100 溺愛アピール
手紙という名の爆弾を投下した事により、とてもギスギスした空気になってしまったお茶会会場。
だが、一番の目的であったプリシラの非常識さを知らしめる事は出来たので、まあまあ成功と言えるだろう。
「で、ですが……、婚約の理由がエヴァレット様の事故のせいだというお話は、事実なのではないですか?」
後に引けなくなったのか、プリシラ信奉者が悪足掻きを始めた。
どんなに不利な状況でも、自分達を正当化しようとするその姿は、プリシラを彷彿とさせる。
類友なのか、朱に交わって赤くなったのかは分からんけど、これ以上面倒な奴が増えるのは勘弁して欲しい。
それにしても、記憶力が悪過ぎる。
ついさっきフレデリカが、私とアイザックの仲の良さを証言をしてくれたばっかりなのに、もう忘れたのかしら?
だけど、悪役令嬢にあるまじき地味な容姿の私が『溺愛されてます!』って自ら宣言しちゃうのは、ちょっとイタいんじゃないかって気がする。
ここはベアトリスかフレデリカに反論してもらった方が良いかも……。
そう考えて目配せするが、何故か二人ともニヤニヤと意味あり気に笑うだけ。
良く分からない二人の反応に戸惑っていると、不意にいつもの柔らかな声が背後から私の名を呼んだ。
「オフィーリア」
「えっっ!? どうしてここへ?」
振り向いた私の視線の先には、アイザックが麗しい微笑みを浮かべて立っていた。
ベアトリスとフレデリカには協力を頼んだけれど、アイザックは来ない予定だったのだが……。
(あ、ヤバい。
アイザックが実物の手紙を読んだりしたら、血の雨が降っちゃう)
ハッと気付いた私は、慌てて手紙をドレスの隠しポケットの奥に突っ込んでから立ち上がる。
すると、すかさずグイッと力強く腰を抱き寄せられた。
「妹を迎えに来た。
……というのは口実で、ただオフィーリアの顔を見たかったんだ。
君が初めて主催するお茶会の様子も気になったしね」
仲良しアピールなのだろうけど、ちょっとやり過ぎじゃないかい?
ベアトリスとフレデリカは生温かい視線をこちらへ向けているし、他のご令嬢達に至っては真っ赤になって固まっている。
「あら、私ってそんなに頼りないですか?
信用が無いのですね」
「そうじゃないけど、君を心配するのは婚約者の特権だろ?
でも来てみて正解だったみたいだね。
僕の可愛い婚約者は、どうして泣いていたのかな?」
スッと瞳を眇めたアイザックは、まだ少し赤い私の目元を指先で優しく拭った。
そしてプリシラの取り巻き達の席へチラリと視線を向ける。
何人かのご令嬢がビクッと肩を揺らした。
「……これは違います。
貴方との婚約を皆様に祝福してもらえたから、嬉しかっただけですよ」
命の危機を救ってあげたのだから、プリシラの取り巻き達には大いに感謝して欲しい。
「そう?……君がそう言うなら良いけど」
少し納得いかなそうな顔をしながらも、頷いたアイザック。
彼はプリシラ擁護派に冷たい眼差しを向け続けながら、私の髪を一束手に取ると流れる様に口付けを落とす。
まるで私を傷付ける者を牽制するかの様に。
「そういうの恥ずかしいからやめてって、いつも言ってるのに」
彼の手からパッと髪を取り戻して軽く睨み付けたけど、アイザックはそんな私を見て嬉しそうに笑う。
「ごめん。やっと婚約出来たから、嬉しくて」
至近距離で微笑まないで。
眩しくて目が潰れそうだし、顔が熱くなるのを止められないから。
『婚約を解消しろという内容の手紙を受け取ったので、それをお茶会で公開してプリシラの異常性を広く訴えたい』
アイザックには今回のお茶会をそう説明してある。
私とアイザックの円満な姿を見せ付ける事によって、『プリシラは愛し合う婚約者同士を引き裂こうとしているのだ』と参加者達に強く印象付ける事が出来ただろう。
アイザックが援護射撃をしてくれているのは分かってる。
私も彼に触れられるのは嫌じゃない。
個人的には、ちょっと浮かれポンチなアイザックも、尻尾振ってるワンコみたいで可愛いなと思ったりする。
けど、人前でこういう事サラッとしちゃうのは、本っっっ当に勘弁して欲しい。
前世は慎み深い日本人だったから、こーゆーのは慣れてないのよーー!!
「コホンッ…!
お兄様、一応お迎えに来てくださった事にはお礼を申し上げますが、まだお茶会は終了していないのですよ」
態とらしく咳払いをしたフレデリカがアイザックを窘めると、漸く私は彼の腕の中から解放された。
「そうみたいだな。
じゃあ、僕はジョエルに相手をしてもらいながら待たせてもらうとしよう」
その言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をしながらアイザックの相手をするジョエルの姿が想像された。
「ジョエルを揶揄うのは程々にしてあげてくださいね」
「ハハッ。分かったよ。
ご令嬢方、楽しい時間の邪魔をしてしまって申し訳なかった。
オフィーリア、また後でね」
そう言ったアイザックは大きな手で私の頭をポンポンと撫でると、爽やかな笑顔を残して去って行った。
お茶会の参加者達が一体どんな顔をして私達を見ていたのかと思うとちょっと怖かったけれど、覚悟を決めて振り返る。
プリシラの取り巻き達はすっかり大人しくなって、気まずさを誤魔化す様に黙々とお茶を飲んでいる。
その他の参加者は頬を染め、キラキラとした眼差しをこちらに向けていて、私は彼女達にぎこちない笑みを返した。
その後、ご令嬢達から質問攻めにされたのは言うまでもないだろう。
私が照れて答えられない質問については、フレデリカとベアトリスが嬉々として代わりに答え、お茶会後半は私の予期せぬ方向へ大いに盛り上がったのだった。




