146 満開のお花畑
今朝もいつもの通り、アイザックが私を迎えにエヴァレット伯爵邸を訪れた。
しかし、今日はいつもと違って、アイザックが私を膝に乗せる事も、私の膝に頭を乗せる事もなく、隣り合って座る様にと促される。
こちらの方が正常であるにも拘らず、何故か違和感を覚えてしまうのは、私がアイザックとの触れ合いに慣れ切ってしまっているせいだろう。
(今日に限って、何故?)
そんな疑問が頭をよぎる。
私の手を握りながら、アイザックはいつもよりも真剣な表情で語り始めた。
それは、キッシンジャー辺境伯による実行犯の取り調べについての話だった。
話がひと段落した所で、私は大きく息を吐き出す。
緊張により、途中から呼吸するのを忘れていたのだ。
「それで、妹さんの居場所は分かったんですか?」
「トレヴァーという男の供述から、教会が運営する療養施設を秘密裏に調べた。
妹をはそこで今も保護されている。いや、捕獲と言うべきかな」
療養施設とは、例の、精神病患者を保護している施設だ。
『なんらかの精神的なショックによって目覚めないのだ』って事にでもされているのだろう。
「でも良かった。生きているんですね」
「ああ。施設の職員は、上からの命令で何も知らずに彼女の世話をしているみたいなんだ。
カイルに作らせた解毒薬を投与すれば、問題なく目を覚ますだろう。
トレヴァーの家を捜索した結果、妹の日記も入手した。
そこには意識を失う前日に、成り行きで教皇と午後のティータイムを共にしたと書かれていた」
あの薬は効果が出るまで半日程度かかると聞くから、教皇と一緒に飲んだというお茶に薬が仕込まれていた可能性が高い。
「それって、証拠になりますか?」
「証拠の一つにはなるよ。
これだけでは弱いが、他にも色々と細かい証拠が出ているし、実は重要証人も何人か確保出来たから、このタイミングで逮捕に踏み切る事になった」
これまでの捜索の中で教皇の関与を疑わせる事実は多く発覚していたらしい。
しかし、中途半端な形でこちらの動きを悟られると逃亡される恐れがあったので、機を見ていたのだ。
「いよいよなのですね」
「うん。
今日、関係各所への一斉捜索と、関係者全員の捕縛がされる予定だ。
同時に療養施設にも踏み込んで、実行犯の妹を証人として保護する。
多分、学園の方も騒がしくなると思う」
「それは……、リンメル先生も、捕まるから?」
「オフィーリアは鋭いね」
「忘れたんですか?
リンメル先生を最初に疑ったのは、私ですよ?」
「そうだったね。
実行犯が撒いていたウイルスは、とある薬の研究所から盗み出された物だった。
そこは管理が杜撰だったみたいでね、いつ紛失したのかハッキリしなかったが、一年ほど前の入館者名簿にビクター・リンメルの名があった」
「……そう」
リンメル先生は攻略対象者の一人だった筈なのに、何処から彼の運命は狂ってしまったのだろう?
第一印象では良い人そうだと思ったのに、私は人を見る目がないのかもしれない。
「例によってユーニスを君の護衛につけているけど、何かあるといけないから、一応コレも持っておいて」
そう言ってアイザックが私に手渡したのは、小さめの短剣だった。
ご丁寧に、腰に提げる用のベルトまで用意されている。
一瞬、『何かのフラグか?』とか思ったけど、備えておくに越した事はない。
それに、アイザックが私の事を『自分の身は自分で守れる人間だ』と、認めてくれているみたいに感じて、少し嬉しかったのだ。
だから素直にそれを受け取り、腰に巻いて制服の上着で隠した。
「ところで、ウェブスター嬢達は、今どうしているのですか?」
私の質問に、アイザックが発する空気が急速に冷たくなる。
「ああ、あのお花畑達か」
「お花畑……?」
「アイツ等なら、まだ現地に到着するまで三日はかかるだろう」
「は? もう出発してから十日以上は経ちましたよね?」
王都からフォーガス伯爵領までは、馬車でも最速で行けば一週間とちょっとで着くと思っていたのだが……。
「サディアス殿下が同行させた騎士からの定期連絡によれば、大きな街を通る度に高級レストランで楽しそうに食事をしたり、宿の部屋が狭いと文句を言ったり、のんびりゆっくり進んでいるらしいよ」
マジか。
出立時のアイザックの愚痴を聞いた時にも思ったけど、やっぱり自分の任務の重要性を全く理解していないらしい。
ってゆーか、宿の部屋が狭いって……。
こんな非常時なんだから、野営するのが普通だと思っていたよ。
まあ、プリシラ達は要人だから、その場合でもテントとかじゃなくて車中泊になるんだろうけど。
「脳内お花畑、満開みたいですね」
呆れた私が呟くと、アイザックも苦笑した。
「本当にな。
まあ、ウェブスター男爵令嬢は今回の事件には直接関わっていないと見られているけど」
「でしょうね。
おそらく国民の支持を集める為、『聖女候補』という分かり易い象徴として祭り上げられただけなのでしょう」
「だからといって、全く罪がないとまでは言い切れないが。
どちらにしても、王都に引き返させると時間がかかるから、そのまま現地に向かわせる事になった。
薬が行き渡っているとはいえ、今後も多少は感染者が出るかもしれないし、薬を飲んでも完治していない者が残っているかもしれないから、その場合は治癒を使わせる。
その後は参考人として事情聴取をする予定だ」
「彼女達が到着する迄に、全ての人が完治していると良いですね」
「今後もノロノロ進むなら、その可能性も高い気がするけど、どうかな?」
彼女達の力を頼るのは面白くないが、治癒魔法を使う事によって病に苦しむ人々が少しでも早く完治するなら、それはそれで歓迎すべき事である。
どちらにしても、彼女達が任務そっちのけで楽しみながら移動している姿は、多くの人に目撃されているだろう。
少しくらい治癒魔法を使った所で、その醜聞が覆るとは思えない。




