけど、貴女がニコニコしながら彼女達を煽り捲ってるから、なんだか面白くなって来ちゃって」
また面白いって言われた。
そんなに変な事を言ったつもりは無いのだけど。
それにしても、あの縦ロール達って、ベアトリスにとっては友達でも取り巻きでもなくて、単なる知り合い程度の関係性だったのね。
「いえ、アディンセル様は悪くありませんので。
逆に彼女達を窘めてくださって、ありがとうございました」
「ベアトリスで良いわよ。
実は、アイザックからも頼まれていたの。
何処かで貴女が困っているのを見たら、助けてあげて欲しいって」
(ああ、そういう事か)
私の知らない所でもアイザックに気を使われていたのね。
しかもベアトリスまで巻き込んでしまったなんて、なんだか申し訳ない。
「お気遣い頂き、ありがとうございます。
そう言えば、ベアトリス様とアイザック様は幼馴染なのですよね」
「そうね……私と、アイザックと、騎士団長の息子のニコラスと、クリスティアン殿下の四人は、昔はとても仲が良かったの」
婚約者であるクリスティアン第二王子殿下の名前を出した時、仄かにベアトリスの顔色が曇った。
しかも、『昔は仲が良かった』と過去形で言ったという事は、今はきっと微妙な関係性なのだろう。
因みに、ベアトリスの話に出てきたニコラス・フェネリーも攻略対象者の一人だ。
「そうなのですね」
私はデリケートな部分に触れない様に、無難な相槌を返した。
憂い顔のベアトリスは、自分のドレスに視線を落とし、小さく溜息をついた。
「……ねえ、貴女も、このドレスが私に似合っていると思う?」
令嬢達は褒めちぎっていたけれど、どうやら彼女自身は今日の装いを気に入っていないらしい。
ベアトリスは私にどんな答えを期待しているのだろう?
気に入らないドレスだからといって否定して欲しい訳ではないかもしれない。だが、褒めて欲しいとも限らない。
どちらを望まれているのか不明なら、下手な小細工はせずに、素直な感想を伝えた方が良いのかな。
真っ赤な髪色に鮮やかなグリーンのドレスの組み合わせは、個人的には嫌いじゃないし、似合っていないとまでは思わない。
ただし、レースやリボンがふんだんに使われた今日のドレスは、どちらかと言えば少女趣味なデザインなので、ベアトリスらしくない気はする。
ベアトリスを褒め称える際によく使用される『真紅の薔薇』という言葉のイメージにはそぐわないのだ。
「正直にお答えしても?」
「勿論よ」
「ベアトリス様は可愛らしいドレスも意外とお似合いになるのだな、とは思いました。
いつものイメージとは違っていますが、今日の装いも素敵だと思います。
ただ……、これは個人的な好みのお話ですが、私は普段のベアトリス様の大人っぽい装いが好きです」
私の答えを聞いたベアトリスは、ホッとした顔になる。
どうやらこの答えは彼女にとっても悪くなかったみたいで、私も安堵した。
「そう……。やっぱりそうよね。
私もそう思ったのだけど、何をやっても皆が褒めちぎるから、もう何が正解なのか分からなくなってしまって。
私の周りには、あまり本当の事を言ってくれる人がいないのよ」
「……それは、お淋しいでしょうね」
大勢の人達に囲まれていても、その人達が自分の顔色ばかりを窺っているのであれば、きっと孤独だろう。
権力を持つのも利点ばかりじゃないんだな。
「このドレス、一応はクリスティアン殿下からのプレゼントって事になっているから、趣味に合わなくても仕方なく着ていたの」
(『…って事になっている』とは、どう言う意味かしら?)
若干の疑問を抱くが、この時は、単なる聞き間違いかもしれないと思って軽く受け流した。
「ベアトリス様は、ご婚約者様の事がお好きなのですね」
思わず零れた私の言葉に、ベアトリスは訝し気な表情を浮かべる。
「好き? ……私が、殿下を?」
乙女ゲームの中のベアトリスは、家族との関係が希薄なせいで、婚約者のクリスティアン殿下に過剰な愛情を示して執着しているって設定だったのだけど、実際は違うのだろうか?




