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7話⑵【舞踏会】

 ラナージュと話した翌日のおやつ時。


 図書館で出会った時にどうしてもアンネに舞踏会のことを切り出せなかったというネルスと、稽古休憩中のエラルドと共に食堂へ向かう。

 

 エラルドは、


「バレットも言ってたけど、本当にネルスは奥手なんだなー」


 と笑っている。


(断られたら気まずいとか色々あるだろう!そんなん言うな可哀想に!)


 項垂れるネルスに、スイーツが毎日の楽しみだと言っていたから、おそらくアンネがいるだろうと励ましがてら誘ったのだ。

 

 そして、すぐに見つかった。


 もう1人女の子がいるが、席も空いていることだし、もう気にしている時間もないしさっさと声をかけることにした。


「アンネ、お友達と一緒のところすまないが、ここに座っても良いか?」

「シン様!?」


 アンネと共に顔を上げた女子生徒の方が目を見開いて声を上げた。


 周りもなんだかザワッとした。


 なんで毎回こうもざわつかれるんだいい加減に私に慣れたまえ君たち。


「ネルス様とエラルド様も!空いてるのでどうぞどうぞ!」


 ワタワタと食べかけのお皿を寄せてアンネに近づいていく女の子がおかしくて微笑ましい。

 お皿を見たところ、どうやら今日のスイーツはクレープのようだ。


 アンネのお友達の話し方からすると、貴族のご令嬢ではなさそうだ。

 アンネのように平民からの特待生か豪商のお嬢さんだろう。


 サラリとした黒髪は肩より上のボブヘアー。

 瞳の色も黒色で、クリッとした目の可愛らしい子だ。


 私はその子の隣に座りながら、思い出した。


「君、昨日の……」

「はい! 昨日は助けていただいてありがとうございました!」


 元気よく頭を下げられる。


 昨日、図書室の魔術本のコーナーで一生懸命背伸びしていた子だ。

 まさかアンネのお友達だったとは。


 よし、これも何かの縁だし、ネルスがアンネを誘うのに成功したら私はこの子を誘ってみよう。

 相手が居なければ。

 

 私の右にネルス、エラルドと座りながらなんのことだ、という顔をしていたので軽く説明をした。


「シン様って、本当に物語の王子様みたいだねってパトリシアちゃんと話していたんですよ」


 アンネが楽しそうに微笑み掛けてくれる。

 どうやらお友達はパトリシアというらしい。


 パトリシアちゃんって長いからパトちゃんとかパティとかじゃダメかなぁ。

 本当はアレハンドロもアーくんとか言いたい。

 長い。

 

 しかしラナージュといいアンネといい。

 本物の王子様というか、皇太子が身近にいるのに私のことを王子様みたいって。

 アレハンドロは彼女たちの言う「物語の王子様」とはかけ離れているから仕方がないけれど。


 この国の女の子が好きな「物語の王子様」は、とにかく優しくて勇気があってお姫様のピンチには必ず現れて颯爽と助ける完璧な白馬の王子様だ。


 私の世界の物語に出てくる王子様には割といるんだけどな。

 アレハンドロみたいなわがままな俺様。


「ありがとう。私が王子様なら、助けた君たちはお姫様だな」


 何言ってんだって思うじゃん?

 私も思う。

 でもイケメンだと思うと調子に乗ってこういうこと言っちゃうよね。


 言いながらも私の頭の中は、丁度運ばれてきたフルーツと生クリームがたくさん乗ったクレープで頭がいっぱいだったのは内緒だ。

 

