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死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く  作者: miniko


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157 愚か者達《サディアス》

 サディアスの執務室の隣には、彼専用の小さな応接室がある。

 貴族からの嘆願を聞いたり、商談などにも幅広く使われるその場所は、シンプルではあるが上質な調度品に囲まれた、サディアスのお気に入りの空間だ。


 サディアスはその部屋のソファーにドッカリと深く腰掛け、長い脚を組みながら、肘掛けに頬杖を突いていた。

 あまりにもだらし無い姿勢ではあるが、不機嫌そうな空気を放つ王太子に意見出来る勇者など、この場には誰一人として存在しない。


 サディアスの鋭い視線の先には、青白い顔色で俯くクリスティアンの姿があった。



 愚弟が使用していた例の香については、弱い効果しか出ない物だと報告を受けている。

 しかし、今回の事件の結果を見れば、使用者の精神状態によっては思いの外強い影響を受けてしまうケースもあるみたいだ。


 よってサディアスは、この香を医師の処方以外では使用出来ない薬として登録した。

 同時にクリスティアンの部屋にあった香を押収。


 最初は抵抗を見せたクリスティアンであったが、現在はすっかり大人しくなっている。

 それが、香の効果が完全に切れたせいなのか、それとも、自らの将来が暗く険しい物になる事を察したからなのかは不明である。

 或いは、その両方なのかもしれない。


 そんなクリスティアンは、落ち着かない様子でチラチラと辺りを見回す。


「何だ?」


 冷ややかに問えば、クリスティアンは小さく体を震わせた。


「……その、てっきり父上に呼び出されると思っていたので……」


「父上は忙しいんだよ。お前に説教をしている暇など無い」


「……そう、なのですか?」


 クリスティアンが首を傾げるのも無理はない。

 ここ数年、国王よりもサディアスの方が余程忙しく働いていたのは、クリスティアンだって良く知っていたし、今回のフォーガス伯爵領の問題だって、サディアスが中心となって解決に動いていたのだから。


「ああ、退位の準備があるからな」


「……………………は?」


「何を驚いている?

 自分の息子が問題を起こしたら、責任を取るのが親の務めだろう?」


「そんな……私がした事は、そんなに……?」


 呆然と呟くクリスティアンを、サディアスは鼻で嗤った。


「散々叱責されたのに、今頃理解したのか?

