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終話 アダムとイヴは

 魔王と勇者は――、アダムとイヴは遠路を往く。

 荒廃し、死した世界を歩んでいく。誰もいない世界は揺れず、広がりゆく破滅の音無き音に耳を傾けながら、2人の旅は続いた。


 人間が使用した第四禁呪は、少しづつ世界に歪みを蓄積していった。そして二人の帰還を呼び水に、終焉は緩やかに世界に波及しつつあった。


 迷いのない足取りの十数歩後ろを、今にも倒れ込みそうなアダムが追う。

 崩れ落ちた魔王城を発って、もう半年になる。世界を二分する山脈をも越えて人の世界へと入っていた。イヴは黙し、アダムは打ちひしがれる。アダムの犯した結果は明確な現実となって、二人の前に広がっていた。


 平和を憎み、世界を呪った男は醜態を晒した。一度果たしたが故に気力は尽きて、虚勢すら見る影もない。往く先に打ち捨てられた自らの罪を振り払わんと、腕をふり身を捩れども事実は泥のように絡み付いてアダムの心へ入り込む。

 始めの一月は哄笑し成果を誇った。二月で悔いて涙を流した。三月で懺悔し赦しを請うた。四月で喚き世界を責めて、五月では声を忘れ、六月で恨みを捨てた。

 その間イヴは、怒りはしなかった。慰めはしなかった。赦しはしなかった。叱りはしなかった。縋ることを認めず、支えることもせず、言葉を掛けることもなかった。

 ただ自らの後方に男の影があるのを時折視界に収め、影が止まれば歩みを止めて、影が伏せれば腰を降ろした。置き去りにすることもなく、しかし手を差し伸べることもない、奇妙な旅路を続けていた。


 半年の沈黙をアダムが破る。

 世界の終わりは随分と進み、イヴだけでなくアダムにすら背を焦がすように感じられるようになっていた。

「……魔王、貴女が前に、あの魔王城で言った、見つけたとはなんの事なのですか。何を見つけ、何所へ向かっているのですか」

「ふむ……。今は正気か? 狂人の言に付き合う気はないのだが」


 アダムは押し黙るしかない。なにせこの半年の内に自身の全てを吐き出し、その全てを見られている。狂人と言われて言い返す術は無く、そもそも事実狂人であると自認しているのだからどうする事も出来ない。

 泣いて喚いて、殺してくれとまで懇願して、その足に縋りついた。痴態いう痴態を演じたのだから、今さら躊躇うこともない。


「茶化さないでくれませんか?」

「なにお前も箱庭で散々やってくれたからな。ほんの仕返しだ」


 普通であった。怒り隠している様子も、憤ることも、憐れむこともない。何もなかったかのように振舞って、じゃれ合うような軽口を叩く。

 アダムの所為で国は滅び、民を、友を、家族を殺されたのだ。たとえその手にかけた訳でないにしろ、あの夜に勇者が魔王を連れ去らなかったのなら、こうはなっていなかったはずである。


 しかしイヴは認めてもいる。アダムが賭けと称した検証をただの仮定と切り捨てられないと。

 魔王の力に驕っていた。自身の理想に盲目だった。果たして自分は民を、敵を、世界を見ていたのだろうか。

 イヴが湧いては過ぎる自問に答えることはなかった。未来の仮定に意味があったとしても、過去のそれには価値なしとせんばかりである。


 それが他者の目から乙女の甘さと映るか、王の器と映るのか。

 それを判断しうる唯一の者であるはずの、アダムは自らが生んだ負い目の沼にその身を沈め、対等な目線を失っているのである。それ故に、もはや彼女を直視し糾弾するものはいなかった。

 善悪の定義、結果の審判、罪の所在、罰の権能――全てを知り、全てを持ち得るは神しか居るはずもなく、しかして世界に神は不在であった。


 なればイヴは自ら定め行動する。

 だからイヴは微笑む。

 故にイヴは半年の旅路の果て、微かな光明をその手に掴むのである。


「なぁ勇――、アダム。ここは、この森は何という名か知っているか?」

「この森、ですか……? 森の名は知りませんが、確かこの辺りはゴフェルと呼ばれていたかと」

 