 アンネとパトリシアは手で頬を覆って嬉しそうに目を合わせている。かわいい。

 私なら笑ってる。

 ネルスがなんだこいつって顔してこっちを見ている。

 そうだよね、分かる。


「シンって面白いよなー」

「そう思うなら笑うかつっこむかしてくれ」


 エラルドは通常運転でニコニコしながら頬杖をついていた。

 かと思うと、


「そういえば、パトリシアはもう舞踏会の相手は決まってる?」


 変化球ではあるがいきなり本題に入った。


「いいえ、舞踏会はお相手いないんですよ。もうアンネと行っちゃおうかって2人で言ってたとこなんです」


 パトリシアは明るい声でパタパタと手を振った。


「手入れする時間が勿体無いからって髪切らなきゃ良かったかなー? なんて……」


 髪の毛を人差し指の指先でクルリと撒きながら自虐的に笑って言う。


(すごくかわいいけど)


 パトリシアは半分冗談で言ったのだろうが、確かに貴族のご令嬢の中では長い髪が流行っている。

 それを好む貴族の男が多い印象もある。


 綺麗な長い髪は維持するのが大変なので時間に余裕があり、手入れをしてくれる人を雇える身分の象徴とも言えるのだ。

 

 エラルドは柔らかい表情で首を傾げた。


「なんで? その髪型、素敵だよ。きっと皆んな俺のために君を誘わなかったんだ」

(人のこと言えないだろ。何この面白い男)


 私の思いとは真逆に、流れるように紡がれた言葉はパトリシアの心を揺らしたらしい。

 黒い瞳が期待で煌めいた。


「え?」

「舞踏会ではシンじゃなくて、俺のお姫様になってくれないか?」

(は? かっこよ)


 誘い方が意外すぎてかっこいいと面白いが頭の中で大混乱して真顔になってしまった。


 台詞自体は面白いの極みなのだが、なんせ顔も声もいい。

 優しい笑顔だけど完全に男の顔。

 舞踏会に誘うというか、口説きにいってるじゃん。


 もっと普通に「俺も相手居ないんだー。一緒に行こー」て感じでサラッといくと思うじゃん。

 ネルスも「え? こいつ誰?」って顔になってしまっている。

 私の時とはまた違う宇宙人を見る顔だ。


「よ、よよよよろこ……! ……っ!」


 分かる! 

 分かるよいきなりあんなイケメン食らったらまともに喋れないよね頑張れパトリシア!


 真っ赤な頬でカクカクと首を縦に振るパトリシアの背中をアンネがさすっている。

 周りから小さく「えーっ」「きゃーっ」と言うような声が聞こえるのは気のせいではないだろう。


 今はカフェタイム、女子生徒が多い。

 聞き耳を立てていたエラルドのファンの子、ご愁傷様です。

 今の台詞が聞けたのはある意味ラッキーだと思って諦めようね。

 

 その場の動揺に気がついているのかいないのか、エラルドはネルスに目配せした。


「ね? 簡単でしょ? この流れでお前もいけ」


 とでもいうかのように。

 ハードルガン上げしておいてそれはない。

 ネルスが憐れだ。

 完全に固まってしまっている。


「あ、アンネも、相手がいないのか?」


 しかし、テーブルの下で制服の端を握りしめているネルスが、勇気を振り絞って声を出した。

 このドキドキ、アレハンドロがお皿をひっくり返した時を思い出す。

 だいぶ状況は違うけれど。


「はい、そうなんです。皆さんに釣り合わないから仕方がないとは思うんですけど……」


 笑ってはいるが、少し表情が暗くなる。

 

 アンネ、流れで分かるよね?もう少し誘いやすい空気にしてあげて!


「はい、ネルス様もなんですか?」

「そうなんだ、僕と組んでくれないか?」


 とかいう流れにしてあげて!

