そしてみんな途方に暮れる
デスクの上でため息を吐く女性。
その隣では、着崩した白いワイシャツ姿の男性が、スマホを弄っていた。
二人の他に人はおらず、雑居ビルの室内を思わせる狭いオフィスルームは、時折男性が、癖なのかチューチューと口を鳴らす音だけが聞こえて来る。
ガチャリ。
ドアの空く音がする。
「お疲れさまです」
「ちっす」
二人が部屋に入って来た人物に顔を向けることなく、挨拶をした。
「ただいま」
男性も一言、二人に挨拶を返す。
入って来た男性は壁に沿って歩くと、ドアと対面にある一つだけ孤立したデスクに持っていた鞄を置くと、少しヤレたオフィスチェアに腰を下ろした。
そして男性は、鞄からおもむろに何かの機材を取り出すと、それをデスクの上のPC風の端末に接続を始める。
今度はその音だけが、静かに室内に響いた。
「……どうだったんすか?」
最初に沈黙を破ったのは、少しガラの悪そうな雰囲気の男性だった。
彼はスマホから目を上げることなく、おそらく上司に当たるであろう男性に声をかけたようだった。
「どうもこうも、いつも通りですよ」
その声を掛けられた男性も、機材から目を離さずにそう言った。
「そんなことはないでしょ? 流石に」
「そんなことがあるんですよぉ。 ……はい」
そのやり取りの後、少しの間があった。
「天満さん。聞くことは聞いたんですよね? それで、上は何て言ってたんですか?」
今度は女性が、天満と呼んだ男性に対して口を開く。
二人はどうしても、彼からの答えを聞きたいようだった。
「対応中だと。それだけですねぇ。 ……はい」
「対応中? 何に対してですか?」
「諸々についてだと。残念ながら具体的な事は何も答えてもらえなかった」
「そりゃねえっすわ。こっちは死人も出てるんすよ? なんなら、一人で済んでるだけでも奇跡っしょ?」
「今のまま魔法少女達を仕事に向かわせてもいいんですか? 流石に危険では?」
「言いたいことは分かりますし、なんなら私も同じ感想だよ瀬野君」
男性は機材を弄り終えると、つけっぱなしになっていた目の前の画面に向かって、キーボードで何かを打ち込み始める。
「このまま、また死人が出たらどうするんですか?」
「やめとけ”モモ”ちゃん? また支部長がキレるだろ」
「下の名前で呼ばないでって言ってるでしょ”岡ノ下”君?」
「はいはい、おかのした~(笑)」
横目で睨んだ女性に、岡ノ下と呼ばれた男性はにやけながら返す。
「それとは別になんですがねぇ」
そう切り出した上司の言葉に、ようやく二人の目線が同時に彼へと注がれる。
「”魔導士”が来てるんですよねぇ。 ……はい」
そして、二人はその言葉を聞いて、顔を見合わせる。
「「魔導士?」」
女性は男性と声がハモったことを不服に思うが、その顔を再び上司へと向ける。
「まあ、確かな情報ではないのですが、更にどうやらあちら側も魔導士を派遣したと言う情報が入ってきました」
「あちら側”も”? それ誰から聞いたんです天満さん? あちらって神様側の事ですよね? アレがいるのに今更何でですか?」
「どうやら、その神様の行動の監視に着けるみたいですよ? ……はい」
そしてまた、男性と女性は顔を見合わせる。
「……いちいちこっち見ないでくれる?」
「監視って、そもそも神様自体が監視に出て来たんじゃなかったっすけ? 監視の監視って、いみわかんねぇっすわ」
女性の言葉を無視して、男性が上司に尋ねる。
「実際ですね、どうやらその事を不審に思って、その情報をくれた相手が”コレ”を私に渡して来たんですよ。 ……はい」
「そういやソレ。なんなんすか? なんか見たことない形してるっすけど?」
「その相手って誰なんですか?」
二人とも上司が設置し終えた、その謎の機械を、モニターの隙間から覗くように伺う。
「魔力の探知機だそうですよ」
「魔力の探知機?」
明らかに疑問のこもった声で言うと、男性は立ち上がって上司の元へと向かう。
「コレが?」
”何”か。
そう形容するしかない四角い機材を見て、男性が目を細める。
「これをシステムに接続すれば、勝手に設定してくれるみたいです」
「え……。それって大丈夫なんすか?」
「ですから、それを渡してきた相手って誰なんですか?」
少し苛立ったような様子で、女性の方も立ち上がる。
その様子を横目で見た上司は、二人に向き直り、少しもったいぶりながら答える。
「こちら側の魔導士ですよ」
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――――――――
「太田さん。ちょっといいかな?」
兄が顔を覗かしたと思うと突然、見ず知らずの人物の名前を呼んだ。
どうしたんだろうお兄ちゃん。
そんな名前の人はここにはいないよ?
だったら、私に会いに来てくれたのかな?
「どうしたんですかー?」
いやお前が太田かよっ!