 山を、草原を、湿地を、村を、都市を、屍を、滅びを踏破して辿りついたのは、深く暗く茂った森。

 人間の領土。東の大国が首都クリファより少し南に位置する、ヒルター家に下賜された領地ゴフェル。その大半を占めている未踏の大森林である。


「ですが、こんな森に何があるって言うんですか……」

「お前の言に付き合うなら、カードさ。場に伏せたままの、我が捲るジョーカーだ」


 その笑みに自嘲の影を浮かばせて、イヴは手を掲げる。

 魔力が渦巻いて木々がさざめき立ち、世界の崩落は加速する。


 アダムは悲鳴の様な声を上げ、イヴを止めに掛るも一蹴された。


「邪魔をするな阿呆ッ! ッ……そら見ろ勇者! お前の言う賭けなどは糞喰らえだ!! ははっ。まだ終わってはおらぬよ。我らはまだ進める、歩みだせるのだ!」

 イヴは笑っていた。勝者の傲慢を感じさせない笑顔であった。まるで救われるような顔をしているのだ。


 アダムは遅れて気付く。なにせ世界とずれる様になっているのだから、気付けたイヴが異常なのだ。

「第四禁呪……? 私のものとは別物のようだが、これはっ……」


 そして葉擦れの音をかき消すような鋭い音がした後、一掴みの希望が姿を見せた。


 館であった。それも大きな、かつての大貴族の物だったのだろう。しかし貴族に不釣り合いな光景も入り込んでいたのだ。

 庭園を潰して造られた畑である。庭園を彩っていたであろう木々も花々もことごとく掘り返され、代わりに芋の蔓がそこかしこに広がっていた。


 それらは二人の脳裏に一つのイメージを与える。生き残りがいるのだ、と。


 先ほどの魔力の暴風は嘘のように凪いで、静けさが広がっている。


 二人が館に向かうより早く、人影が現れた。 

 強い眼を持った老人であった。


 ダミアンと名乗った指導者は剣を抜いた。

 あれほどまでに圧倒的であったイヴの力を知ってなお立ち向かうのである。

 よほど優秀な師がいたのであろう。老体でなおその立ち姿は勇ましく、構えた剣は二人を拒絶していた。

 魔力が揺れ動くのを感じ、老人は剣士であり魔術師でもあることを知らしめた。

 そして遅れるように館からは男たちが、女も、子供も次から次へと出てきた。

 剣を持っているのは老人の身で、一部の男が農具を、他のほとんどは木の枝や、無手であった。


 並び立つ人々をみてイヴは真紅の髪を揺らし、緋玉の目を細めて笑った。

「久々の感覚だ。見よアダム、ククっ……あれが、あいつら勇者だ。我は、いや我らは世界を破壊する魔王と言ったところか。ふふっふははは」

「……何がおかしいんですか。否定しようもないので私としては酷く複雑ですよ」

「我としては、お前の様な卑怯で、考え無しな子供よりああいう猛者と戦いたかったものもよ。ふふははは」

「私も貴女みたいな、世界平和を目論む奇天烈魔王でなかったなら勇者と呼ばれていたんでしょうがね」


「なればアダムよ。そろそろ世界を救うとするか」

「…………は? いや、何を言ってるんですか。貴女も分かってるでしょう? この騒動の所為で、世界はもう長くない」


「だから救うのだ。傲慢で構わぬ。不遜で結構。外から結果を眺めるだけなどはもう出来ぬ。内に入り手ずから救え。しかしアダムよ。償いなどと思うなよ。我とお前にしか救えぬから救うのだ。失われたものに贖えなどしない。お前がまだ生きている者たちを救わぬのなら我はもはや何も言うまい。存分に世界への復讐を続けるが良い」

「私はッ。……しかし、救う方法など」

「あるだろう。あの奇天烈な術だ。あの楽園だ。こんな館を隠すものとは比べるべくもない、あの魔法だ」

「あれはッ……。無理ですよ。私の魔力では到底この人数を移すことは不可能だ」

「我がいるだろう。あまねく魔力は我が統べよう。それを以てお前が救うのだ。魔王と呼ばれるのは嫌だろう? なれば今一度勇者となるがいい」

「なっ……!? 無茶苦茶だ! 貴女の力があっても、あんな楽園はもう作れやしない。それではまた同じことの繰り返しだ」

「見てみろ。あいつらをあぁも見事に生き遂せた。楽園とは程遠い箱庭で、我らと比べるべくもない過酷な時を……。賭けは我の勝ちだった」

「くっ……やるさ。やってやる。だがここの人たちだけじゃない。この世界全部、そっくり持っていってやる。取り零したりするものか。魔族も人間も全部連れていく」

 イヴは、魔王は笑う高らかに――。

 アダムは、勇者は笑う軽やかに――。



 世界の全部を引連れて、楽園ではないまた別の世界へと。

 あるいはこの世界こそが楽園で、人々を待つのはより過酷な日々かもしれない。

 それでもまだ終わっていない。続いているのだ。皆歩き続けられるのだ。魔王がいなくとも、勇者がいなくとも、前へと進んでいける。

 そして赤い髪の少女と赤茶けた髪の青年は新しい世界でも、二人並び歩んでいくのであろう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

この話を持ちまして、「魔王と勇者が楽園で!」は完結しました。

後日談や、番外編をやる可能性が0ではありませんが、ひとまずの区切りになります。

この話を読んで楽しんで頂けたのでしたら幸いです。

色々振り返り、反省したいことも多々ありますが、そういう場でもありませんので、後書きなぞはさくりと終わります。

改めてもう一度、最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました。

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