 と言いたいのをグッと堪える。


 よく考えたら侯爵家のご令息に誘われるなんてなかなか無いのだ。

 平民からの特待生であるアンネからしたらとんでもないシンデレラ展開だ。

 全く期待していないはず。


 頑張れネルス。

 シンプルに、シンプルにいけ。

 エラルドみたいにいって滑ったら笑わない自信がない。


「そんな言い方は良くないな。釣り合わないとしたら、君の類稀な能力に周りの凡人が釣り合わないというだけだ」

「いえ、そんな……」


 エラルドは遊び心ありつつナンパしにいっていたが、ネルスのは本気でそう思っているだろうから聞いていて余計にムズムズする。


 真剣な視線にアンネが気圧されてしまっているよ。

 ネルス、笑顔!笑顔みせて!と心の中で応援した。


「僕もその凡人の一人だけど、もし君がそれを気にしないのなら舞踏会の相手になってくれないか?」


 エールが伝わったのか、最後にネルスの表情の筋肉がほぐれた。

 おめめキラキラだし背景に花を背負っている幻覚が見える。


「ネ、ネルス様……!」


 口元を両手で覆ったアンネが嬉しそうに頷いた。


 

 これ、学校行事の舞踏会に行こうって話だよね?

 私は、告白イベントでも見てるのか?

 入学2週間ちょいで?


 ネルスとアンネの物語、完。


 て感じかな。


 ご愁傷様アレハンドロ。

 ご愁傷様、さっき小さく悲鳴を上げたネルスファンの皆様。

 

 そして2組も目の前でカップル(仮)が誕生してるのに、相手も居なくて置いてけぼりの私可哀想。

 誘おうとした子をサラッとエラルドにとられたし。

 せめてもう1人この場に女の子がいれば「じゃあ組もうか」って出来るのに。


 でももうこんな感じなら面倒だから1人で行こうそうしよう。

 王子様みたいな公爵家長男に誘われて、変に期待させる方が罪深いわ。

 

 お若い4人がドレスの色だとか花がどうとか話し始めたのを微笑ましく聞きながら、私は1人で


(クレープうめぇ)


 と、おやつに集中することにした。

 


 

 そしてやってきた舞踏会当日。

 授業は午前中まで。

 午後からは夜の準備のためにそわそわバタバタとみんながあれこれ準備をしていた。

 こういう雰囲気は微笑ましいし見ていて楽しい。

 

 時間が近づいてくると、私は自室でクローゼットから必要な服を取り出す。


 舞踏会やその他の公の行事に参加する時に着る服は、18世紀ごろのヨーロッパの貴族が着ていたアビ・ア・ラ・フランセーズに雰囲気が似ている。

 気がする。

 その頃を舞台にしたジャンルにハマったことがある程度の知識だが。


 膝近くまである丈の長い、タキシードやモーニングとは少し違う形のコート。

 中にはブラウスとベスト。

 ズボンは短いものではなく、くるぶしまである細身のものであるため正確にはアビとは違うけれど。

 

 私は白いブラウス以外は全て深緑で統一している。

 鈍めの銀色で刺繍を施されているが、控えめでとお願いした。

 母であるデルフィニウム夫人に任せるとキラッキラのギラッギラにされる。


 髪型はどうせなら雰囲気を変えたいので、普段おろしている前髪と横髪を右側だけ後ろに流す。

 鏡を見ながら、そういえばアレハンドロはいつも左だけ上げてアシンメトリーにしているから被るかなと思ったが、それはそれで面白いので良いことにする。


 黒い靴を履いて胸に白薔薇を飾ったら、イケメン貴公子の出来上がり。

 

 さて、皆んなはどんな風にドレスアップしているのか、楽しみだ。

 

 

 会場の前に着くと、待ち合わせをしている生徒で溢れていた。

 現実世界だと男性は地味になりがちだが、ここでは好きな色を着ているので非常にカラフルだ。

 しかし、それでもやはり女子生徒は一際華やかに見えた。

 流行はあるものの、皆が好きなものを好きなように着ている。


「シン!」


 壁に背を預けて立っていると声をかけられる。顔を上げれば、エラルドが手を振っていた。


 私は片手で顔を覆って俯いてしまう。


「ちょ、どうしたんだ?」

「少し眩暈が。すぐおさまる」


 エラルドが心配そうに顔を覗き込んでくるのが分かる。


(むりかっこよすぎるこっちみないで)


