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第3話 レディ。

「サロンコンサート、ですか?」


生徒の書いた譜面を見ながらレディの話を聞いていた。こいつの、このフレーズいいな。これを主旋律にして書き換えたら…。


「そうなの。取引先の伯爵家の当主に誘っていただいて。私が音楽家の発掘をしていると聞いて、紹介したい若手がいるらしいのよ。」


嬉しそうにそう言うレディは、今日はアカデミアの声楽科に入ったロイクの様子を見に来ていた。いつものように俺の研究室の椅子に座って、自分で出したお茶を美味しそうに飲んでいる。相変わらず地味な格好だが…


「来週末なんですけど、教授の都合はいかがかしら?」


来週末ね…このところ付き合っていた女には、あの日ホテルで放置して…平手打ちを食らって別れたばかりだし、暇だ。今のところ。


譜面から目を離してレディを見る。

「よろしいですよ。」

「まあ、良かった。会場はエロワ侯爵家の別宅らしいです。では、当日、馬車を回しますので。」

「はいはい。それで?ロイクの様子は見ましたか?」

「ええ。真面目にやっているようですね。」


ロイクは思ったより真面目に勉強している。読み書きは随分できるようになってきたし、今はオペラの古典に多いラテン語も習っている。声楽の教授も面倒見がいいので、本当に発声の基礎からやってくれている。歌える奴はないがしろにしがちだが、一番大事なところだ。


「ただ…レディもご存じだと思いますが、かといって彼の成功を約束するものではないですよ?」

「ええ。それは存じ上げています。」


上手くいく者もいる。栄光をつかむ者も。挙句に奢ってしまう者も。

良いものを持っていても、時代に合わない者もいるし、プレッシャーに負けてしまう者もいる。特に、自分は上手い、と思っていればいるほど、アカデミアのような天才やら秀才やらが集うところでは…自分を見失いがちだ。好き、だけでは渡ってはいけない。


…ロイクは意外と能天気なようなところがあるので、その心配はないか…


レディの隣の椅子に座って、先ほどレディが出しておいてくれた紅茶を飲む。


「運、とかいう言葉を使いたくはありませんがね…まあ、あなたに会えたことは、あの子にとって幸運、かもしれませんね。」


俺がそう言うと、レディがふわっと笑った。



*****


サロンコンサートの当日、レディの回してくれた馬車に乗り込む。


「楽しみですわね、教授。」

「……」


もうなんだかんだと2年以上の付き合いになるが…この人はお出かけ姿も地味だ。丸眼鏡に丸めた髪。モスグリーンのワンピース。


「じゃあ、教授、エスコートお願いいたしますね。」

「あ、はいはい。」

馬車からレディが降りるのを手を添えて手伝う。


腕を組んで会場に入る。入口の受付で、小さな冊子を手渡される。絶賛売り出し中の新人が3人。

パトロンとして若い音楽家を3人も抱えるなんて…ここの侯爵家のばあさんもたいがいだな。


「楽しみですね。今日お勧めの人は…ヴァイオリン奏者みたいですよ。」

挨拶を済ませて席に着くと、小冊子を見ながらレディが俺の耳元に小声でささやく。


「レディ、いいですか?美味しいものがあると言っても知らない人に付いて行ってはいけませんよ?珍しい楽器があるとか、逆立ちして演奏してみせます、なんてのもだめですからね?」

「あら。」


一応…念押ししておく。







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