111 無実の証明
クリスティアンに証明の機会を与えられたので、私達を取り囲んでいる野次馬に声を掛けた。
「それではそちらにいらっしゃる皆様、念の為もう少し離れて下さいませ」
私の指示で人垣が動き、あっと言う間に広い空間が出来る。
「はい、そのくらいで結構です」
次に庭園の通路の隅に落ちていた手頃な石を拾い上げ、自分のハンカチで汚れを拭うと、ベアトリスにそれを手渡した。
「ベアトリス様、これをあちらに向かって思いっきり投げてみて下さい」
人が居なくなった方向を示してそうお願いすると、ベアトリスは戸惑いながらもそちらの方を向いて立った。
「思いっきりですよ」
「何がしたいのか良く分からないけど……、オフィーリアが言うならやってみるわね。
……───えいっっ!!」
大きく振り被ったベアトリスの右手から放たれた小石は、明後日の方向へと飛んで行き、一メートル足らずの距離でポトリと落ちる。
「「「「…………」」」」
周囲の人々は皆、唖然とした表情でベアトリスを見詰めた。
うーん。思った以上に飛ばなかったな。
「それが全力ですか?」
「ええ、見ているだけだと簡単そうなのに、なかなか難しいのねぇ」
ベアトリスは自分でも納得いかないのか、キョトンとした表情で首を捻っている。
可愛いな。
いや、いかん。ほっこりしてる場合じゃなかった。
「ご覧になりました? やっぱり不可能です」
私がクリスティアンに向かってそう言うと、彼は盛大に顔を顰めた。
「そんなの何の証明にもならない。
ベアトリスの力加減次第じゃないか」
「いいえ。間違いなくこれがベアトリス様の限界です。
……と言うか、貴族令嬢であれば皆、似たり寄ったりだと思いますよ」
「……は?」
「だって、ほとんどの令嬢が物を投げた経験など生まれてから一度もないのですから。
殿方には簡単に思えるのでしょうけど、貴族の女性は遠くに物を投げるなんて出来ません。
ましてや人混みに紛れつつ卵を標的に命中させるなんて、絶対に不可能です」
平民ならば子供の頃は男の子と混じって外で遊んだり、フルーツなんかをポイッと投げて渡したりする事もあるのかもしれないけど、淑やかさを強いられる貴族令嬢は幼い頃であっても物を投げるなんて許されない。
体の動かし方やコツを全く分かっていないのだから、その能力は幼児と変わらぬ程度である。
「そんなの嘘だ。
『貴族令嬢が気に入らない使用人の顔にカトラリーや筆記具を投げ付けた』なんて話は、私の耳にも日常的に入ってくるぞ」
マジか。
どこの世界の日常よ?
そんな昼ドラみたいな事が頻繁に起こっているのだとしたら、この国の令嬢教育を早急に見直すべきじゃない?
「私はそんなお話一度も聞いた事がありませんが……。
その場合、おそらく手を伸ばせば触れられるくらいの近距離だからこそ、ぶつける事が可能だったのでは?」
その後、試しにプリシラを含め、赤髪でも長身でもない何人かの令嬢が石投げに挑戦したが、結果は予想通り。ベアトリスと大差はなかった。
まあ、実は私ならば余裕で投げられるのだけど。
目撃された容姿には当てはまらないのだから、あえて言及する必要は無いよね?
多くの生徒は私の主張に納得してくれたみたいだが、それでもクリスティアンは諦めなかった。
「ベアトリスが密かに特訓を積んでいる可能性だってある!」
ねーよ。
無駄に粘り強さを発揮すんなや。
諦め悪い所はプリシラにそっくりだな。
なんかの病気か? 伝染病か?
あまりに苛々し過ぎて、つい脳内の言葉遣いが悪くなってしまうわね。
ここまで人を苛立たせるのって、一種の才能だと思うわ。
「何の為にでしょうか?」
「それは、プリシラを陥れる為、に……」
段々と声が小さくなったのは、自分でもおかしな事を言ってると途中で気付いたからだろうか?
ちょっとは考えてから口を開けよ。
「取るに足らない男爵令嬢に卵をぶつける為だけに、公爵令嬢が物を投げる秘密特訓を行なったのだと、第二王子殿下は主張なさるのですね?
仮にベアトリス様がどうしてもウェブスター嬢に意地悪をしたかったとしても、他にもっと有効な方法がいくらでもあると思うのですが……。
態々特訓を行なってまで卵をぶつける手段に拘った理由は、一体何なのでしょうか?」
あまりに馬鹿馬鹿しい主張に、周囲からもクスクスと笑いが漏れ始める。
「でもっっ!!」
その笑い声を掻き消す様に、プリシラが声を上げる。
出たよ。プリシラの『でも』。
「でもっ……、私が見たのは確かに女子生徒でしたっ!!
この学園の女子生徒は皆んな貴族令嬢です。
エヴァレット様の主張通りなら、容疑者がいなくなってしまうわ!」
「ま、まさか、女装をした男子生徒だったと言うのか?」
言わねーわ。
話がややこしくなるから、迷探偵はちょっと黙ってくれないかな?
「フェネリー様」
私はポンコツ二人の言葉には答えず、ニコラスに声を掛けた。
「おいっ、無視するなよ!」
喚くクリスティアン。
もう本当に面倒だから黙ってて。
「聞いていれば自ずと答えが分かりますよ」
冷ややかな視線を向けてそう言う。
私の隣でアイザックも殺気を込めて睨み付けているせいか、クリスティアンは不服そうな顔をしながらも口をつぐんだ。