 言えるわけがない。

 私は深呼吸をして、心と顔の準備をする。

 あまり長い時間そうしていると本気で心配させてしまう。

 いやでも着飾った推しが目の前に。

 なんとか意を決してもう一度顔を上げた。


「すまない、もう大丈夫だ。人が多いからかもしれないな」

「そうか、無理するなよ?」


 よし、普通の声と表情で喋れたぞ。

 

 エラルドは黒いコートにズボン、ベストとシャツは白色だった。

 よく見るとコートには黒い糸で、ベストには白い糸で刺繍がしてある。

 パッと見はシンプルだがおしゃれだ。

 胸には青い花が飾られている。


 モスグリーンの髪はきっちりとオールバックにしてあって顔面が全部見える。

 エラルドは元々髪が短いので普段から顔はよく見えるのだが、おでこまで全てが見えているとまた雰囲気が違うかっこいい。


 両耳に銀色の小さな輪っかのイヤリングをしているのもまたポイントが高い。好き。

 ポーズ決めてもらって写真撮りたい写真。

 写真1枚お願いします。


「しゃし……普段と違う格好は新鮮だな。よく似合ってる」

「ありがとう。シンも今日はいつも以上に輝いてるな。さすが皆んなの王子様!」

「本物の皇太子が来る場でそれはやめてくれ……」


 なんとか貴公子らしく振る舞おうとしているのに、リップサービスが過剰気味なエラルドに苦笑いしてしまう。


「あれ? シン……」

「2人とも、ここに居たのか!」


 エラルドが何かを言いかけた時、少し離れたところからネルスが早足でやってくるのが見えた。


「ああ、ネルス!」

「おおーいつもよりも大人っぽくていいな!」


 濃い紫色のコートに同じ色のズボン。

 中は焦茶のベストという出立ちのネルスが私達の前で足を止めた。

 コートやズボンには様々な色を使った華やかな刺繍がしてあり、豪華なデザインだ。

 胸のピンク色の花も目を引いた。


 そして、普段はセットせず眉毛を隠し瞼に届きそうなくらい長い前髪を、今日は左を分け目にして流している。

 いつも以上に目が大きく見えた。


「アンネが明るめの色のドレスだというから濃い方がいいかと思って、兄上のを借りたんだ。こういう時は母上の好みで明るい色が多かったからなんだか落ち着かないな……」


 確かにネルスのお母上はいつまでもかわいいかわいい僕ちゃんだと思っているので、彼はよく水色とか黄色とか可愛らしい色の服を着ている印象だった。


「瞳の色とも合っていてとても良いと思うぞ」


 口元を緩めるお年頃のネルスはなんだか嬉しそうで、かわいい。

 もっと大人っぽくてかっこいいのが着たいって言えば良いのに言えなかったんだろうなぁ。


「ん?シン、お前は1人で参加するって言っていなかったか?」


 ネルスはふと私の胸の薔薇に目をとめた。

 エラルドも同じ場所に目をやって頷いている。


「そうそう。俺も聞こうと思ってたんだ。その白薔薇……」

「ああ、これか」


 私は胸に飾った薔薇に触れた。

 

 舞踏会では、ペアでお揃いの生花を身につける。

 女性はドレスや髪飾りで元々花が飾ってあるものも多いが、生花はその花のみとなっているのだ。


 つまり、生花を身につけているということはパートナーがいるということなのである。

 

「遅くなった」


 3人で話していると、背後から声が聞こえる。

 全員で振り返れば生徒が1人立っていた。


 その姿を確認した私は挨拶をしながら近づいていき、隣に並んで笑う。


「言い忘れていたな。昨日決まった私のパートナーだ」


 暗めの赤髪、黒い瞳。

 軍服のような形の正装。

 胸には白い薔薇。


「バレット……?」


 このエラルドとネルスの驚いた顔はこの先ずっと覚えているだろう。

 

 どうしてそうなった!?

 て顔をしている。

 


 うん、ね。

 どうしてこうなった? 


お読みいただいて嬉しいです!

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