 苦しんでいる人を助けるだなんて大風呂敷を広げておいて、道中に贅沢をしている姿を多くの国民に目撃されたんだ。

 今や王家への不信感は限界まで膨れ上がっていて、誰かが責任を取らねば収拾が付かない状態となっている」


 まあ、こうなったのは概ねサディアスの計画通りである。


 クリスティアンが愚行を犯す度に、父も叱責だけはしていたが、あまり効果は無かった。

 このままでは取り返しが付かなくなるので、重い罰を与えるべきだと何度も進言したが、父は首を縦に降らなかった。

 ならば勝手にしろと、サディアスは放置した。

 その代わり、最終的には父にも責任を取って貰えば良いのだと。



 サディアス達の父である現国王は、クリスティアンに甘いが、それには少々事情がある。


 表向きは国王夫妻の実子とされているクリスティアンだが、本当は国王の愛妾だった女が、飲むべき避妊薬を態と飲まなかったせいで孕った子供なのだ。


 最初は普通に婚外子として発表するつもりだった。

 しかし、王妃が他国の王女であり、父王に溺愛されていた事から、国王の不貞を明るみにすれば、国同士の関係が不安定になるのではと危惧された。


 では堕胎させるべきなのか? との議論には、当の王妃が待ったをかけた。


 国王夫妻は完全なる政略結婚で、二人は戦友の様な関係であったが、男女の愛情は無かった。

 しかも王妃は閨事が少々苦手だったのだ。

 だからこそ、愛妾の存在を容認していた。

 勿論、愛妾との間に子を作らぬ事が前提条件ではあったけれど。


 とは言え、既に芽生えてしまった命を奪うのは憚られる。

 それに、その子を王妃が産んだと偽装すれば、やっとスペアを産めとのプレッシャーから逃れることが出来るという、ほんの少しの打算もあったのだろう。


 斯くして王妃は腹に詰め物をして妊娠を装い、クリスティアンを実子として発表した。


 その事情を知る者は、王族と一部の高位貴族、そして信頼出来る使用人のみであった。

 クリスティアン本人にさえも伝えられていない。

 しかし、おそらく何処かで、自分の出自を耳にしてしまったのだろう。

 クリスティアンは、いつの頃からか、とても捻くれてしまった。


 そんなクリスティアンを、父は哀れに思っているのだ。

 ならば、きちんと話し合いの機会を作って、謝罪するなりフォローするなりしたら良いのに、父は目を背けたのだ。

 面倒な事から逃げる性格は、クリスティアンにそっくりである。


 父は賢王とまでは言えないが、クリスティアンへの煮え切らない態度以外は問題が無い。

 なので、未だに父を擁護する臣下も多かったのだが、流石に今回の件では全員が退位に賛成した。



「お前も王都へ戻る過程で民の怒りを感じる事があっただろう?」


 帰路での出来事は、同行した騎士等から既に聞き及んでいる。


「……それは、そうですが……」


 クリスティアンは眉根を寄せて、唇を噛んだ。


 宿屋で宿泊を断られたり、食料を売ってもらえないなんて、クリスティアンには初めての経験だったのだろう。


「薬が足りず、終息に時間が掛かっていたなら、お前達への風当たりはもっと強くなっていただろう。

 エヴァレット嬢に感謝しろよ?」


「エヴァレット嬢に、何の関係が?」


「彼女が隣国の従兄弟に掛け合ってくれたお陰で、迅速に薬を手配する事が出来た。

 しかも、新たな輸送方法まで提案してくれて、大幅に輸送時間が短縮されたんだよ。

 そんな彼女にも、お前達はこれまで散々迷惑をかけていたらしいな」


「それは、アイザックが私の側近を降りたのが、彼女のせいだったからで……」


「アイザックがお前から離れたのは、お前が馬鹿だったからだろう?

 彼は私に頭を下げて、『残念ながら、僕では力不足で、クリスティアン殿下を支える事が難しそうです』と、言っていたぞ」


 全く残念そうな顔はしていなかったけど。

 寧ろ、邪魔な荷物を捨て去って、晴れ晴れした様子だった。


「そんな……。でも、プリシラだって……」


「男爵令嬢でしかないプリシラ・ウェブスターが、一体何を知っていると言うんだ?

 大方、根も葉もない噂を鵜呑みにしただけだろう。

 それにしても、やっとウェブスター嬢の名が出てきたが、彼女の現状は心配じゃないのか?

 自分の妃に相応しいとか、愛する人とか宣っていたらしいが」


「私の妃に相応しいと思ったのは、プリシラが聖女候補だったからです」


「魔力が消えたから、簡単に捨たんだな」


「王族ならば、利益を考えるのが当然です」


「愛したはずの者を見捨てるなど、私には到底真似出来ないな。

 まあ、確かに、王族ならば私情よりも利益を優先せねばならない場面はある」


「ほら、そうでしょう?」


「勘違いするな。

 その『利益』とは、個人にとっての利益では無く、国にとっての利益だ。

 お前のそれは、ただの自分本位だろう」


「ち、違うっ!」


「そうか?

 では、プリシラ・ウェブスターが国にとってどんな利益を齎すと思っていたのだ?

 たとえ治癒魔法を失わなかったとしても、お前と一緒に遊び歩いていたあの性格では、近い将来全ての国民から嫌われるのがオチだ。

 どう考えても、ベアトリスの足元にも及ばない。

 キッシンジャー辺境伯もアイザックも、素晴らしい婚約者を得た。

 やっぱり優秀な者は、優秀な相手と結び付くのだろうな」


『それに比べて、お前は……』という言外の意味を感じ取ったのか、クリスティアンは大きく顔を歪ませた。


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