ローレルが座布団の上に正座したまま、兄に向かって笑顔で答える。
「ああゴメン。彼女は僕の仕事を手伝ってもらってる人で、ちょっとそれについて聞きたいことがあるんだ」
兄は簡潔に私達に説明をすると、目線をローレルの方に戻す。
「お兄様、ここでは私の事をローレルとお呼びくださいね?」
一体どういう関係なんだと深堀したい気持ちに駆られるが、なんかそんな雰囲気でもなさそうなのでぐっと堪える。
スイクンも黄色も、どういう事か分からないようで、キョトンとしている。
「わかった、で……」
兄はその先を言わずに、目でローレルに訴えかける。
「こんないたいけな少女を、こんな時間に連れ出そうとするなんて――」
「ローレルさん……頼むからややこしくなるようなことを言わないでくれるかな?」
兄の顔は穏やかなままだったが、食事の時とは違い、その声色には少しだけとげのような物を感じた。
兄がこのような態度を示すことは本当に稀で、私はローレルと兄の間に私の知らない何かがある事を感じ、嫉妬のような感情が顔を出した。
「仕方ありませんねー。ちょっとだけですよ?」
その言い方にも少し引っかかるものを感じたが、ローレルは笑顔で立ち上がり、とてとてと兄の元へ歩いて行く。
そして、襖が閉まるとすぐに階段を下って行く足音が聞こえた。
「……あれ、何なの?」
黄色が言うあれが何を指している物なのか分からないが、私はモヤモヤした気持ちでそれを聞き流していた。
「ローレルさんは中学生なんでゴザルよね?」
二人の目が私に向き、とても気分ではなかったが、私は仕方なく口を開くことにした。
「私にも良く分からないんだよアイツは。急に家に押しかけて来て、ウチで面倒を見ることになった居候だ」
「魔法少女関係者と言う話でゴザルが、えっと……」
何を聞けばいいか分からない様子のスイクンに、私もどこまで話していい物か思案する。
それもあって彼女達には本当に適当な事しか話していなかったのだが、先ほどローレルの様子を見るに、そこまで厳密に内緒にしていると言う事では無さそうだった。
いや、最初は少し警戒していた気がするが、何か状況が変わったのだろうか?
「何度か仕事中に事故があったでしょ? だから、その護衛として来たらしい」
「護衛? ああ、猫猫殿の護衛でゴザルか……」
「それと、何でLilasがあの女と話すことがあるんだよ」
黄色は多分、何で兄とローレルが知り合いなのかと聞きたいんだと思うが、やはりそこが気になるのは当然だろう。
「なんか、その辺は複雑な事情があるっぽい」
「は? なにその複雑な事情って?」
「いや、私も詳しくは……」
「はぁ? あーつっかえ(つかえねー)!」
だから、私だって二人がどんな仲なのか詳しく知りてーんだよ!!
「あの……猫猫殿?」
「ん? 何?」
スイクンが、私に対して遠慮がちに何かを訪ねて来る。
「い、いや。やっぱり何でもないでゴザル……」
何を聞きたかったのか気になるが、その途中で口を噤んだ彼女の様子を見て、もしかして私は怖がられているのではないだろうかとふと思った。
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――――――――
「太田さん」
「だから、その名前で呼ばないでくれます?」
「あなたは何をしにここに来たんです?」
「アヤメさんのケアのためですけど?」
「ですよね? なのにどう考えても、今のアヤメは疲弊しているように見えますが?」
「私が来なかったら、もっと酷い事になってますよ」
「そうは見えないな。仕事のペースが確実に落ちてるって、マネージャーも心配していた」
「それは私のせいではないじゃないですか? それに意外と冷たいんですね。気になるのは仕事の進捗ですか?」
「分かっているでしょう? あなたには僕が言いたいことが」
「アヤメさんを護るのが最優先です。仕事は二の次ですよ」
「ああ全く……何でこんな事になったんだ。可哀想に……」
「それは私のセリフですが? 何で来たんですか。あなたこそお仕事で忙しいんでしょう?」
「妹が入院したと聞いて兄が様子を見に来るのがおかしいかい? 仕事なんかよりも、アヤメの事が心配なんだよ」
「あら、気が合うじゃないですか。私もです」
「はぁ……」
「何ですか? お小言を言いに、私を呼び出したんですか?」
「お小言って……。あなた、一体何を企んでるんです?」
「企んでる? 私はただ、自分がやるべきことをやっているだけですが?」
「その結果がこれですか?」
「どの結果の事を言ってます? 楽しそうにしてるじゃないですか。アヤメさん」
「そう言う事を言ってるんじゃない事がわからないんですか? 表面だけ見ていても、彩芽の事は分かりませんよ?」
「体の隅々まで、しっかりと拝見しましたよ?」
「……本当に怒りますよ?」
「とにかく、アヤメさんの事は私に任せて早くお帰り下さい。来週はドームでライブでしょう?」
「ああクソっ! 何でここに来てトラブルばっかり起きるんだ……」
「新曲、滑り込みセーフでしたね。私は誰よりも先に拝聴しましたが、アヤメさん一皮むけたんじゃないですか?」
「っ! ああもうっ! 本当に自分の無力さに腹が立つ!」
「あんまり大きい声を出すと、アヤメさん達に聞こえますよ? Lilasさん?」
「本当に……あなたって人は……」
「怖い顔しないで下さい。ちょっとしたジョークですよ。彼女の事は万事、ぬかりありません。心配せず、あなたは自分のやるべき仕事に集中して下さい」
「…………」
「それに……」
「……?」
「隠し事があるのは、お互い様でしょう?」




